漂う不安 ――子守唄(ララバイ)



「そんなに君は、自分の部下が信用できないのかい?」
「そういうわけじゃなくて」
「だったら、少しは人に任せよう」
だから交代、と問答無用で作業を止めさせ、ずるずるずると実験室の奥の、休憩室代わりのソファへ引きずっていく。

――意外と強引ですな。

エレオスが教主庁に戻って数日。
留守中の遅れを取り戻そうとしてか、それとも気を紛らわせているのか。
何度か注意してきたのに、それでもなお仕事を続けようとするエレオスに、とうとうご友人がぶち切れた、というのが現状である。
「だからって、俺だけ休むわけには……」
「ほう、ぼくの膝枕では不満だと?」
「……○×■△っ!(寝られるかぁーっ!!)」

――隊長の心の叫びが聞こえます。

しばし無言の攻防の後、ぱた、とエレオスの動きが止まった。
(寝たフリして、帰ったら起きよう)

――また隊長の心の声が聞こえます。

証拠に実験用の分厚いレポートはしっかり握ったままだ。
しかし、数秒もすると本当に静かになってしまった。
警戒心の強いエレオスが、人前で眠るとは珍しい。
よほど疲れていたのか、それとも。
聞かれる前に、カデンツァが種明かしをした。
「手に、揮発性の睡眠薬を塗っておいたんだ」

――カデンツァ様にはかないません。

「一時間くらいで目を覚ますから、実験進めておいて」
それまで寝顔を眺めているつもりだろうか。
「雑誌でも持ってきましょうか?」
「ん、暇つぶしがあるから大丈夫」
めくり始めたのは、エレオスが持っていた分厚いレポート。
(あれって、最高機密じゃないんですか)
(今更だろう。第一、あの資料を完全に理解できるのは、隊長とカデンツァ様くらいだ)
(外部の人間が見ても分からないよう、暗号混ぜながら書いてるみたいだし)
(でも、カデンツァ様は読める、と)
(むしろ、その暗号ってカデンツァ様が作ったんじゃないか?)
ちら、と振り返ると、レポートにしおりを挟みながら読み進んでいる。
どうやら暗号の書き間違いを訂正している模様。
添削が入らなかったら、教主庁内では解読できなかったかもしれない。

数分後、一匹のテイルが飛び込んできた。
奥のソファにたどり着くと、何やら喚き始めた。
『クルルル、キュキュ!!』
言葉は分からずとも、猛然と抗議しているのは理解できる。
「はいはい、分かったから寝てる人の顔、踏まないで」

――隊長が可哀想なので、早めに対処願います。

膝の上を陣取ったテイルの、パタパタという満足げなシッポの音が聞こえていたが、直に静かになった。
テイルも睡眠薬の餌食になったのを見届けて、隊員たちは仕事に戻った。

***

……これは夢だ。
そう自覚できる夢がある。
記憶の断片がばらばらに散らばっているのを、遠くから眺めている感じ。
アイツに何かやられたな。
ひっかかった自分に呆れはしても、怒る気にはならない。
心配をかけて、申し訳ないとも思う。
疲れていないわけではない。
ただ、クレモナから戻って以来、眠るのが怖かった。
ザインで目覚めたと思ったのが夢で、まだソーマに乗っ取られたままなのでは。
目覚めた時、目の前に誰かが倒れていたら。
自分の手が血で汚れていたら。
――何度も夜中に飛び起きた。
そのたびに教主庁に戻ったこと、第七の乗組員たちが無事であるのが現実だと自分に言い聞かせた。
訪れる友人の顔を見て、ようやく安心できる。
だが、一度眠るとその繰り返し。
だから、眠りたくなかった。

これは夢? それとも。

見下ろす顔は、穏やかに微笑んでいる。
(ああ、良かった、笑ってる)
あの時、最後に見たのは今にも泣き出しそうな瞳。
伸ばした手は届かなかった。
でも、今は。
(あんなことは、もう二度と――)

触れた頬も、握り返された手も暖かいのに。
ふいに、辺りの空気が一気に下がった気がした。

***

「……カデンツァ。今ってどういう状況?」
「ちょっと寝ぼけたエレオスが、グラナーダにお仕置きされる数秒前。かな?」
「……大変分かりやすい説明をありがとう」
「どういたしまして」
会話は和やかなのに、漂う気配は緊迫した嵐の前の静けさ。

――隊長、がんばってください。

救出をあきらめた部下たちは、振り返らぬまま合掌した。


                       おわり





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クロに噛み付かれる数秒前、でもあります。
がんばれエレオス。




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