ウンブラス(影なる者)――再演(アンコール)
「エレオス」
教主庁の図書館の隅でカデンツァと話していたエレオスに、第一僧兵隊をまとめる隊長が声をかけた。
「ちょっと頼みがあるんだが」
教主庁の用件であれば、直接訪ねずとも、通信機で呼び出しをかければよいものを。
「先日の試験なんだがね」
エレオスが第一僧兵隊への昇進試験を受けたのは、数日前のこと。
現在も第一僧兵隊に所属してはいるが、それはソーマを操る特殊能力を買われての大抜擢。
研究班所属の彼は、戦闘要員とは思われていなかった。
しかし、予想以上の技量を見せつけ、実地試験は文句なしの合格だった。
最後に、誰かさんが邪魔しなければ。
大隊長は昇進を認めようとしたのだが、肝心のエレオスが納得せず、あっさりと研究に戻ってしまい、現在に至る。
「もう一回受けてくれないか」
「は?」
本人が申請してないのに、上から要請が来るとは。
「実はな、先日お前にやられた連中が再戦を希望しているんだ」
「相当悔しかったみたいですね」
そもそもの原因であるカデンツァがくすくすと笑う。
「一つ条件があってね。君の使用する武器は銃以外」
エレオスが呆れ、カデンツァが笑い出した。
「俺の得意武器を封じれば、勝てるとでも? 単純思考にもほどがある」
「まぁそう言うな。あれ(ナイトメア)なしでまた勝てれば、今度こそ文句は上がらないだろう。どうだね?」
「お断りします」
きぱっとエレオスは言って、さっさと歩きだしてしまった。
話は終わったと言わんばかりに。
その背に向かって、カデンツァが言った。
「銃がないと勝つ自信ない?」
「そんなわけないだろ!」
「だったら勝てるよね」
「当たり前だ」
「大隊長殿。エレオス、試験受けるそうです」
「そうか。ありがとう」
にっこりと笑う、カデンツァと大隊長。
「がんばってね、」
ひらひらと手を振って去っていく友人を、エレオスは呆然と見送った。
***
「ぶははは、それで結局再試験ってか。やっこさんも気の毒に」
「しかも今回は褒美すらなし、とはな」
第7の副長と隊長が、面白そうに言った。
宿敵ともいえる立場の人間が、さりげなく教主庁の昇進試験見学に加われたのは、やはり誰かさんのコネだろう。
「しかし、そのせいであいつ、やる気ナッシングじゃないか?」
「早く終わりにしたい感、満々だな」
実際、そうなのだろう。
エレオスは、うんざりした顔で開始を待っている。
「ええ、でもせっかくやるなら勝ってもらわないと」
すっかりトレードマークになった小動物を抱えたまま、ほてほてとカデンツァが友人の元に向かう。
「エレオス」
「カデンツァ。今日は何言われようと、さっさと負けて終わらせるぞ。俺はこんなのに付き合っていられるほど、暇じゃないんだ」
さすがに、機嫌が悪そうだ。
だが、長年の友人はひるまない。
「明日のなんだけど。……勝ったらあげるね」
それだけ言って、くるりと背を向ける。
「え……」
エレオスは呆然と見送る。
明日は……2月14日。
何を、かは言わずとも。
(勝たないともらえないのか!?)
負けてさっさと終わらせてやるのだという決心と、勝てばもらえるという誘惑と。
はたから見ても気の毒なほど葛藤していたが、結論はあっさり出たらしい。
「はは、これは死人が出そうだな」
「止めなくていいんすかね、コレ……」
大隊長に呼ばれたエレオスは、さっきまでのだるそうな顔はどこへやら、「さっさと片付けてやる」という目になっていた。
***
「カデンツァ様、寒くありませんか?」
「うん、大丈夫だよ、グラナーダ。ありがとう」
風に身を震わせたカデンツァは、いつもに比べるとかなりもこもことした服を着込んでいる。
「今日は絶対見逃したくないから」
「無理はすんなよ」
「はい」
副長に頭をがしがし撫でられて、カデンツァは嬉しそうにうなずく。
「それにしても、あいつ、銃禁止だって? 何使うんだ?」
どの武器も手に取らないまま開始位置に立ったエレオスに、副長は首をひねる。
「副長、エレオスが銃を使っていたのは、ぼくにあわせてくれていただけです」
「へ? となると……」
「彼の本当の得意は」
大隊長が戦闘開始の合図を出した。
「ソーマを使った変幻自在の攻撃術です」
カデンツァの実にさわやかな笑顔に、副長は(こりゃマジで人死に出そうだ)と考えた。
***
「急所へのマーカーが付けられた時点で脱落とする。今回は一戦のみ。それでは――始め!」
試験は一対五。
手にした武器の穂先や刃、銃弾はすべて、極端な怪我をしないように加工してある。
その代わり、それらにつけられたマーカーが、急所につけられれば行動不能と判断する。
前回エレオスは、大型の銃を持ち、彼らが自分に近づく前にほとんど片づけてしまった。
しかし今回は、その銃を使わないことが条件である。
最初の一人の槍の突きを避け、その柄に軽く手を当てる。
すると、鋼鉄の槍の柄が、一瞬にして真っ二つに折れた。
しかも、その柄を伝って電気のようなものが持ち主の体に流れ込んだ。
手足がしびれ、動けない。
エレオスは、手に印となる色を塗っている。
首元へ手刀を当て、勝敗を決めた。
接近戦はまずいと判断した残りの僧兵が、武器を切り替える。
銃と弓。
前回はエレオスも銃だったので、遠距離からも反撃された。
だが、今回は。
生意気な鼻っ柱を叩き折ってやろうと、再戦を申し入れたのだ。
多少ずるい手を使っても、負けるわけにはいかない。
ソーマ術を使うとは予測外だが、遠距離武器で致命傷のマークをつけてしまえば終了だ。
銃弾が発射された。
避けられぬよう、三方から同時に。
だが、エレオスは、自分の前に軽く手をかざしただけだった。
見えない壁が、銃弾を弾く。
そして、流れるような動作で手を振ると、見えない何かが彼らの武器を手から弾き飛ばした。
彼らが体勢を整えた時には、すでにエレオスは彼らの背後に回っており、それぞれの心臓に印を残した。
そして、次の瞬間には、リーダーの首元に手刀をつきつけていた。
「まだやりますか?」
その冷徹な視線に射すくめられ、動脈部に印をつけられる前に、最後の一人も降参した。
***
「なかなか手ごたえありそうっすね」
ニヤリとして、副長のジャディスは、審判をしている大隊長に声をかけた。
大隊長は、戻ってきたエレオスに、彼からの提案を伝えた。
「ファルズフ第七中隊の副長殿より、対戦の申し込みが来ている。どうするかね?」
元々エレオスは、ファルズフに対して良い感情を持っていない。
今の対戦の余韻を引きずった冷たい目のまま、答える。
「……手加減できませんが」
「いい返事だ」
気に入った、と言わんばかりにジャディスが笑い、背負っていた武器を手に取る。
教主庁に入るためにかけていた封じ帯を解いて、取り出されたのは……巨大な斧。
「安心しな、刃には切れないようガードがかけてある」
ぶん、ぶん、と振り回される斧。
一体どれだけの腕力なのかと、僧兵隊の者たちはぎょっとする。
教主庁の戦闘部隊から独立した集団であるセクンダディ。その中の特殊戦闘部隊ファルズフ。
その一員に選ばれた者たちは、それぞれに卓越した能力を持つという。
「いくぜ」
一見鈍重そうな武器と身体が、驚くべきことに一気に広場を駆け抜けた。
中央に立っていたエレオスに、振り下ろされる刃。
先ほどと同じように、見えぬ壁でその一撃を受け止めたものの、体格で劣るエレオスは、体全体を後方に持っていかれる。
「これでどうだ!」
続けざまに斧が左右に振られ、エレオスは今度は受けずにさらに後方に飛んだ。
「どうした、後がないぞ?」
広場は、戦闘用の区域が設けられている。
そのフィールドから出るのも敗北となる。
さすが、戦闘集団ファルズフの副長。
ソーマ術を使う暇を与えられず、このまま勝負あったとなるか。
エレオスは、あと一歩下がると、ラインから出る。
反撃の様子は見えない。
その時、鋭い声が広場を走った。
「動くな、ジャディス!」
振りかぶった斧を、ジャディスはエレオスの頭ぎりぎりで止めた。
「大丈夫ですぜ、隊長。怪我させたりはしませんって」
本気になりすぎたのを心配されたかと、ジャディスは苦笑して肩をすくめようとした。
だが。
「動くなと言った」
「へ?」
アインザッツが、エレオスに尋ねた。
「『それ』は可視化できるのかね?」
「……」
エレオスは、無表情な顔を変えず、答えない。
「エレオス」
しかし、もう一つの声に呼び掛けられると、舌打ちして宙に手をかざした。
エレオスを中心に、青い光が、広場に広がっている。
それは、内側に向かって無数のトゲを構成している。
ちょうど、栗のイガを逆方向に集中させたような。
それはジャディスの周りを取り囲み、背後にはまったく隙間なく、正面はあと一歩踏み込めば串刺しになる形になっていた。
「うげっ!」
動けない。
攻撃していたら、刃が届く前に、こちらの腕が使い物にならなくなっていただろう。
「ジャディスの負けだ。認めよう」
アインザッツの言葉に、エレオスは自分の前にある斧の刃を無造作に脇にどけた。
周りの光が消滅する。
ジャディスは、自分の斧の刃の中心が、今の一瞬で修復不可能なまでに曲げられたのを見て、唖然とするばかりだ。
ただでさえ、アレーティアがこの世界から去ってから、ソーマ術を使える者はゼロに等しい。
それを使えるだけでなく、この戦闘能力は、敵に回すと……いや、味方に居てさえ恐ろしいものになる。
しかも、あきらかに、普段と異なる人格。
僧兵隊との対戦には感嘆していた者たちも、だんだんエレオスの戦い方に不安を抱き始めている。
広場に不穏な空気が漂い始めた頃。
「さて、私とも対戦していただこうか」
アインザッツが申し出た。
今までの対戦相手に一瞥も投げず、その場を立ち去ろうとしていたエレオスが、ぴたりと足を止めた。
声の主に向けた目は、明らかな殺意。
「オスティナート大尉」
教主庁の大隊長は、これ以上刺激するのはまずいのではないかと、間に入ろうとしたのだが。
エレオスが先に答えた。
「……殺していいんだな」
「やれるものなら」
エレオスの両手に、銀色の剣のようなものが現れた。
これは、アインザッツの双剣を模した、ソーマの塊。
先ほどまでと違い、わざと可視化している。
まるで相手を挑発するかのように。
アインザッツが剣を構えると同時に、大隊長の開始の合図も待たず、エレオスがその正面に飛び込んだ。
交差した剣が、銀の剣を受けた。
ジャディスのように力任せではないが、エレオスの攻撃を留め、そのまま跳ね返す。
広場に、白銀の光が飛び散った。
***
(なぜ、隊長とエレオスが戦っているんだろう)
ジャディスが対戦し始めた頃から、カデンツァはぼんやりと考えていた。
どこかで、見たことのある光景と重なる。
(あれは……エレオス? それとも、あの時の……君?)
剣が発する甲高い音も、景色も、ひどく遠い。
(戻ってきてくれたと思ったのに、エレオスは……)
限界が来た。
視界がぼやける。
遠くで、小動物の悲鳴と、自分の名を呼ぶ声が聞こえたように思った。
***
「キィィィーーーッ」
広場を切り裂いたのは、テイルの叫びだった。
カデンツァの腕に抱かれていた珍しい色のテイルが、今は地面で鳴いている。
「カデンツァ様!」
そして、女性の声。
互いにとどめを刺さんと剣を交わしていた二人が、ぴたりと動きを止めた。
エレオスの手から、白銀の剣が消える。
無表情だった瞳に、明らかに動揺が走った。
「カデンツァ!」
アインザッツを包囲しかけていたソーマのもやも、かき消える。
戦闘中にも関わらず、エレオスは対戦相手に背を向けた。
双剣が向けられても、振り返らなかった。
その足が、エリア表示のラインを超える。
「戦闘放棄につき、オスティナート大尉の勝利」
あきらかにほっとした大隊長の声に、アインザッツはにこりと笑った。
大丈夫だっただろう? と言いたげに。
「カデンツァ……カデンツァ、どうしたんだ!?」
駆けつけたエレオスは、草の上に横たえられた友人の前に膝をつく。
「揺するな、馬鹿者。風邪で熱があるのだ」
「なんだって? なんでそんなのを連れてきたんだ!」
「カデンツァ様が望まれたからに決まっている。――お前の試合はどうしても見たい、とな」
「……!」
「それを、このバカ者。自制を失いおって!」
「う……」
さすがに何も言い返せない。
今対戦したジャディスとアインザッツは、カデンツァにとっては大切な仲間。
それに対するエレオスのあからさまな殺意が、負担になりすぎたのだ。
本当は、何かあれば自分が止めようと思っていたのだろう。
「……エレオス?」
「カデンツァ、大丈夫か!?」
「よかった、戻ったんだね。また遠くへ行ってしまったら、どうしようかと……」
安心した笑顔を残して、また意識を失ってしまう。
「さて、帰るか。見舞いにこいや、小僧」
「君が来たら通すよう、シルトクレーテの乗員に伝えておこう」
それでは、と、ファルズフの面々と一匹は去って行った。
声もなく見送るエレオス。
「すまなかったな」
「大隊長?」
「前回の試験で、ソーマを使うほど君の様子が変わると、カデンツァ様が心配されていたのだ。機械なしでソーマを変換している影響ではないかとな。それで、試験や対戦をしかけてみたのだが……。オスティナート大尉が時間稼ぎをしてくれなければ、危うく止めきれんところだった。無理をさせてすまなかった」
ずっと、意識はあった。
対戦の一手ずつまで記憶が残っている。
それなのに、途中から殺意が抑えられなくなった。
これが、普通の人にない力を行使する代償。
自分でも気づかなかった変化を、カデンツァは感じ取っていたのか。
「迷惑かけました。もう、大丈夫です」
「明日は休暇にしておこう。お見舞いに行ってきなさい。――ああ、試験は合格だが、戦闘班への異動は、無期延期でいいな?」
「もちろんです」
大隊長が冗談めかしてくれるのがありがたい。
自分は、戦闘にソーマを使ってはいけないと思い知った。
今後は今まで通り、研究に没頭しようと決心する。
――その後、エレオスに再戦を申し込む者は一人もいなかった。
***
翌日。
シルトクレーテを訪ねたエレオスは、待ち構えていた女性二人に捕らえられ、後ろ手に縛りあげられて奥の医務室に放り込まれた。
「これがここの歓迎の仕方かよ……」
呆然とするエレオスを、ベッドで休んでいたカデンツァが、くすくす笑いながら手招きする。
そして、縛った紐の端を手に取った。
その紐はよく見ると、光沢のある平たい布。
カデンツァが引っ張る。
あっけなく、それはほどけて床に落ちた。
どうやら、蝶々結びだったようだ。
「――リボン?」
「昨年のお返し、確かに受け取りました」
「は?」
「「ごゆっくりぃ」」
笑いながら、二人が去っていく。
ニコニコしているカデンツァの顔を見ながら、しばらく考えて。
昨年のホワイトデー、忙しくてすっかり返すことを忘れていたことを思い出す。
「一年分の苦情と、今年のチョコ、どっちがいい?」
それは、もちろん。
甘すぎるのはちょっと怖いが、ありがたくいただくことにする。
……一生、頭が上がらなそうだと予感しつつ。
おわり
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翌日からエレオスは、風邪で寝込みますがw
復活の黒エレと、隊長の対戦。
書きたかったんですよー!
戦闘シーンの勢いを書ききれるか不安で、長いこと温めすぎてました。
うちでは黒エレとエレオスを分けておりましたが、やはり黒エレの根本は、エレオス自身なのだと思います。
教主庁内でのストレスと、支えにしていたカデンツァを失って無意識のうちにため込んでいた抑圧。
自制を無くした時に表に出るのは、情け容赦のない攻撃性。
でも、それを自覚した後は、自分でコントロールできるようになるでしょう。
今は、カデンツァがつかず離れず見守ってますし。
実は昨年、色々ありすぎて、ホワイトデー物を書き損ねていたのです。
フォルテとミラーズからすごいものをもらってしまったのに!
※「氷鎖に眠る伝説」参照w
そのネタを回収いたしましたヽ(´―`)ノ
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