「約束」


   必ず探し出す

   どんな場所にいても

   何千年かかろうとも



ふと、人の気配を感じて、天化は目を覚ました。
そして、自分を覗き込んでいる者がいることに気づいてぎょっとする。
たとえ眠っていても、ここまで近寄れる者がいるとは。
だが、それが見慣れた顔であったので安堵した。
「どうしたんだ、こんな時間に」
問いかけても、太公望はぼんやりとした視線でこちらを眺めるばかりで答えない。
身を起こした時、天幕の明かり取りから入ってきていた月の光が、雲に隠れたのか、消えた。
同時に、太公望の姿も。
あわてて手を伸ばしたが、手応えが無い。
初めから、何も無かったかのような。
……幻?
それにしては、あまりに存在感がありすぎる……。
まさか。
飛び起き、そのまま大将の天幕へと駆けつける。
――太公望は、いつもと変わらず眠っているようだった。
だが、その身体からは、あるべき気配が感じられなかった。
「……このバカ」
額に手を置き、術を使って直接その魂に呼びかける。
(どこをほっつき歩いている! さっさと戻って来い!)
しばらく反応が感じられず、焦り始めた頃、ふいに傍らに蛍のような光が現れた。
ふわふわと天化になつくように漂った後、すい、と太公望の身体に吸いこまれる。
(――戻ったな)
ほっと一息。
「太公望」
呼びかけると、瞼がゆっくりと開いた。
ぼんやりとこちらを見る目。
「あれ……天化? どうしてここに……。僕、今まで外にいなかったっけ――」
「このバカ、無茶しやがって。味方に間違えて攻撃されたらどうするんだ!」
怒鳴っても、まだぼうっとしている。
「どうした、まだ戻りきってないのか?」
心配気な口調になった天化に、ようやく太公望は自分がどうなっていたのかに気づいた。
「僕、もしかして……離魂してた?」
「自覚無しかよ。見つけたのが俺だったから良かったようなものの……」
身体の束縛から離れれば、魂は自由にどこにでも行ける。だが、その間身体は衰弱していくし、魂は無防備のまま漂うことになる。よほどのことが無い限り、使わない術だった。
無意識だったとすれば……重症だ。この場から逃げ出そうとする心が、勝手にしでかしたことに違いない。
「あまり無理するな」
自分のした事の大きさに言葉を失っている太公望に声をかけ、天化は立ちあがった。
「俺は戻るから。……ちゃんと眠れよ」
天幕から出ようとした時、
「い……やだ、一人にしないでくれ!」
悲鳴のような叫びと共に、太公望がしがみついてきた。
他の者には消して見せない弱い部分。
自分にだけ、それを隠さなくなったのはいつ頃からだろう。
震えている姿は、ひどく幼く見える。
一体、誰がこんな脆い魂を持った者に、封神計画などを押しつけたのか。
世界を救うなどという使命は、こいつには重すぎる。
代われるものなら代わってやるのだが。
ここまで来てしまった今、もう誰にも代われない。
ふいに、押さえていた想いがこみ上げた。
……封神する者とされる者。
所詮、別れるだけの運命(さだめ)なら、何も言わずに消えるつもりだったのに。
引き寄せ、その唇に口づける。
驚いて、身体をこわばらせる太公望。だが、それは一瞬だけだった。
拒絶する意思がないことを確かめて、改めて深く唇を重ねる。
「嫌なら、止める」
耳元で囁くと、何も言わずに身体を預けてきた。
それが、返事だった。
――その日、天化は初めて想い人に所有の印をつけた。

*

「眠れないのか?」
隣にいたはずの太公望は、天幕の明かり取りから、満月を見上げていた。
「また泣いてるのか」
「泣いてなんか……」
その頬に涙の跡はない。
けれど、心の中で流した雫で大きな瞳は潤んでいる。
「――冷え切ってる」
一体、いつからそうしていたのだろう。
冷たい手をつかんで、自分の元に引き戻す。
……暖かい腕に包まれても、太公望の表情は晴れない。
こんなに近くにいても、不安が消えない。
指は触れているのに。互いの体温も感じられるのに。
朝歌が近づき、妖魔との戦いが激化するにつれ、失ってしまうかもしれないという恐怖が先に立つ。
嗚咽をこらえて震える喉に唇を伝わせ、天化が囁く。
「何度も言ってるだろう。天命が絶対だろうと、それが今だとは限らない。それこそ、10年、いや、100年先かもしれないんだぜ。――それに、万が一封神されても、次元が変わるだけだ。仙界、人界とそう変わらないだろ。俺は神界だけでおとなしくしているつもりはない」
封神榜に名があることについて、天化は開き直ったらしい。
「でも、今の僕とは会えない」
きっとその姿を見失ったら、もう終わり。
封神計画が完遂して、神界が実際に存在するようになるのは一体いつだろう。
天界や仙界の人々の時間の感覚はあまりに違いすぎる。
仙人にもなりきれない自分の身では、もう二度と出会えない。
転生したとしても、それは今の自分ではない。
この戦いのこと、天化のことを覚えてない自分など、一体なんの意味があるだろう。
「それなら、待ってろ」
「え?」
「人としての生を終えたら、転生せずにその場にいろ。必ず見つけ出す。探してみせる。何百年、何千年かかっても」
「……本当に?」
「出来ない約束はしねぇよ、俺は」
照れたように背を向け……ようとして、天化は振り返り、指を突きつけた。
「お前は動くなよ。かえって見つかりにくくなる。方向オンチなんだから」
「ひどいなぁ……」
くすくす笑いながら、その指に口づける。
「天化が探してくれるなら、僕は待ってる。見つけてくれるまで、ずっと」
今の自分のままで。
約束を信じて、きっと、永遠にでも待ち続けられる。
夢の中で、髪に頬に触れる指、この記憶を繰り返しながら。
呼ぶ声が聞こえるまで、同じ時だけを刻んで。
そうすれば、もし見つけてもらえなくても、辛いことはない――。
「今、もし――なんて考えなかったか?」
「……どうして分かるのかな」
「分かりやすいんだよ、お前は。――必ず見つける。信じろ」
「……うん」
引き寄せられるままに唇を重ねる。
いつか分からぬ未来の誓い。
きっとこの人なら果たしてくれる。
暖かい腕の中で、太公望はようやく眠りに落ちた。

END



たった一行でどこまで想像していただけるか、私の腕のみせどころ(ウソ)。



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