昏迷の足音  ――単旋律 (モノフォニー)



その日、第七中隊の面々は、地方の救援活動を終えて数日ぶりにマラン・アサへ戻ってきた。
本部へ向かう途中の大通り。
「カデンツァ!」
駆けつけてきたのは、教主庁のエレオス。
嬉しそうな笑顔。
――結構長いつきあいになるが、こいつが笑ったのなんて、初めて見たぞ。
色んな意味で沈黙した第七の面々を気にもせず、ぎう、とカデンツァを抱きしめた。
「あら、熱烈」
「とうとう壊れたか」
フォルテはすかさずカメラを構え、ミラーズは呆れたように目をそらす。
観察していたアインザッツが呟いた。
「……中身が違うな」
「へ? てことは、まさかまた――」
「もしかして、エーレなのかい?」
すぐに気づいて、カデンツァも尋ねる。
「エーレって?」
「クロのことだよ」
こそっと尋ねたジャディスに、ミラーズが答える。
「クロって呼ばれるの嫌がるんで、妥協したらしいぜ」
小声だったのに、『エレオス』が叫んだ。
「クロって言うな!」
――ああ、確かに中身はあっちだ。
「どういうことだい? エレオスは?」
「さぁ? どうでもいいじゃん、あんな奴」
「良くないよ。無事なんだろうね?」
ぱたぱたと軽い足音が近づいてきた。
緑色の小型のテイル。
カデンツァがいじめられているとでも思ったのか、間に入ってエレオスを蹴飛ばそうとしている。
もしやこちらに本体が、と誰もが思ったが、頭を押さえられると足が届ないことに気づかない辺り、ただのテイルのようだ。
『エレオス』が、舌打ちした。
「なんだコイツ、邪魔する気か?」
いきなり尻尾をつかんでつるし上げ、その頭に手を当てる。
「……消えろ」
「エーレ、だめ!!」
カデンツァの声に、集まりかけていたソーマが四散した。
危うく命を取り留めたテイルは、宙でカチンと固まったまま動けなくなっている。
ついでに、第七の数人も蒼白になっていた。
「い、今のマジでやばかったよな?」
「うん……」
腕を掴まれた『エレオス』はきょとんとして、悪意の欠片もなく不思議そうに尋ねる。
「なんで止める?」
「どうしてか分からないのに、命あるものを傷つけたりしたらだめだ」
「じゃ、分かったら殺っていいんだな?」
あっけらかんとした答えに、カデンツァはため息をつく。
「分かったら、そんなことしないよ」
「こいつはただのテイルだし、いても役に立たない」
「生き物の命は、役に立つ立たないで決めるものじゃない。それにその子には、今まで身体を借りていた恩があるだろう?」
「……」
納得したわけではないが、そういうものなのか、という顔で『エレオス』はテイルをぽい、と手放す。
あわてて受け止めたカデンツァが、めっ、と睨む。
「エレオスに身体を返してあげて」
「やだ」

――早。

狙いに狙って、ようやく手に入れた身体だ。
そう簡単に手放すはずもない。
これは相当長期戦になるだろうと誰もが思った時、カデンツァが続けた。
「……もう一緒にお風呂入れないけど?」
「返す!」

――早っ!

「隊長、教主庁寄ってから帰ります」
「ああ、分かった」
あっさりと見送って背を向けたアインザッツに、疑わしげにジャディスが尋ねる。
「『アレ』放置していいんですかい?」
「他に、『アレ』を何とかできる者がいると思うか?」
カデンツァに御せないようなら、他の者がいてもどうにもできない。
「……帰るか」
力ない呟きに、異議を唱えるものは一人もいなかった。

***

エレオスは落ち込んでいた。
それはもう、マラン・アサ近くの海溝の底より深く落ち込んでいた。
落ち込みながらも、今日の実験データをまとめる手を止めないのはさすがと言うべきか。
「あまり気にしなくていいのに」
慰める友の言葉が余計突き刺さる。
はいそーですか、と割り切れるならどんなに楽か。
二度目のせいか、前回とは違った状況だったせいか、今回は乗っ取られている間の記憶がばっちり残っていた。
人前で……よりによって、ファルズフのメンバーの前でっ!
――忘れよう。
忘れるのだ、あれは自分ではなかったし、自分は何も覚えてない!
……忘れようと努力するほど記憶が鮮明になってしまうことを、エレオスは思い知ることになる。
それはともかく。
「ソーマの変換実験してたんだって? また新しい方法を思いついたんだね、すごいな」
地上のソーマは完全になくなったわけではない。
しかし、残り少ないのは確かである。
いっそ、ソーマ自体を使うことなく、別のエネルギーに変えることはできないか。
水で水車を動かしても、水自体は変わらない、そんな使い方ができないか。
そんな試行錯誤していた時だった。
実験室に、いつの間にか例のテイルが入り込んでいた。
油断していたわけではない。
だが、その本体が「ソーマの塊」であり、古代クレモナ人並の知識があることを忘れていた。
「あの装置、ソーマを数倍に増幅する効果があるんだってね」
実験は成功だった。
しかし――。
高密度のソーマの集積体と、近くにソーマとの親和性の高い人間がいる。
あの瞬間、おそらくベネスの繭と同じ状況が再現されたのだ。
しかも、片方は作為的にそれを待ち構えていた。
――自分が「あいつ」をなめていたのが、敗北の原因だ。
エレオスのため息はひたすら重い。
その様子を、カデンツァはニコニコしながら眺めている。
腕に、ぐーすか平和そうに眠っているテイルを抱えて。
「なんだよ?」
「もっと怒るかと思ってたから」
「……あんなの見せられて、怒れるか」
「あんなの?」
入り込んだソーマの人格が、エレオスの記憶を読み取ったように、今回は逆にそちらの意識を覗くことができた。

地上のテイルの群れや街の人間達と遊んでいる間は、気にもしていないのに。

真夜中の洞窟で目を覚ました時。
雪原の白い闇に取り残された時。
ふいに自分がここにいるべきモノではないことを思い出す。

テイルではない
人間でもない
アレーティアは宇宙(そら)に還ってしまった
ウンブラスだった連中も、一緒に行ってしまった

自分はこの世界にたった一人

いつまでオレでいられるんだろう
オレは、本当にオレという存在なんだろうか……?

それは、足場が突然なくなるような感覚。
怖いもの知らずの存在が、初めて感じた"恐怖"に近いもの。

「……ったく、自己同一性(Self Identity)に悩むテイルなんてありか」
「エレオスこそ、姿に惑わされすぎてるんじゃない? テイルの身体は借りているだけで、知識も力も大人並……いや、アレーティアの知識を共有している分、それ以上だ。――道徳観念にちょっと問題あるけど」
「ちょっとか、これが」
「人の間で暮した経験が少なすぎるんだよ。ぼくが面倒みるから、大目に見てあげて」
懇願されて、エレオスにNoと言えるわけもない。
「……とりあえず、一緒に風呂入るのは止めとけ」
なんとかそれだけ言い返したものの、「なんで?」と聞かれて墓穴を掘ったことに気がついた。

***

まだ寝ぼけ眼のテイルの前に、カデンツァはレジャーシートのようなものを広げた。
某ダンシングゲームのセットのようだ。
「こうやって踏むと……」
ととととん、とシートの上を踊るように歩くと、壁に影で文字が浮かんだ。
おおっ、という顔になった後、テイルはくるりと振り返り、カデンツァに向かってあっちに行っていろと足をぺたぺたさせた。
どうやら、書き終わるまで見るなということらしい。
「分かった。休んでるから、ゆっくり遊んでて」
言うなり、ころんとベッドに転がってしまう。
休める時に休むことが身についているのか、すぐに安定した寝息が聞こえ始める。

――キミタチ、部屋の主に何か言うことはないのか。

最近、この部屋は休憩所、兼、遊戯室になっているように思えて仕方がない。
しばらくの間、ぱたぺたという足音がしていた。
よし、と満足げな短い鳴き声の後、小さな気配が近寄ってくる。
背後で、こっち向けというぺたぺたという足音。
無視していると、いきなりしっぽで頭をはたかれた。
「なんだよ」
自信満々で胸を張るテイルの背後の壁に、文字が浮かんでいる。

"ホカハ譲ッテヤル。カデンツァヨコセ"

「却下」
リセットボタンを踏んで、表示された文字を消去。
苦労して打ち込んだ言葉を一瞬で消され、テイルがしっぽを床に叩きつけて憤慨している。
ぷいぷいと怒っているテイルを、エレオスはため息をついて掴みあげた。
「あのな、お前のカデンツァへのこだわりは、俺の記憶に影響されてるだけなんだ。お前はベネスで俺に入って、ザインで消えるまでの間、ファルズフ以外の人間と会ってないだろう。その中で、唯一俺の直接の知り合いだったのがカデンツァだ。だから、特別に見えているだけなんだよ」
だから、ソーマであるお前が、人間に囚われる必要はない。
もっと自由に、どこへだって行ってもいいんだ。
そう続けるつもりだったのに。
膝の上のテイルが、不意に硬直した。
エレオスは言うべき言葉を間違えたことに気づいたが、もう遅い。

『――ッ!!』

甲高い鳴き声。
悲鳴に似た泣き声が響き渡る。

違ウ
違ウ違ウ違ウ

コレハ"俺"ダ
他ノ誰ノデモナイ
コレハ俺ノ
俺ノ意思ノハズナンダ――!

カデンツァが飛び起きた。
「どうしたんだい?」
カデンツァの差し伸べる手さえ振り払い、部屋の隅で鳴き叫び続ける。

自分は本当に自分なんだろうか
宿主の考えを自分のものだと
思い込んでいるだけではないのか

自分はいつか他のソーマのように消えてしまう
その時誰か一人でも
自分を覚えていてくれるだろうか――

「自分が自分なのかと考えてる時点で、ちゃんと一つの存在だよ。君は君だ」
叫びが止まった。
カデンツァの言葉に、疑いと期待の入り混じった目を向ける。
「君がここに居たいと思ってくれるなら、ぼくは嬉しいし、そうして欲しいな」
しばらくして、迷いながら恐る恐る歩み寄る。
そして、いつものように、カデンツァの腕の中に納まった。
すねたように尻尾を振っていたが、疲れてしまったのか直にことんと眠ってしまった。
一部始終を眺めていたエレオスが、ほっとしたのと同時に、ふてくされた。
「その姿で泣くのは反則だ。どう見てもこっちが悪者になる」
カデンツァがまぁまぁとなだめると、呆れたように肩をすくめる。
「一度聞いてみたかったんだが」
「ん?」
「お前には、コイツ、どんな風に見えてるんだ?」
尋ねられて、カデンツァは首をかしげる。
「五、六歳の男の子かなぁ」
なるほど、その程度なら可愛くも見えるだろう。
「ホントはね。ヴィオラの音声出力の技術を使えば、テイルのまま話すことは可能なんだよ」
「それじゃ、なんでわざわざシートなんか」
「それは、まぁ、その……」
カデンツァがちょっと困ったように笑う。
実現したら相当うるさいに違いない。
「それに、エーレもテイルのまま話すのは不本意だろうし」
それはどういう意味かと尋ねようとして、ふと、アドニスやイデアの姿が脳裏に浮かぶ。
ソーマの高密度集積体は、クレモナの技術を使えば生き物の"形"を取ることができる。
――まさか。
人の気も知らないで、カデンツァは自信ありげにニコリと笑う。
エレオスは、近いうちに手強いライバルが登場することを覚悟した。


       おわり。

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クロを登場させた「裁きの時」〜「空へ還る絆」の後に、書いていた小話でした。
「クロ」は私のオリジナルキャラですから、読み手としてはどうなんだろう、と思って未発表のまま現在に至っていました。
……ここまで書いてといて、悩むのも今更かな、と日の目を見せてみましたw

傍若無人、唯我独尊(自分ほど偉いものはいない、の方でw)なクロが、ふとした拍子に感じる底なしの孤独感。
少しでも表現できているとよいのですが。

でも宿主の影響が強いので、テイル頭だから深刻に悩んでも、寝て起きたら忘れてるに違いない。


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