この世界の果てまでも  ――終幕(フィナーレ)

大雪山ゾーリャ。
ファルズフ第七中隊と、教主庁分隊の共同調査は三回目になる。
今回は、雪に難儀している木人たちのために、この山にまだ現存する日拝石の調査と採取に来ていた。
「ところで、なんでここの氷って溶けないんだ? 泉は日拝石で沸騰してるってのに」
自慢のオノの刃で、ジャディスが氷の床をつつく。
金属音を立てるものの、氷は傷一つつかない。
データを記録していたエレオスが、機械から顔を上げた。
「氷にソーマが入り込んでいる。固定化されて、分子が熱に……」
「分かった分かった。溶けないんだな、おk」
高尚な講義を遮って、斧の柄で氷の壁をコーンと叩く。
その途端、どかどかどかと、上から巨大な鋭い氷柱が数本落ちてきた。
なんとか避けきって、ジャディスが喚く。
「溶けないんじゃなかったのかよ!」
「ここには普通の氷もある。泉の熱で氷柱がもろくなっているから、衝撃を与えると落ちやすい。気をつけろ」
「先に言え!」
そのやりとりに、カデンツァが笑っている。
「エレオスって、副長と結構いいコンビになりそうだね」
「「どこをどう見ると、そんな結論になるんだ」」
「……完璧だと思うけど」
カデンツァが別の計器を取り出そうと屈んだ時、砕けた氷に紛れていたキラーフィッシュが飛び出した。
攻撃されると勘違いしたのか、カデンツァにとびかかる。
「わっ」
一条の光に貫かれた魚が凍りつき、槍の一閃がそれを洞窟の端まで弾き飛ばす。
見事な連携プレーに、教主庁側の部下たちから拍手が上がる。
冷凍魚は、氷の壁に突き刺さった。
その衝撃で、また数本の氷柱が落ちてきた。
鋭い切っ先となった一つが、カデンツァをかすめる。
本人は軽く避けきったものの、一瞬宙に浮いた首飾りの紐にかかった。
紐がちぎれて、碧い飾り石が飛ばされる。
その先は、氷の崖。
エレオスが、氷の床を蹴った。
転がる石を掴む。
だが、滑る床はその足を支えず、氷の崖の向こうに姿が消えた。
あの下は――100度を超える熱湯の泉。
誰もいなくなったその場所を、カデンツァは見つめる。
今、一体何が起こったのか。
数人が泉に走り寄る。
教主庁の隊員たちの叫び。
「――っ!」
ようやく目にした事態の結果に思考が至る。
ジャディスが、立ち上がろうとしたカデンツァの腕をつかんだ。
「お前は見るな」
「離して、エレオスが――!!」
「やめとけ!」
真っ先に駆けつけたアインザッツとグラナーダが、湯気を上げる泉から顔を上げた。
「グラナーダ」
「はい」
グラナーダが、腕に付けたケースからワイヤーを下す。
数秒後、引き上げられたのは――碧石。
二人が、その場を少し離れた。
数秒して。
崖の下から身軽に飛びあがったのは、エレオスだった。
碧石を受け取り、何事もなかったかのような顔で、まだ座り込んでいる友人の元に向かった。

   ***

碧い飾り石が転がった。
あれは、カデンツァの祖父の形見。
教主の血筋であることを示す首飾り。
しかし、それ以上に――故郷の村との唯一の絆。
反射的にそれを追う。
なんとか掴んだものの、氷の床が滑り、崖から落ちた。
……この程度は、想定内。
ソーマで作り出した槍を崖に突き刺し、落下を止める。
だが、もう片方の手が飾り石でふさがれているので、どうやって上がったものか。
考えていると、目の前に細いワイヤーが下りてきた。
先端の金属が変化して、物を載せられる形になった。
見上げると、アインザッツとグラナーダがこちらを覗きこんでいた。
言わずとも、必要な助けだけを差し出してくる二人には、正直まだまだ敵わない。
両手があけばソーマを操りやすくなる。
壁の数か所にくぼみを作り、足場にして駆け上がった。
目に入ったのは、床に座り込んだカデンツァ。
その肩を、ジャディスが押さえている。
いない間に、何かあったのだろうか?
グラナーダから受け取った碧石を、茫然としている友人に渡す。
「紐はだめだったが……」
受け取ったカデンツァは、蒼白のままそれを見つめていた。
そして。
「こんな、もの……っ!」
いきなり、崖の方へ投げようとした。
大慌てでジャディスがその腕をつかむのを、呆気にとられて眺めてしまった。
碧石は、カデンツァの前に落ちた。
大切にしていた物なのに。
……一体、何故。
ぽん、と肩を叩かれた。
「君たちは先に帰りなさい。調査報告はあとで入れておく」
アインザッツの静かな声。
そのまま肩を押されて、退去を即された。
入り口の方では、部下たちがひきつった顔で早く早くと手招きしている。
自分は何かとんでもないことを仕出かしたのだと、ようやく理解した。
カデンツァの逆鱗に触れたのだ。
一体あいつは、どんな顔をしているのか。
怖くて振り返れないまま、洞窟から逃げ出した。

   ***

「ただいま帰りました……うわっ、どよってる」
砂漠の観測から戻ってきた隊員が、研究室に漂う雰囲気に苦笑した。
(まだ例の件、解決してないのか)
(長引いてます。エレオス様の唯一の弱みですからねぇ)
(弱みどころか、最早、天敵と化していないか)
こそこそと話していると、背後でドアが開いた。
(わっ、カデンツァ様!)
原因である当の本人様だった。
研究室の奥で作業中の友人を確認した後、いつもと変わらぬ笑顔で隊員にあるものを渡す。
そして、そのまま立ち去ってしまった。
「隊長、カデンツァ様が」
「いいい、居ないって言ってくれ!」
傍から見ても分かるほど、エレオスは動揺している。
普段は冷徹とも言えるほど沈着冷静であるだけに、この落差は面白いと言えば面白い。
「遅いですよ。さっき、この部屋に来られました」
「……!」
「それで、これを渡してくれ、と」
それは一枚のカード。
たった数メートルの距離の伝書鳩を果たした隊員に、もう一人が尋ねる。
(仲直りの手紙?)
(いや、あれはむしろ……)

カードには、日時と場所。
そして一言。

   バックレ禁止

(決闘の呼出しというか……)
(隊長、ご武運を祈ります)
カードに目を落としたまま固まっているエレオスに、部下たちは合掌した。

   ***

――当日、エレオスは研究室に籠って、忘れたふりをするつもりだった。
しかし、そこに大隊長が来た。
「何故、まだここにいる?」
「いえ、その……」
「さっさと行って来たまえ。君がその状態だと、僧兵隊の士気にかかわる」
「?」
「自分が第一僧兵隊を叩きのめしたのを忘れたかね。その君が逃げ回っている。相手は一体どんな悪魔だと噂になっているぞ」
当たらずとも遠からずと言うか。
「というわけで、解決するまで戻るのは禁止だ」
ずるずるずる、と教主庁の外へ放り出された。
教主庁の門を守る衛兵たちが、苦笑しながら槍を交叉させる。
「「スイマセン……」」
通り過ぎる人々が、一体何事かと興味津々で眺めるのでいたたまれない。
いい加減、覚悟を決めよう。
……渡したい物もある。
呼び出されたのは、古都アマティーの巨大な樹の上。
今日はアマティーの神殿で春祭りが行われていて、人々はそちらに集まっている。
他に人はいなかった。
「カデンツァ」
友は、枝が自然の柵となっている端で、遥か彼方の南を眺めていた。
「この間は、悪かった」
返事は、ない。
「これを渡そうと思って。代わりにはならないと思うけど」
ゾーリャ山の溶けない氷を加工した勾玉と鎖。
ソーマを変化させ、氷の形を変えた最大級の硬度としなやかさを併せ持つ物質。
今となっては、自分だけが作れるもの。
ようやく、カデンツァが振り返った。
目を合わせぬまま黙って受け取り、ポケットに入れていた碧石を取り出した。
勾玉と鎖は日差しにわずかに輝くだけで、首にかけられた石は、宙に浮いているように見える。
しばらくそれを眺めた後、カデンツァは再び南に目をやった。
すっかり嫌われてしまったようだ。
恐れていたのは、この決定的な拒絶。
もう、何も言わずにこの場を立ち去った方がいいのかもしれない。
後ずさりかけた時だった。
「エレオス、ぼくは壁の向こうに行くよ」
その言葉が示す事。
未知の大陸、ベル・カントとの間にある巨大な岩壁。
その向こうへの探求の旅。
――とうとう置いていかれるのか。
教主庁から出ると言われた時も、その背がとても遠くに感じたけれど。
今度は、秘境の大陸。
戻るかどうかすらも分からない。
カデンツァは昔からその夢を語っていた。
これは予想できたこと。
自分でも驚くほど淡々と受け止めた。
ただ、自分は切り捨てられたのだと実感する。
物分かりの良い友人として、行って来いと答えるべきだろう。
こちらのことは何も心配しなくてよいと。
早く、言わなくては。
「本当は、あきらめようと思ったんだ」
カデンツァが振り返った。
「エレオスは、此処に必要な人だからって。――でも、ぼくはわがままで欲張りだから」
言葉の断片ばかりを投げられて、よく意味が分からない。
「やっぱり、あきらめるのをやめた」
久しぶりの笑顔と共に、差し出された手。
「一緒に行こう、エレオス」
――今、なんと?
「今までの地位も功績もすべて捨てさせてしまう。行く先の安全も保証できない。――だけど」

「君の未来を、全部、僕にください」

そんなもの、とっくにすべて捧げているけれど。
「返事は?」
手を取れば、世界が変わる。
今まで積み重ねてきた研究も成果もすべて放棄して。
人々からは、無責任と罵られるかもしれない。
――それでも。

「はい」

一体、それ以外のどんな返事をしろというのか。

   ***

「ああ、言い忘れてた」
カデンツァがくすぐったそうに微笑んだ。
「やっぱり禍根は残しちゃいけないと思うんだ」
嫌な予感がする。
「教主庁とセクンダディ、組織解体してから出かけるから、協力よろしく」
振り返った顔はそれこそ天使のようで。
放たれた言葉は、明日の天気程度の軽さ。

――今年は、マラン・アサの歴史に残るに違いない。


   おわり






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エレオスはまだ、何故あんなに怒らせたのか、分かってないです(笑)。

プロポーズはカデ様からでした!
ご褒美、ご褒美(=´∇`=)
さりげなく、エレからも「絶対溶けない氷」の加工品をプレゼントしてますが、本人には自覚なし。

最後の場面転換の合間に、例の8ページ目を!

時系列的には最終話になってしまうので、手を付けるのを長いことためらってました。
しかし同人で、いまさら迷っても(ry
途中の話、色々残っているので、まだ書きますよー。
書かせてください!






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