光の鍵2 ――指揮者(コンダクター)
――何故、皆してここにいる。
エレオスに睨まれても、部下たちは気づかないふりをする。
例の人が関わっていると、滅多なことでは怒らないと分かってきた。
案の定、軽くため息をついただけで、エレオスはそれ以上追求しなかった。
「状況をご存知でしたら話が早いです。どこかいい店があれば教えていただけると助かります。それから……今夜、それに参加できる人募集」
「「「は?」」」
矛先を向けられて、隊員たちが目を丸くする。
「やだなぁ、ディナーを邪魔するほど野暮じゃないですよ」
その言葉に、エレオスは肩をすくめる。
「いや、あっちは7人来るそうだから」
「「「はあ?」」」
「第七の主要メンバーが、ほぼ全員来るということか?」
「はい。……つまり、その――」
「なるほど。おごれば例の件を水に流そうという彼らなりの計らいだな」
エレオスがソーマに乗っ取られ、第七と敵対したらしいということは、本人から聞いている。
彼の意思ではなかったとは言え、どちらにとっても、そう簡単に割り切れるものではないだろう。
『宿題』ついでに、カデンツァが仕掛けた歩み寄りに違いない。
「できれば全員来てくれると助か……いえ、
来てください、お願いします」
相当困っているようだ。
確かに、一人であの面々を相手にするのは荷が重い。
「行くのはかまわんが、ファルズフと直接会うことで、教主様の派閥にあらぬ疑いを持たれないといいが……」
「それは心配しなくていいと、カデンツァが言っていました」
「ならば問題なかろう」
根拠を示されずとも、カデンツァが請け負ったとなれば、大丈夫と思えるから不思議だ。
早速、話題は店の選定に移る。
「あちらは質より量かな。かと言って、彼らがよく行く店では芸が無いし」
「新しくできたあの店はどうです?」
「いや、それよりあの老舗の……」
ああでもない、こうでもないと盛り上がる隊員たち。
その傍らで、
「……処刑すら覚悟した俺の失態は、晩飯で相殺される程度なのか――」
やり場のない怒りに震えるエレオスに、声をかけないのは彼らなりの思いやりである。
***
「お水いる人」
「「「はーい!」」」
人数を数えてカデンツァが席を離れた後、エレオスは隣の皿から、前菜をいくつか自分の方へ移してしまった。
意外な行動に、全員が注目する。
皆がじーっと見ているのに気づいて、エレオスが顔を上げる。
「ん?」
「……案外図々し――」
「なんでもありませぇん!」
指摘しかけたミラーズの口を、フォルテがふさぐ。
「?」
目で説明を求められた隊員が、苦笑して種明かしをする。
「いえ、本人に許しを得てからの方がいいのではないか、と……」
「あ。」
ようやく気づいて、ちょっと決まり悪そうな顔になる。
戻ってきたカデンツァが、自分の分から少し減っていることに気づき、隣に微笑みかけた。
「ありがと」
何故そちらが礼を言う?
周りはさらに混乱したが、次々に運ばれてきた料理を前にして、忘れ去られてしまった。
双方の隊長は、にこやかに杯を交わしている。
「そちらは元気のいい方が多くて頼もしいですね」
「いえ、そちらの礼儀正しさを見習わせたいですよ」
互いを誉めつつも、『うちの子の方が可愛いがな』という内心の声がありありと感じられて、部下たちはいたたまれなかったりする。
ファルズフと教主庁という珍しい取り合わせに、張り切った料理人の自信作も、そろそろ空となり始めた頃、デザートが配られた。
果物を一口サイズの綺麗な形に整えた半氷菓だ。
あっという間に食べ終えたミラーズが、フォルテの分に手を出す。
「だーーめーーー」
「少しくらい、いいだろ!」
「いーやーでーすー!」
「いつもダイエットだなんだって言ってるじゃないか!」
「甘いものは別腹なんのですぅ!!」
熾烈な争いが勃発しかけたが、すかさず男性陣が自分たちの分を提供してことなきを得る。
女性は甘いもの好きだね、と苦笑するその横で。
エレオスが、オレンジをスプーンにすくった。
しかし、それを口にしたのは本人ではない。
(えーーーー)
集まった視線に、エレオスが振り返る。
「?」
「な、なんでもないっす……」
「あははは……」
微妙な周りの空気など、どこ吹く風。
カデンツァが隣をつつく。
ねだられて、また一つ。
(あー……)
辺りに再び、ひやかしとも、ため息ともつかぬ空気が流れる。
「――!!」
エレオスが固まった。
やっと気づいた。
「全部やるから自分で食え!」
「えー」
皿ごと押し付けられて、カデンツァがふくれた。
「……あと二、三年はいけると思ったのになぁ」
小さな呟きに、こちらは完全にわざとであったと分かる。
遊ばれる方は大変そうだ。
「も、もしかして、エレオスさんがいくつか持っていった代わりなんですか?」
なんとかフォローしようと、ヴェルトが言うと、カデンツァはにこりとうなずいた。
「うん。ぼくの苦手なものをあげる代わりに、ぼくが好きなものをもらってる」
その言葉に、フォルテとミラーズが「ん?」と顔を見合わせた。
「交換みたいですけど、それってぇ」
「カデンツァが一方的に得してるじゃん」
あーあ、言っちゃった。
皆、あえてつっこまなかったのに。
唯一気づいていなかった当の本人が、さらに落ち込んでしまったではないか。
(……あまり、うちの隊長をいじめないでください)
無言の嘆願が、空気を読むという言葉に縁の無い数人に正しく伝わったかどうかは、さだかではない。
「ところで、こちらには誰が来られる予定だったのかな?」
教主庁側に用意された席は、一つだけ最後まで開いたままだった。
アインザッツの問いに、カデンツァが答えかけた時。
店の主が転がるようにやってきた。
「あのう……、こ、こちらの、お、お、お席の方が――」
「お通しして」
「はははは、はひっ!」
店の主が、また転がるように戻っていく。
そして、しばらくしてしずしずと姿を現したのは。
教主キター!
確かに、大御所自らが同席したとなれば、癒着や談合を疑われることもあるまい。
それにしても、食べ終わってからで良かった。
ずっと睨まれていたら、食べた気がしなかっただろう。
その後お開きになるまで、教主はカデンツァの隣で、不機嫌そうに上機嫌であった。
***
「あー、食った食った」
「美味しかったですー」
満足そうなファルズフの隊員たち。
二人が会計で席を外しているうちに、教主庁の大隊長が切り出した。
「ところで、エレオスのことですが……」
面倒そうに、ジャディスがばりばりと頭をかいた。
「俺たちが頭に来てたのは、親友だったはずの人間がうちのメンバーを傷つけたってことだったからな」
「それが本人の意思ではなかったことは、我々もよく分かっている」
隊長の言葉に、隊員たちもうなずく。
「あんだけカデンツァに、あいつは悪くないってアピールされちゃ、何も言えねぇって」
「今日の様子だけ見ても、一番ショックだったのはあの人だって分かりますもんねぇ」
ミラーズとフォルテも、やれやれと言った顔である。
「……あなたもそれでよろしいですか?」
黙って聴いていた女性は、表情一つ変えずに答えた。
「カデンツァ様がよいとおっしゃるのなら、元より私が口を出す問題ではない。もしまた、カデンツァ様を悲しませるようなことがあれば――その場で首を落とすだけのことだ」
容赦ない言葉が、脅しではないことを、全員が感じ取る。
(退治する気満々だよ、この人)
彼女にとって、終わってしまったウンブラスの件よりも、今日のデザートの方が逆鱗だったようだ。
席に戻る途中、最後のやり取りだけを耳にして立ち尽くしたエレオスの肩を、ぽんと叩いてカデンツァが慰めた。
***
さて。
ファルズフの面々が、実に遠慮なく飲み食いしてくれたので、一体いくらになるかと不安だったのだが。
教主の登場に度肝を抜かれた店主から、どう考えても格安の金額を提示された。
それでは安すぎると客が食ってかかるという、おかしな一幕を演じる羽目になったり。
――数日後。
「ファルズフ側にありながら、教主が訪れた店」が、話題を集めて大繁盛、という噂が流れてきた。
あの日の損などあっという間に取り戻したに違いない。
自分はほとんど動かぬまま、周りの駒を自分の都合の良いように動かし、しかもそれらに遺恨を残さない。
改めてカデンツァの恐ろしさを思い知った一件であった。
おわり
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マスターキーにして、指揮者様。
自分はその場から動かずに、周りを操りまくり、操られていることにすら気づかせないのが凄腕。
デザートの場面で、(こいつら……w)と呆れていただければ、大成功ですw
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