共に歩む者へ祈りを ――独奏者(ソリスト)
「新しい教主候補?」
エレオスは聞き返した。
一体なんの冗談かと言わんばかりに。
「はい、つきましてはエレオス様に、その方の護衛を依頼したいとのことです」
「は?」
たしかに教主はかなりの年齢。
今の制度を続けるのであれば、いい加減、確実な候補を特定しておきたいところだろう。
教主候補であるカデンツァが、その座を蹴って逃げ回っている以上、遅すぎるくらいではあった。
それにしても。
「ばかばかしい。俺には関係ないし、そんな時間もない。断る」
「私に言われても困ります。教主様付の親衛隊からの命令をお伝えしただけなんですから」
行ってくれないと、私が怒られます、と。
困り果てた部下に言われ、エレオスは仕方なく実験装置の電源を落とした。
確かに、上層部からの命令を、単純に無視するわけにもいかない。
「まったく、なんだって俺なんだ!」
「なんでも、その方が希望されたみたいですよ。どうも、前の教主候補と親しかったことをお聞きになったとかで」
「余計な情報与えやがって」
ぶつぶつ言いながらも、親しいということは否定しない。
不機嫌なまま、エレオスは指定された部屋に向かった。
「エレオス様、よく来てくれました」
案内をしていたらしい学僧が、あきらかにほっとした顔になる。
「待ってくれ、俺は……」
断りに来たんだ、と言おうとして、部屋の奥に座っていた者が目に入った。
全身を隠し、足元も見えないほどの白く長いローブ。
頭もフードを深くかぶっていて顔は見えない。
この格好は。
――北方の異教徒。
いくらなんでも、まさか?
驚いているうちに、その者は静かに立ち上がり、差し出した手で中空でいくつかの形を作った。
『こんにちは』
指文字だ。
「困っていたんです。彼女、口がきけないみたいで」
彼女……女性なのか。
きれいな白い指先の、さくら色にわずかに色づいた爪が見えた。
異教徒の上に、話せないだと?
教主の血筋が本当だったとしても、これでは今まで担ぎ出せなかったわけだ。
カデンツァが戻らぬと判断して、とうとう最後の手段に出たということか。
『よろしくお願いします』
すらすらと、指文字があいさつした。
「いや、俺は……」
断らなければ。
そう思うのだが。
無理やり、ここへ連れて来られたのだろうか。
頼る者もなく、話もできず……このままでは、間違いなく傀儡として使われる。
前の候補者と親しかった自分の噂を聞き、藁をもすがる気持ちで、指名したのかもしれない。
こんな時、友人だったらどうするか。
間違いなく、救いの手を差し伸べる。
――遠慮がちに袖を引かれると、もう断りようがなかった。
***
市内の施設を回るので、その間の護衛を頼みたいとのこと。
それくらいならとあきらめて、エレオスはつきあうことにした。
教主庁を出る時に、幹部の一人とすれ違った。
この男は、今もカデンツァを教主にするべく動いている強行派だ。
「早速次の教主候補に乗り換えとは……たいした変わり身の早さだな」
あからさまな嘲笑。
さすがに睨み返したが、くい、と袖を引かれた。
フードに隠れた顔が、わずかに左右に振られる。
……関わってはいけない、と。
自らも侮辱されたに等しいのに、気にならないのだろうか。
しかし、おかげで頭が冷えた。
黙って通り過ぎると、背後で舌打ちしたのが聞こえたが、奴と同じ位置に並ぶ必要はない。
その後、数時間。
たまに指文字を使う程度で一言も話さないのに、一緒にいるのが不思議と心地よい。
立ち寄った病院や、子供用の施設では、出会った相手が別れ際、皆一様に笑顔になっているのが印象的だった。
黙って、話を聞いているだけなのに。
人を安心させること。
相手からも好かれること。
……確かに教主の候補としてふさわしい資質かもしれない。
広場を歩いている時も、通りかかった老人に手を貸したり、転んだ子供に迷わず手を差し伸べたり。
嫌味のない自然な行動は、媚びた付け焼刃などではなく、生来の性格だからだろう。
日が暮れかけた頃、教主庁の用意された部屋へ送り届け、研究室に戻った。
部下が整えてくれた今日のデータに目を通す。
明日の護衛にも、呼んでくれるだろうか。
もし叶うのなら、その後も……。
そこまで考えて、我に返る。
断ろうとしていたのは自分なのに。
『次の教主候補に乗り換えとは……変わり身が早いな』
幹部の嫌味が耳によみがえる。
だが、それを笑い飛ばせなくなっている自分に気が付く。
傍目からは、あからさまな権力狙いに映るだろう。
それでも――もし望んでくれるなら。
ちらりと友人の顔が頭をかすめて、慌てて振り払った。
***
翌日も多くの施設を回り、すっかり日が落ちてしまった。
帰り道を急ぐ二人の前に現れたのは、昨日の幹部だった。
「お迎えに上がりました」
遅くなったので、教主から指示があったのだろうか。
よりによってこの男なのは不愉快だが、万一、賊に襲われてもまずい。
「さ、こちらへ」
護衛交代と言わんばかりに差し出された手。
しかし、おびえたのか、当の本人は後ろに隠れてしまった。
男はあからさまに眉をひそめたが、黙って歩き出した。
部下らしい者たちが、周りを囲む。
部隊が違うので、見たことはある程度の僧兵たち。
しかし、何か、おかしい。
「……? 道が、違う」
最後の施設からは、確かに裏通りに近道がある。
だが、この通りの先は行き止まりだったはず。
「――まさか」
まずい、と気づいた時には遅かった。
一斉に銃口が向けられた。
「次の教主はカデンツァ様だ。今更、他の候補が現れることなど誰も望んでおらぬ」
内部の人間が、ここまで強硬手段に出るとは。
「その者には存在されていては困るのだ」
けなげに町に溶け込もうとしている、なんの咎もない人間を、ただ邪魔だから、消すと?
「あいつがこんなことを望むものか!」
「カデンツァ様の望みなど関係ない。それが一番、利があるというだけの話。多くの者にとって、な」
「こんな真似をして、逃げ切れるとでも思っているのか」
「エレオス。君がカデンツァ様と親しかったのは、教主庁でも有名だ。――だから、新候補を認めず、手を下したとしても、誰も疑わんよ。我々は、『その後に惨状を発見しただけ』だ」
この男。
犯行を押し付けるつもりか。
「俺がソーマ術を使えることは知っているはずだ。銃くらいで倒せると思うな」
「――これは確か、君の研究だったな」
男の手に乗せられた小さな機械。
それは、ソーマ術への対抗策として開発したもの。
周りのソーマが集まることを阻害し、術を封じる。
まずい。
術で銃弾さえ避けてしまえば、なんとか逃げ出せると考えていたが、甘かった。
よりによって、自分の開発した機械を使われるとは。
小型の麻酔銃を持ってはいるが、この人数相手では対抗できない。
それに、先ほどから路地の見えないところにも大勢の気配が感じられる。
さらに仲間がいるのか。
「行きたまえ、神の御許に」
祈りの言葉が、これほど邪悪に聞こえたことはない。
とっさに、背後に寄り添っている者を抱きしめる。
せめて、せめて、なんの罪もない彼女だけでも。
「やれやれ」
腕の中から、上がった声はあまりにも聞き慣れたものだった。
「僕のためと言いながら、僕の意思はまるで無視とは」
払いのけたフードから、柔らかなはしばみ色の髪が風に流れる。
「カデンツァ様!?」
「知ってしまった以上、あなた方の行いは告発します。――どうしますか?」
男はさすがに迷ったようだった。
何が一番有益か、を。
そして、決断した。
「カデンツァ様、教主になるおつもりは」
「ないよ」
「では仕方ありません。――殺せ!」
男が命じた瞬間、その手の中で、機械が破裂した。
所詮は機械。
限界を超えれば、壊れる。
いざという時のために、機能を抑えて作ったとは、考えなかったのか。
この男だけは許さない。
もちろん、賛同した周りの者たちも。
解放されたソーマが一気に渦を巻き、光の牙と化して周りの人間たちに襲い掛かる。
――消エテシマエ。
「エレオス。僕はそんなこと望まない」
冷たい手が顔に触れた。
人を殺せば、カデンツァは悲しむ。
望まないことを、カデンツァのためと考えるなど、奴らと一体何が違うのか。
具現化しかけたソーマが、形を取り損ねて四散した。
「そこまでだ」
鋭い、聞き慣れた声。
「全員捕縛しろ」
路地のさらに向こうから現れたのは、第一僧兵隊。
教主庁きっての戦闘部隊が、いつの間にか前後を封鎖していた。
大隊長が、カデンツァと話している。
「ご協力、感謝します」
「皆さんもお疲れさま」
さっき感じた大勢の気配は、こちらだったのか、とか。
カデンツァの前で暴走せずに済んでよかった、とか。
まだぼんやりとした頭で考える。
男たちが連行され、辺りに人がいなくなった後。
カデンツァが振り返った。
「ありがとう。おかげでまとめて捕まえられたよ」
それはよかった。
でも。
「彼女は……?」
「彼女って?」
そういえば、名前もまだ聞いていない。
「無事なんだろうな!?」
必死の問いに、カデンツァはくるくると表情を変えた。
最初は単純に驚き、続いて少し悲しげに、最後には怒りを通り越していっそ涼しげに。
そして。
「最初から僕だけど」
声が普段よりわずかに低い。
親しい者だけが聞き分けられる、不機嫌な時の声音。
「僕を担ぎ出そうとしている過激派の動きが、最近活発化しているって情報が入ってね。それでこんな芝居を打ったんだ」
最初……あの会見室で会った時から?
「指文字は……」
「話したら、他の人にもばれるじゃないか」
「案内の奴が、彼女って……!」
「勝手に勘違いされただけだよ。僕が女性の服着てたかい?」
「爪、マニキュアしてただろ!」
「手しか見せないって言ったら、フォルテがそこだけでも変装しようって塗ってくれたんだ」
ほら、と指先を見せるカデンツァ。
ほんのり薄い、桜色。
それでは、本当に、本当に、最初から。
「ホントに気づいてなかったのかい?」
呆れたように、ため息をつかれた。
「途中から急に態度が軟化したのは、気づいたからだと思ってたのに……」
そこで急に、ふわりと微笑む。
「エレオスって誰にでもあんなに優しいんだね」
最後に最高の笑顔でとどめが来た。
「――この浮気者」
我に返った時には、もうカデンツァはいなかった。
***
――数日後。
教主庁の大隊長から、第七中隊隊長あてに、
「うちのが使い物にならないので、なんとかしてください」
という嘆願書が届いた。
おわり
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浮気なんて許しませんよ?
一週間ほど口をきいてもらえませんでした。
教主庁、第一僧兵隊の大隊長さんは私のオリジナルですが、
最近、アイン隊長と仲がいいようです。
時々一緒に飲みに行って、部下の自慢話で盛り上がっていそう。
互いに褒めあって、「でもうちの子の方が可愛いけどな!」なんて。
そんな二人に、カデンツァは暖かく、エレオスは生暖かく見守られてます。
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