襲撃 ――夕べの祈り(アーベント)
カデンツァは、久しぶりの外出に上機嫌だった。
わだちには、昨日の雨の名残りで水がたまっている。
ランプの灯りは嵐の後の風に頼りなく揺らめき、今にも消えそうだ。
ぬかるみを避けながら、ゆっくり馬車は進んでいる。
夕闇が迫り、景色はほとんど見えないというのに、そんな道行でも楽しめる性格がうらやましい。
錠をかけた小箱には、教主庁から預かったという書類が入っているのだろう。庁を出た時から大事に抱えている。
近くの町から、礼拝を知らせる鐘が聞こえた。少しは急いだ方がいいのではとエレオスは思うのだが。
ウマはかまわず、のろのろとした歩みを続けている。
「それで、今度はなんの行事を広める気だ?」
「人聞き悪いなぁ。ハロウィンだけど」
「西方の大晦日、収穫祭に由来。精霊や悪霊が徘徊する日といわれる」
「さすがエレオス。よく知ってるね」
「なんでまた、そんな気味の悪い日を……」
「悪くなんかないよ。ご先祖様や妖精が遊びに来る日だもの。それに混ざって子供たちがお菓子をねだって良い日なんだ」
「それでか」
背後に積まれた荷は、子供が喜びそうな焼き菓子だった。
前回ここに来た時、荷物は本の山だった。
あれから約半年。
「みんな、元気にしてるかなぁ」
時々手紙のやりとりをしている子供たちと会えるのを、カデンツァは楽しみにしていた。
日が完全に落ちる直前、二人は目的地に到着した。
もう暗いというのに、建物の前に人が集まっている。
様子がおかしい。
話しこんでいる小太りの男と司祭を、子供たちが少し離れたところから不安げに見つめていた。
馬車に気づいた男が、先に声をかけた。
「おや、教主庁の使者だね」
近づいた二人を見て、なんだ子供か、という表情をしたが、すぐに「それも好都合」と言いたげな顔になった。
「さて、君たちにも聞いてみたいのだが。法律は守らないといけないな?」
当たり前のことを聞かれ、カデンツァはちょっとむっとした顔になった。
何か嫌な気配を感じたエレオスが手を引いて止めようとしたが、それをふり払ってカデンツァが答えた。
「もちろんです。法は守られなければ法国家として成り立ちません」
きっぱりとした答えに、満足げに男はニヤリとした。
「どうだ? こんな子供でも分かっていることじゃないか。さぁ、下手な言い訳などせず、今日を持って全員立ち退くか、それとも過去二十数年に及ぶ土地代と家賃を払うか、どちらか決めてもらおうか」
「ちょっと待ってください! 一体なんの話ですか?」
カデンツァは、うっかり放ってしまった自分の言葉が、司祭を追い込んでしまったと気づき、あわてて間に入る。
「何十年も勝手にうちの土地を使っている輩がいるのでね、立ち退いてくれと言っているまでさ」
「この院のことですか? そんな……」
「君も言ったじゃないか。法律は守らんといかんよな?」
「それは――」
エレオスは司祭に小声で尋ねた。
「どういうことなんです? この土地は、無償で貸し出されていると聞いていましたが」
「地主が代替わりしてな、そんな契約はしていないと訴えてきた」
「先代と取り交わした契約書があるでしょう」
「少し前に盗まれたんだよ」
「! ヤツの仕業に決まってる!」
「だが、証拠がない」
あきらかに下手人であろう地主は、出せるものなら出してみろ、と言いたげだ。
間違いない、契約書は、あの男の手元にある。
出せないと分かっているからこそ、いきなり強硬な手段に出たのだ。
「契約がない場合、法律に照らして判断するものだ。この土地は私の所有であり、契約が存在しない以上、彼らがここに住んでいるのは違法。違うかね?」
「……その通りです……」
居丈高に詰め寄る地主に、カデンツァの返事は消え入りそうだ。
きっと今まで、司祭は地主の訴えをなんとか食い止めていたのだ。
だが、カデンツァの言葉が、トドメを刺してしまった。
さすがのカデンツァも、世の中の悪意に対しては警戒が甘かったか。
司祭は無駄とは知りつつも言い返す。
ここで認めてしまったら、子供たちは住む場所を失ってしまう。
「しかし、私は確かに先代と無償で貸していただくという契約を……」
「うちの親父はしっかり者でね。タダで貸し出すなんて真似をするわけがない。それでも約束したと言うのなら、何度でも言わせてもらうが、契約書を出してもらおう」
ここまでか。
司祭の顔にあきらめの色が浮かぶ。
――その時、勝ち誇った地主の袖をカデンツァが引いた。
「なんだ、もう子供の出る幕では……」
「法律は守らねばなりません。それは貴方も同意されましたね?」
先ほどまでの沈痛な表情はどこへやら。
有無を言わせぬ問いかけに、地主はうろたえながらも頷く。
「もちろんだとも」
その返答にカデンツァは、荷物から書状を取り出した。
「ここに契約書があります。貴方のお父上と教主庁の間で交わされた書面です」
「何だと!?」
地主の顔色が変わる。
「お父様は、しっかりされた方だったようですね。こちらの司祭様とだけではなく、教主庁とも契約書を交わしておられました」
あわてて書類を取り上げようとする手をひらりとかわし、カデンツァが読み上げ始めた。
「教主庁所属の者に土地と建物を貸与する期間、以下の者の地税を半額とする。なお、」
ちら、と地主の様子を見てから続ける。
「なお、期間は契約開始から五十年とし、中途の破棄をする場合は、相当する期間の五倍を徴収するものとする」
「五……!?」
「貴方は、この地区のかなりの土地をお持ちですよね。お支払いは相当な額だと思いますけど、契約を破棄されるからには、もうご用意されているのでしょう」
お金持ちでうらやましいなぁ、と天使のような笑顔。
「教主様からは、その支払いをこちらの司教様へお渡しするようにと言い付かっております。現金にされますか? それとも……」
カデンツァが話し始めてからすぐ、エレオスは、司祭と子供たちを院に向かわせていた。
全員を中に入れ、何も見なかったことにしよう、と言わんばかりにドアを閉める。
「ま、待ってくれ、待って……」
閉じた扉の向こうに、裏返った地主の声が消えた。
しばらくして。
ようやく状況を飲み込んだ司祭が、エレオスに尋ねた。
「……君はこうなることを知っていたのかね?」
「いえ」
「その割には静かだったね。君の性格なら、あの男に殴りかかるかと思ったよ」
「あいつが……」
「?」
「あんなに怒っているのを見るのは初めてで……」
あの天使の笑顔は、怒りの裏返しだったようだ。
――怖くて何も言えなかったのか。
爆笑した司祭に、まだ不安げだった子供たちの表情が緩む。
そこにカデンツァが入ってきた。
「司祭様。地主さんの『ご好意』で引き続き、ここに居住してよいそうです。ついでに十年、契約を延長してくれましたよ。――さ、おやつを開けようか!」
歓声で迎えられた大きなカボチャのパイは、地主と同じくらい容赦なくかっさばかれた。
***
「ところでエレオス」
「な、なんだ?」
「ぼくのこと少し疑ったね?」
「そんなことは……」
もごもごと反論しかけたが、カデンツァ様にウソはつけない。
「ゴメンナサイ」
「悪いと思ってるなら、これにサインよろしく」
ひらりと差し出されたのは、何やらびっしりと書かれた、契約書のようなもの。
一番下、サインする部分が空白になっている。
しかし、肝心の文字が読めない。
これは古代語だ。
「内容の分からないものに署名するわけには……」
さすがに拒否しようとしたが、じーっと見つめられた。
この顔に逆らえる者がいるかどうか。
「書けばいいんだろ、書けば!」
半ばヤケで、名前を記入する。
「契約完了!」
「……」
自分は一体何の契約をしてしまったのだろう。
さっきの地主の情けない姿が脳裏をよぎる。
『契約書』の内容を知るために、エレオスは必死にその言語を習得するハメになった。
***
数年後の教主庁。
『契約書』と思ったものには、カデンツァが調べ上げたらしい古代文明の調査報告がびっしりと書き込まれていただけだった。
これに署名させることで、彼に古代語を叩き込み、「共犯」に引きずり込みたかっただけなのだろうか。
エレオスは時々引っ張り出して眺めては、友人の真意を計りかね、ため息をつくばかりである。
***
一方、こちらはシルトクレーテ。
「なんですか、それ」
「全然読めないぞ」
古びた書類を眺めて、フォルテとミラーズが首をひねった。
通りかかったアインザッツが、カデンツァの持つ書類を覗き込み、かすかに笑った。
「……契約は遂行されているようだな」
「隊長、読めるんですか?」
「いや、全体の文章が何を書いているかは分からないが、契約の内容は、な」
彼が指先で書類の冒頭をつつくと、カデンツァは微笑んだ。
「さすが隊長」
「え、何々?」
「どーゆーこと?」
あわてて用紙を見直すフォルテとミラーズを、カデンツァはニコニコと眺めるばかり。
二人は、用紙をひっくり返したり、さかさまにしたり、色々試してみたが、とうとう分からなかった。
おしまい。
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契約の内容は、隊長のヒントの通りです。
携帯の画面だと、ちょっと分かりにくいかも。
分かった方は是非解答を、分からなかった方は正解要求を、ぜひお寄せくださいw
いやー、税金対策って大変なんですよね。
会社の固定資産税のチェックしてて思いついた話でした orz
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