氷鎖に眠る伝説 ――不協和音(インハーモニック)

シルトクレーテの調理室に、第七のお嬢様方が集まっている。
今年は、彼女たちが主催で、裏町の子供たちを招待したチョコ祭りを企画していた。
「おい、フォルテ。このわたがしは?」
「『雪』ですわ。『屋根』に置いて」
「小さなシュークリームはどうします?」
「家の周りの囲いにしてくださーい」
一抱えほどある、大きなパン製の『家』をにぎやかに飾り付けている。
ミラーズは飾りながら少々失敬しようとしてそのたびにフォルテに叱られ、モニカはミニシューを一ミリの狂いもなく整然と設置することに夢中になっている。
少し離れたところから、その様子を眺めているのは、彼女らの同期とその友人。
「異国の祭り扱いで教主庁が止めに入らないか心配だったんだけど」
「……監視に俺一人しかよこさないくらいだから、もうあきらめてんだろ」
「それはよかった」
「ところでアレ、手伝わなくていいのか」
暗に、子供が食べて大丈夫なんだろうなという問い。
「パンは既製品だし、わたがしとミニシューはマートルさん作。彼女たちは仕上げだけ、ね」
「それはよかった」
同じ言葉でもえらい違いだ。
聞きつけて、お嬢様のうち一人が苦笑し、二人がぎっとにらみつけた。

***

ほぼ完成した『家』を前に、ミラーズが満足げに胸を張る。
「子供の頃、あこがれてたんだよな。『お菓子の家』」
「本当に作れちゃうなんて、感動です」
子供たちのわくわく視線を受けながら、フォルテが椅子に上り、小さなボウルを高々と掲げてみせた。
「さぁ、最後の仕上げ。チョコがけいきますよぉ!」
わっと歓声が上がる。
その時、駆け寄った子供の一人が、椅子にぶつかった。
「「「あっ!」」」
フォルテの手から、溶かしたホワイトチョコレート入りのボウルがつるりと落ちる。
その下には、カデンツァがいた。
普段であれば避けることなど造作もないだろうに、その場にいた子供をかばって、頭からチョコをかぶってしまった。
……場の空気が凍りつく。
(やばい、怒る。これは本気で怒る)
カデンツァ自身は、どうしようか、と苦笑しているだけだ。
問題はその友人だ。
今はまだ事態を飲み込みきれず、口をぱくぱくさせているが、我に返れば間違いなく。
激怒を予想して、ミラーズとモニカは首をすくめて小さくなる。
急いで椅子から下りたフォルテが、カデンツァをえいっとばかりに押しやった。
「エレオスさんっ! お受け取り下さいませーーっ!!」
(((ええええ!?)))
まさかのカデンツァのチョコがけ。
プレゼントされてしまった当の本人は、笑いながら、すでに固まっているチョコを髪から剥がしている。
「シャワー浴びてくる。エレオス、ついでにお茶でも飲んでこよ」
「え!? は、はいっ!」(←動揺中)
「皆、あとはがんばってね」
二人の姿が視界から消えるのを見送って、まだ少々呆然としたまま、ミラーズとモニカが呟く。
「すげえ……一瞬で怒ること忘れさせた」
「見事です――」
「さ、続きやりましょ」
椅子に上り直し、別のボウルを傾ける。
しかし、流れてこない。
「も、もう固まってる」
「そういえば、チョコの融点は28度とおっしゃってましたっけ。逆に言えば、それ以下だとすぐに」
「レンジであっためようぜ」
「待ってください! レンジでチョコを溶かすと大変なことになって……」
「だからさ、チョコかける『家』の方をあっためんだよ。パンは平気だろ?」
「なるほど、それから家にチョコを置けば」
「よーし、それじゃ早速」
皆が、わくわくと見守る中、レンジのスイッチが入れられる。
――そして。
わたがしが熱を受けてあっという間に解け崩れ、蒸気に当てられたシューが湿気を帯び、ぽんとはじけた。
あわててスイッチを切ったが、もう遅い。
綺麗に並んでいたシューはしおしおとしぼみ、元わたがしの砂糖水を吸ったパンがくたくたにひしゃげている。
……お菓子の家というよりは、ハロウィンに似合いそうなお化け屋敷という様相だ。
「「「あーーーあ」」」
目にした全員が、がーーっくりと肩を落とす。
「カデンツァ君が見ててくれないと、いきなりこうなっちゃうんですねぇ」
「チョコ以外もレンジはご法度だったか……」
「お菓子作り、奥が深いです」
その場にいた全員がしょんぼりと反省した時、マートルが崩壊した家と同じくらいの箱をテーブルに置いた。
「カデンツァから差し入れだよ」
「なんだろ」
ついていたのは、一枚のカード。

『お菓子の家セット、もう一つ用意したよ。子供たちに作ってもらってね』

「完全に、わたしたちが失敗すること見越されてますね」
「しかも、カドが立たぬよう途中で抜けることも計算のうちですわ」
「オソロシイヤツ……」
お姉様方の失敗を目の当たりにしていた子供たちは、同じ轍を踏むことなく、お菓子の家を完成させた。

***

その後。
原型を留めていない「元お菓子の家」は、シルトクレーテの冷凍庫で「なかったこと」にされているのを発掘され、どこぞの副長のおやつになったらしい。



----------------------------------------------------------------------

伝説と化する前に、発見して食べてもらえたようです。
副長は見た目は全然気にしなさそう。
シュークリームを、レンジにかけてくたくたにしたのは私です。
責任持って自分で食べました。
窯焼きシューが、あれほどマズくなるとはなかなか衝撃的な体験でした。

TOP小説