太古の遺物  ――多声楽曲(ポリフォニック)



「チョコの作り方?」
調理室に引きずり込まれたカデンツァは、フォルテとミラーズ、モニカに手を合わされて目を丸くした。
「いつも世話になってる礼にさ、年に一回くらいいいかなって」
「わたしも、皆さんに感謝をお届けしたくて」
「それはいいことだと思うけど。三人もいるのに何故ぼくに?」
尋ねた途端、そろって机の上の謎の物体を指差した。
「――レンジ使ったね」
黒い塊に、カデンツァが苦笑する。
「一応溶けたんだけどさ」
「固めてみたのですが……」
「白くなっちゃって」
謎の物体は、キッチンの台で叩いても、鈍い音を立てるばかりで割れそうもない。
十分凶器になる。
「チョコの融点は28度。あんまり高い温度にすると脂肪が分離しちゃって白く浮き出ちゃうんだ。それが固まると、味も固さもすごいことになる」
「ほへー」
「勉強になりますぅ」
「チョコも奥が深いのですね」
フォルテとミラーズはともかく、艦の操縦にかけては右に出る者のないモニカも、チョコの作り方は専門外だったようだ。
ひとしきり感心した後、改めて頼み込む。
「というわけで、カデンツァ、お前が最後の砦なんだ!」
「正しい作り方を教えてください!」
「このままじゃ、二人とも時間と材料費の無駄ですぅ」
「うん、いいよ。……フォルテは作らないのかい?」
「わたしは市販の買ってくるのです」
面白がって、作るのをひやかしに来たらしい。
「意外だよな、てっきり手作りを強調して、恩を売りまくるかと思ったんだけど」
首をひねるミラーズに、フォルテがにやりとした。
「うふふ、値札外すの忘れたフリをして、三倍返し狙いなのですよ」
目が輝いている。
「すごい……」
「あざとい……」
「あはは」
こんなイベント一つでも、性格が出る。
手作りは、やはり自分の手で作らないと。
――というカデンツァの方針により、再び少女たちとチョコとの戦いが始まった。
湯煎にかける程度でチョコは溶けるのか! としきりに感心していたミラーズが、混ぜる手を止めて尋ねた。
「チョコの賞味期限ってどのくらいなんだ?」
「作ってから一年くらいは普通に保つけど、混ぜたり、トッピングしている場合は、そちらが痛むから要注意だね。どうして?」
「訓練生になった頃、人にもらったのを発見しちゃってさ」
「それって、2年前ってことですの?」
「……製造日は5年前」
これ、とポケットから取り出したのは、飾り気のない小箱。
「骨董品レベルですねぇ」
「純度高いから食べても大丈夫だけど、ばっちり賞味期限書いてあるから、さすがに人にはあげない方がいいかも」
「非常袋にでも入れとくか」
「さ、急がないと調理室、閉められちゃうよ」
「「「おーー」」」

***

――当日。

「寝坊したーーー!」
「なんで昨日包んでおかないんですの!?」
「出かける方もいます、急ぎましょう!」
大慌てで小箱を袋に入れ、三人娘はシルトクレーテ内を駆け回る。
義理と分かっていても、こういったプレゼントは嬉しいもの。
男性陣の笑顔に、渡した方も大満足。
こっそりその中に本命が混ざっていたかもしれない。
大仕事を終えた三人は、調理室で休憩しながら、作った残りで優雅にお茶会である。
「ところでミラーズ、昨日のチョコは?」
「昨日?」
「ほら、期限切れした古ーいチョコ」
「それなら、そこに置いたままだけど」
「ないわよ?」

「「「……」」」

―― 一方その頃。

「うううーん」
「どうした、ジャディス」
「こういう日の、期限切れのチョコってどういう意味なんすかね?」
「『私の愛も期限切れ』かな」
「ううう……orz」

三人娘が大騒ぎで駆けつけてくるまでの間、艦橋で頭を抱えて悩んでいた人間が居たらしい。

              おわり





おまけ


こちらは教主庁。
今日も今日とて顔パスで入ってきたカデンツァは、実験室の前で少女が二人、顔を見合わせているのを見つけた。
「エレオスは留守かい?」
「いらっしゃるのですけど」
「開けていただけなくて……」
見るからにしょぼーんとした二人に、カデンツァは苦笑する。
大方予想はつく。
この調子で訪れる者が多いので、機嫌を損ねたエレオスが居留守を使っているのだろう。
「ちょっと待ってて」
入り口の認証システムに手を当てる。
ぴっと音を立てて、ドアが開いた。
案の定、友人は実験に夢中のフリ。
しかし、人が来たことに気づいていないわけがない。
「可愛い女の子が、心のこもったプレゼントを用意してくれてるのに、無視するとはどういう了見かな」
「どうせ義理だろ。こんなイベント、なくなりゃいいのに」
「もらってない人に、恨み殺されそうな発言とチョコの数だね」
作業机の上には、綺麗にラッピングされた小箱の山。
確かにこの数の分、ちまちまと作業を止められていたら機嫌も悪くなるかもしれない。
ろくに見もしないで放置したのだろう。いくつか、机から転げ落ちかけている。
「包装くらい開けてあげようよ」
「このまま寄付にまわすさ」
「中に手紙が入ってるかもしれないのに?」
「開けるのが面倒だ」
そっけない返答に、カデンツァはやれやれと肩をすくめた。
「そっか、いらないんだ。残念」
手にした袋をこれ見よがしに振ってみせる。
ようやくエレオスが振り返った。
それは欲しい、でも口には出せない、という複雑な表情になったエレオスに、カデンツァはにこりと笑う。
「受け取ってくれるかな?」
もちろん、あの子たちのもねという意味が隠されている。
「〜〜〜っ」
エレオスは手荒く実験設備のスイッチをOFFにし、部屋から出て行った。
さすがに顔を合わせると冷たくあしらえず、きちんと受け取った模様。
閉まりかけたドアの向こうから、少女たちの嬉しそうな歓声が聞こえた。
「お疲れ様。はい、ちょっと預かるよ」
戻ってきたエレオスから、カデンツァは新入り二つを取り上げた。
机に山となっている小箱たちと一緒にする。
「?」
そして、ひょいひょいと並び替えた。
「??」
「ぼくのは、これの中のどれか」
「!?」
「あければ分かるから。それじゃね」
カデンツァは上機嫌で去っていってしまった。

残されたエレオスは、しばらく呆然とチョコの山を眺め、ため息をついて一つずつ包みを開け始めた。

――目的のものは、狙ったように一番最後だった。








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もう一年経つんですね。早い早い。
今年も物欲しそうな顔をしている子がいたので、書いてみました。
相変わらず不憫幸せです。

電子レンジで歯の立たないチョコを作ったのは、何を隠そうこの私。
もちろん、おとなしく市販品買いました…。



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