君がここにいないなら ―オブリガード(助奏)―
〓浮遊大陸ザイン〓
まず目に入ったのは、抜けるような蒼さの空。
聞こえてきたのは、不思議なノイズのような音。
目に入ったのは、一面に広がる砂浜と打ち寄せる波。
ノイズと思ったのは、波音だ。
起き上がろうとして、手が掴んだのは砂。
マラン・アサは海に面しているが、崖に隔てられていて砂浜はない。
ここはどこだ?
最後の記憶は、ベネスの樹海。
マスター・ラバンの足跡をたどり、怪しげな大きな繭を見つけた。
……そこからは、記憶が混濁している。
凍りついた洞窟や、はるか空の彼方から見下ろした地上の光景が、フラッシュバックのように混じるが、現実なのか、夢なのか判然としない。
あれから、一体どれだけ経っているのだろう。
起き上がろうとして、ひどい眩暈に襲われた。
ソーマのバランスがおかしい。
辺りからソーマがごっそり奪われたような。
いや、それ自体はある。
あるのに、ない。
これまで経験したことのない感覚。
しばらくして、ようやく起き上がることができた。
改めて辺りを見回し、やはり記憶にない光景に戸惑う。
ジャングルのようだが、ベネスとは全く違う太陽の恵みを受けた巨大な植物。
地面は、砂浜以外は柔らかく真っ白な土壌。
かなりの高地なのだろうか、木々の向こうの景色が途切れている。
初めて見る動植物を調べてみたいという知識欲をなんとか押さえ、その端までたどり着き、愕然とした。
高い、などという代物ではない。
――ここは空の上。
地上の山々すらが、遥か遠くにある。
何故自分はこんなところに……。
いくら考えようと、その問いに答があろうはずもない。
ふいに、背後で大きな気配が動いた。
今まで見かけた動物たちは攻撃性がなかったので、油断していた。
視界をよぎる黒い影。
とっさに、集めたソーマを刃とし、それを薙ぎ払う。
これは、植物の……蔓?
断ち切られた先が、トカゲのしっぽのようにまだ動いている。
先端がこの大きさとすると、本体は。
辺りが暗くなった。
振り返ると同時に、数十本の蔓が振り下ろされた。
その向こうに見える巨大すぎる緑の塊。
頭に見える辺りで開いている赤い空洞は、口だろうか。
地上で一番似ているものがあるとすれば、食虫植物。
これだけの巨体を維持するには、当然捕食対象は虫などではなく……。
逃げ場を探す目に、この土地には不似合いなものが映った。
草陰に設置されたあれは、ファルズフが使うソーマゲート。
待機モードになってはいるが、起動しているのが分かる。
どこに飛ばされるかは分からない。
だが、他に方法はない。
植物の蔓に絡め捕られる寸前、エレオスはゲートの光に包まれた。
〓空中都市クレモナ〓
転送された先は、また記憶にない場所。
今度は整然と管理された都市のようだった。
宙を漂っていた小さな機械が、こちらに近づいてきた。
「ここはクレモナ。古代の人々が残した空中都市です」
「!?」
「私はヴィオラ。この都市の管理コンピュータです」
機械の下に、女性の姿が投影される。
「あなたが来られるであろうことは、第七の方々から聞いておりました」
「第七を知っているのか」
尋ねながら、辺りの様子を伺う。
歩きやすいように整備された道は、確かに人を中心に考えられたもの。
しかし、それを統制している技術は、エレオスの知るものではない。
これは、文明のランクを数段飛ばしてしまっている。
古代の都市と言っていたか。
過去にこれだけの技術が……。
「カデンツァ様の言っておられた通り、探求心と警戒心がお強いのですね」
映像は無表情のままだが、少し苦笑したような声音が混じった。
「ベネスの後の貴方の行動は、ある程度映像と記録に残っています」
「――!」
彼女は、自分がベネスに居たことも知っている。
おそらくは、その後のことも。
「ですが、見ない方がよろしいかと」
言っていることが矛盾しているだろう、と怒鳴りかけて、急に理解した。
彼女は機械。
エレオスが知りたがっていると判断して、記録があると答えた。
しかし、それを見ることによって、何かしらの悪影響があると判断し、止めた。
状況に応じて、一番正しいとはじき出された答を言葉にしているだけだ。
映像に、一体何が残っているのか。
頭の隅で、かすかな銃声が響いた気がした。
「――見せてくれ、全部」
「……こちらへ」
***
「大丈夫ですか?」
再生するべき映像がなくなり、外の様子を写すだけになったモニターの前。
呆然と立ち尽くすエレオスに、ヴィオラが声をかける。
知ったのは、自分が乗っ取られ、セクンダディやファルズフと戦っていたという事実。
途中からヴィオラの地上端末が失われ、映像や音声が残っていない部分もあったが、補完された記録は詳細で正確だった。
……否定する意志すら浮かばないほどに。
何より自分の中に、それらが事実であるという微かな記憶が残っている。
自分はその場で、その場面を確かに見ていたのだ。
アレーティア、ウンブラス、そしてクレモナの古代文明。
新しく得た知識を取り込むことに集中し、なんとかその場に崩れそうになるのをこらえた。
――分かっているのはただ、もう自分は地上には戻るべきではないということ。
現在の地上の状況も、ヴィオラは把握していた。
未曾有のエネルギー危機を前に、各国は協力体制をとっている。
ビジターがいなくなったことで、今まで戦力であった者たちを、復興と支援に回す余裕ができた。
不安定な平和ではあるが、小康状態であることは間違いない。
自分が戻れば、過去の火種を再燃させることになる。
「そろそろすべての電源を落とします。住居区の一部を残しますので、そちらへ」
「夜は都市機能を落とすのか?」
「クレモナの動力はソーマで賄っていました。アレーティアが去り、使えるソーマは枯渇しています。昼は太陽エネルギーで補っていますが、夜間はぎりぎりまで消費を抑えます。……それでも、数年もすればこのクレモナは地に落ちるでしょう」
超文明の塊である、この都市が落ちる。
「何故、俺にその話をする?」
話し方に妙な含みを感じ、エレオスは尋ねた。
しばらくして、ヴィオラが答えた。
「あなたに、クレモナの主になっていただきたいのです」
それは、ある程度予想していた言葉だった。
「断ると言ったら?」
「あなたに選択権はありません。私は地上へのゲートを開かなければよいのですから」
地上に戻る方法はないと言い切ってしまうこともできたのだ。
それをしなかったのは、ヴィオラなりの誠意なのだろう。
「この都市には、もう人間はおりません。しかし、我々は人間のために作られたもの。ずっと仕えるべき主を必要としていました」
「……第七の連中も来ただろう、何故、そいつらには交渉しなかった」
「彼らには、この都市をウンブラスから守っていただいた恩がありました。それに貴方は、アレーティアが去った後に残されたソーマを操る力を持っておられる。その知識と力があれば、この都市は落ちずに済みます」
彼らが必要としているのは、ここを必要としている者の存在。
そして、それらを動かし続ける理由と手段。
「そして、もう一つ。……貴方には戻る場所があるのですか?」
嫌味でも皮肉でもない。
それは同情ですらなく。
ただ、事実を述べただけ。
……それだけに残酷な。
暗闇と化したモニターを見つめるエレオスに、ヴィオラが告げる。
「地上を見ることは可能です。この都市のカメラで、数ミリまで拡大できますが」
今のエレオスが一番必要としているもの。
しかし、それは決して見てはいけないもの。
目にすれば――張りつめている最後の糸が切れる。
「いや、必要ない」
忘れ去られた都市の主。
もしかしたら、自分にはふさわしいかもしれない。
いや、いっそ、この都市と共に落ちるのが正しいのか。
「……この都市を把握したい。資料はあるか?」
「専用の教育システムがあります。――こちらへ」
真っ暗なモニタの中で、小さな光が悲しげに瞬いた。
***
「俺は何日寝ていた?」
「二日です」
「馬鹿な、二日という量じゃないだろう!」
睡眠中に、記憶へ焼き付けられた新しい情報。
それには、この都市を操作できるだけのクレモナの知識と技術が含まれていた。
「本当に二日です。データを必要な時に展開できる形で脳内に保存することが可能です」
先日までは理解不能だった機械たちも、見れば関連した事項だけが取り出せる。
確かに自分が望んだ情報ではあったが、多すぎる。
これでますます地上には戻り辛くなった。
今の地上に、この技術を与えるわけにはいかない。
ヴィオラの策略にはまったと言うべきか。
古代文明が残した膨大な史跡と技術の研究に没頭して、数日。
クレモナの知識があまりにも近すぎ、地上での出来事はまるで遥か昔のようで。
このまま忘れ去ることができるのではないかと、自分でも思い始めた時だった。
「……地上を見た方がよろしいかと」
ヴィオラが、行動を即すようなことを言うのは珍しい。
あいつに何かあったのだろうか。
今では中央制御室の扱いも分かる。
自分で指示を出し、目的の生体反応をはじき出す。
位置はすぐに分かった。
アマティーの巨大な樹の上。
手を触れられそうなほど近くに映し出される、こちらを見上げる姿。
音声は拾えない。
けれど。
確かに、空に向かって叫んだ。
『――っ!』
一気に、クレモナの都市が色褪せた。
此処には、あいつがいない。
それ以上の理由など、必要ない。
その先が破滅だとしても。
「ヴィオラ、ゲートを開いてくれ。俺は地上に戻る」
「帰しませんと申し上げたかと」
「だから、交換条件だ。ザインにあるソーマを、都市で使える形に変換する機器を作っておいた。太陽エネルギーと併用すれば、数百年はもつ。……それだけ時間があれば、別エネルギーに移行できるだろう」
「戻れば、処刑されるかもしれないと――貴方の記憶にありました」
「分かっている。君が本当は、俺を守ろうとしてくれていたことに、感謝してる」
わずかな沈黙の後、ヴィオラが答えた。
「……了解しました」
転移装置は、いつでも起動できる状態になっていた。
最初から、ヴィオラは止めるつもりなどなかった。
都市の知識を与えた時点で、エレオスは自分でこの転移装置を使えたのだ。
あえてヴィオラが逆らうようなことを言ったのは、たとえ一人でも、彼らを必要とする人間に居て欲しいと望んだからだろうか。
エレオスの処置で都市の寿命は延びたが、それを使用する主はもういない。
もしかすると、もう二度と。
ヴィオラは、静かに祈るように目を閉じた。
もう彼女は、都市の整備を他の機械に任せ、自分の機能を停止させるつもりかもしれない。
これは、どんなに人間のように見えても機械。
思考しているように見えても、それは演算の結果にすぎない。
悲しみや寂しさなどという感情は持っていないのだ。
けれど、長い年月がそれを生じさせていたとしたら。
それは、一体どれだけの孤独だろう。
「一緒に来い」
エレオスの言葉に、ヴィオラは驚いたように目を開いた。
「地上で活動できる端末で、一番性能がいいのを持ってこい。連れていってやる」
部屋にあるモニタが、めまぐるしく光を放ち始めた。
それは、演算というよりも……混乱や迷いにゆらめいている感情と見えたのは、ただの人間の感傷だろうか。
転移装置が起動し、光に包まれた。
古代都市の部屋の光景が歪み、消えかけた時。
――手元に小さな円盤状の浮遊端末が一つと、足元に緑色の何かが飛び込んできた。
〓解放〓
――あっけなかったですね。
「……」
――こうなる可能性は考えなかったのですか?
「……」
エレオスは今、教主庁の自分の研究室にいる。
地上に転移したエレオスは、砂漠地帯を抜けてマラン・アサに戻った。
一縷の望みを抱いて覗いた、ファルズフの集まる酒場。
そこには、一目会いたいと願っていた友人がいた。
そこまでは、もしかしたらとは思っていたのだ。
しかし、その後は予想外の連続だった。
カデンツァが双方に働きかけて、『エレオスの暴走』はなかったことにされていた。
あれだけの所業にお咎めなしとは、さすがに予想もしなかった。
自分はあれだけ悩み、苦しんだというのに。
翌日から研究に戻ったエレオスの元に、今までのデータを保存したディスクや機器を抱えて部下たちがやってきた。
「隊長、これが留守にされていた間の資料で……あれ?」
「これ、なんですか?」
彼らの視線を受けて、ヴィオラは肩ほどの高さから高度を下げ、床をすべるように動き始めた。
通り過ぎたところが、ぴかぴかになる。
「ああ! 掃除ロボットですか。コンパクトでいいですね」
「うちにも一つ欲しいなぁ」
「それより報告を」
「「はいっ!」」
部下たちが去った後。
見事、家庭用機器という認識を勝ち取ったヴィオラが、真面目に尋ねた。
――カデンツァ様の部屋にも一台、派遣しましょうか?
「……却下だ」
返答まで5秒。
かなり理性との戦いだったらしいと、のちにヴィオラがカデンツァにこっそり報告していた。
おわり
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※オブリガード obbligato[伊]
メロディを引き立てるために、同時に効果的に補う別のメロディーのこと。
地上に戻った後の話が、小話3作目「そして物語は紡がれる」になります。
おお、3年がかりでつながった。
今回の話の後に、「教主国――夜想曲」(エレオスが、第一僧兵隊を叩きのめす羽目になった1話目)を読むと、ヴィオラさんは、エレの研究室にいることが分かります。
ルンバ風ヴィオラ様、各家庭に一台、実現に向けてクレモナで大量生産中の模様です。
夜は掃除しながらトルヴェールめぐり。
最近は、カデが遊びに来た時に、こっそり二人を記録するのが趣味になっているようです。
写真担当のフォルテ、動画担当のヴィオラ。
うちのフォルテが写真魔なのは、ヴィオラさんの影響だったのです。
数年前に書いた話の裏設定をようやく回収できましたv
今回、ある曲を題名も歌詞も、そのままイメージに取り込みました。
ぺぺろんさん作 「君がここにいないなら」。
ボカロ、氷山キヨテル先生の歌です。
外部リンク注意:
歌詞 http://www.njpeperon.sakura.ne.jp/kok.html
曲(ニコ) http://www.nicovideo.jp/watch/sm15789667
ご本人がおっしゃる通り、激しくキヨテル先生(笑)なので好みは分かれてしまうと思うのですが……必ず40秒まで待機!
魂入ってるよ!
と言い切れる歌声ですので、ぜひ一度。
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