教主国2 ――夜想曲(ノクターン)
「始め!」
「――次」
大隊長の合図とほぼ同時。
エレオスが試合終了を宣告した。
「……え?」
対戦相手となっていた第一僧兵隊の数人が、自分たちの胸元についた赤いマーカーを愕然と見下ろす。
「ちょっと待て、今のはズル……」
自分たちの武器を構える間もなく致命傷のマークをつけられた者たちが、憤然として抗議したが、相手は冷酷に一蹴した。
「先輩方。実戦でもそう言うおつもりですか」
容赦のない言葉に絶句した僧兵たちに、苦笑しながら大隊長が告げる。
「残念ながらその通りだ。交代しなさい」
即されて、渋々ながら次の対戦者と代わる。
――異例の昇進試験は、実戦形式で行われていた。
少々変わった特技があり、研究が目に止まって第一僧兵隊に抜擢された若造。
たかが一介の研究者が戦闘部隊に挑むなど、身の程をわきまえないにもほどがある。
しかも、手にした得物は大型の銃。
あれではろくに動くこともできず、間合いに入られれば反撃もままならぬはず。
試験開始まで、誰もが内心そう思っていた。
しかし。
わずか数戦でその考えは覆された。
間合いに近寄る前に的確に急所を狙い撃ちされ、何とか近づいて槍技を繰り出そうにも、銃身を剣のように使って跳ね返される。
あの重そうな銃を軽々扱うだけでも驚きであるのに、数人を相手にした時の状況判断のなんと的確なことか。
何故今まで、このような使い手が研究班でおとなしくしていたのだ?
詳細は明らかにされていないが、つい先日、この者がセクンダディと何か大きな問題を起こしたという噂が流れていた。
本来であれば、昇進どころか追放されてもおかしくない状況のはず。
だが、もし追放となれば――恐らくこの人材はセクンダディに流れる。
話のタネ程度に覗きに来ていた上層部の数人が、ようやく危機感を持って試合の成り行きを見守り始めた。
***
試合開始からカデンツァは、珍しい色のテイルを腕に抱えたまま、嬉しそうに観戦していた。
部外者、しかもファルズフの一員が、特級機密であるはずの僧兵隊の訓練を見てていいのかというツッコミを、今更言い出せる者はいない模様。
「エレオス、格好いいよね」
『へんだ、オレの方がうまく立ち回れるっつーの!』
あの身体さえあれば、と不満げにしっぽを振り回すテイル。
『ちくしょう、連中だらしねぇなぁ。……ちょっとハンデつけてやろか?』
足をばたつかせて試験に飛び込もうとするのを抱きしめて、カデンツァがたしなめる。
「まだ、だめ」
ん? まだ?
微妙な言い回しに、テイルはきょん、とカデンツァを見上げた。
手が離せないので、鼻をこつんとぶつけてご機嫌取り。
端から見れば、実に仲の良いテイルと飼い主の微笑ましいスキンシップ。
……一方、試験の対戦相手は、超絶不機嫌の犠牲になった。
***
「やれやれ、あっさり突破されてしまったな。実技試験は文句なしだ。お疲れさん」
対戦状況の記録をつけ終わり、顔を上げた大隊長に、さすがに少し息を切らせたエレオスが確認する。
「……終わり、ですか?」
「本来は以上なんだが、今回は特別にあと一戦だ。じきじきに希望されてね」
はーい、と手を上げて、いつもと変らぬ笑顔でエレオスの前に立ったのは。
「――!? バカ言うな、できるか!」
いくら模擬弾でも、カデンツァに銃口を向けるなど。
「だめだよ、好き嫌いしちゃ」
「そういう問題じゃない!」
「……ぼくそっくりの敵が出てきたらどうするのさ」
「いるわけないだろ!!」
エレオスの必死の抗議もどこ吹く風。
「いくよ」
カデンツァが駆け出した。
ええい、ままよ。
試験には時間制限がある。
規定の時間、攻撃はできずとも引き分けに持ち込めれば――。
完全に逃げに回ったのを見透かされたかのように、足元で火花が散った。
怪我をするほどのものではないが、反射的に避ける分、体勢が崩れる。
「トラップ!? いつのまに……」
そういえば、カデンツァは試験開始以降、しきりにあちらへ行ったり、こちらへ行ったりしていた。
よく見える場所でも探しているのかと思っていたが……コレか。
だが、こちらも素人ではない。
トラップに関しては、一緒に研究したのだ。
カデンツァの仕掛け方のクセはよく知っている。
起動させる仕草を見れば、どこが動くかくらい、すぐに……。
しかし、辺りを見回す余裕もなく、ぽん、と足元が弾けた。
「じ……時限式――」
読まれているのは自分の方だった。
まな板の鯉。
罠を避けながら、そんな古い言葉が脳裏をよぎる。
目の端を、ぴょこぴょこ飛び回っているテイルが掠めた。
やり場のない怒りの矛先が、一気にそちらに向いた。
自分が苦労している時に、こいつはカデンツァの腕に収まってぬくぬくと……いや、そうではなくて。
よく考えれば、なにもかもコイツのせいではないか。
それなのに、何を当然のような顔をしてカデンツァの傍にいる?
試験などこの際どうでもいい、せめてコイツにだけは一矢報いてくれよう。
人間には決して使うまいと封印しているソーマ術。
純粋なソーマの塊であるコイツにどこまで通用するか分からないが、思い切り叩き込んでやる。
銃から片手を離し、空間にわずかに漂うソーマを集める。
跳ねた瞬間に狙いをつけ――。
「背中がお留守だよ?」
「うわっ!?」
後ろからいきなり抱きつかれて驚愕した途端、上からテイルが降ってきた。
得意の蹴りの威力はそれほどでもなかったが、代わりに集めかけていたソーマをごっそり奪われた。
一般人の感覚で一番近いとすれば、それは、極度の貧血。
ひょい、と引っ張られただけで、その場に崩れた。
――立てない。
「はい、ぼくらの勝ち」
相変わらずのほほんとした勝利宣言が、耳元のはずなのに、何やら遠くで聞こえる気がする。
「今のはズルい……」
「実戦でもそう言うつもりかい?」
「……」
自分の言葉で返されて、声もない。
「皆さん、お疲れ様でした」
友人をずるずるとお持ち帰りする姿を呆然と見送った後。
「なんだ、手も足もでないじゃないか、口ほどにもない」
あまりにも一方的だった対戦に、さきほどまともに試験の相手となれなかった僧兵たちが、ざまあ見ろと言いたげに肩をすくめる。
その背後から、怒りの炎が立ち上った。
「そんなことを言える立場か? たった一人にここまでやられるとはたるんでいるぞ。お前たちは、再特訓だ」
氷のような口調と美貌を前にして、第一僧兵隊の隊員たちが凍りついた。
おしまい
----------------------------------------------------------------------
まぁ、その。
グラ姐かっこいいですよね(ぇ
エレオスは実戦に強いですとも。
なんたって、本気の彼女とまともに対決してきたのですから(笑)。
カデンツァの前以外ではひたすら格好よく。
ただし、気に入らない相手には、容赦なし。
これ以降、先輩方には悪魔呼ばわりデス。
最後にカデがちょっかい出したのは、このまま終わると先輩方の心象が悪すぎるだろうというご判断のようで。
TOP/
小説