「血吸鬼(ちすいおに)」
戦闘中に倒れ、天幕に運び込まれた太公望は、外傷はないのに、夜になっても目を覚まさなかった。
血の気を失った顔。
もうすでに命の火も消えてしまったかのように……。
「どういうことだ?」
苛つく天化を逆撫でする落ち着いた声で、楊センが答える。
「陰陽鏡に照らされたのです。陽の気をほとんど奪われてしまっています」
「陰陽鏡……確か、逆の面で照らせば、気を戻せるんだったよな。――分捕ってくる」
まるで洞府に修行に行く程度の態度で、敵陣へ向かおうとする天化を、楊センが止める。
「無駄ですよ。先ほどの戦いで、鏡が割れたのを確認しました」
「自然回復するのを待つしかないってことか?」
「時間をかければ可能です。しかし、余裕がありません。今夜は満月。陰気が最大になります。おそらく、夜半頃に目を覚まします。そして、陽の気を求めて近くの者を襲うでしょう」
「なんだって!?」
「意識の無い状態では、人間も獣も己の回復を最優先します。今回のように、無理やり術によって奪われたのではなおさらです。しかし、元に戻す方法がないこともありません。他者の陽気を分ければよいのです」
「分けるったってどうやって……」
「天化殿、貴方は太公望殿と情を交わしていますね?」
いきなり言われ、言葉を失う。
勘のよい楊センなら気づいているだろうとは思っていた。
だが、何故こんな時に。
「なんだよ、今はそんな話している場合じゃ……」
「こんな状況だからこそお聞きしているのです」
たちの悪い冗談や、からかいではないらしい。
「……それで?」
否定しないことが、問いへの答えだった。
「人は陰陽片方だけで生きるにあらず。太公望殿は、幸いというか、男性としては陰気を多く併せもっています。おかげで死にいたらずに済んでいるのですが……」
ちらりと太公望を見やり、続ける。
「少しでも陽気を与え、バランスを戻さないと。……どうするかは、私が言わなくても分かりますね」
「……自分を食い殺そうとする猛獣と閨(ねや)を共にしろってか?」
「そういうことになります」
人事だと思って、平然と言ってくれる。
舌打ちする天化に、楊センは真剣に忠告する。
「太公望殿とは思わない方がよろしい。気の回復だけを目的として、それこそ貴方を引き裂くかもしれません」
「――上等じゃねぇか」
惚れた相手を助けるのに、命くらい賭けられなくてどうする。
天化は、莫耶を鞘ごと楊センに押し付けた。
* * *
封印を張り巡らした天幕の中で、天化は冷たい身体を抱いていた。
目を閉じたまま身じろぎ一つせぬ身体に触れるのは、死姦でもしているかのようで気が引けたが、他に方法が無いのなら仕方が無い。
苦情くらい、あとでいくらでも聞いてやる。
いつもなら、冷えた身体が徐々に上気し、温かな色に染まっていくのに。
痛みの苦鳴から快楽のあえぎに高まる様子が愛しくて、恥ずかしがって顔をそむけようとするのを、意地悪く何度も唇を重ねたものだ。
所有の証を消えぬほど刻印する頃には、腕の中で安らかな寝息を立て始める。
子供のような無防備な様子に、再び情欲をかきたてられて、眠らせなかったこともある。
絹糸のような髪、青磁のようは肌を綺麗だと思った。
手に入れたいと思った。
けれど、欲しかったのは、こんな氷の人形ではない。
何の反応も得られぬまま、身体をあわせて何度目か。
――月が雲から出た。
明り取りから差し込んだ青い光に、白い顔が照らされる。
ふいに、目が開かれた。
気がついたか、と言おうとして、その表情のなさに緊張する。
陰陽のバランスが崩れたまま、本来の意識を沈殿させ、ひたすら己の回復だけを求める陰鬼。
開かれた口には牙こそなかったが、まずい、と思った時には、首筋に噛み付かれていた。
急所ではなかったが、噛み裂かれた傷口から血が流れ出す。
匂いに惹かれたのか、身を起こした佳人は迷わず傷に口を寄せていた。
(血を吸ってやがる)
白い喉が、水でも飲んでいるかのように動いている。
(なるほど、手っ取り早い陽気の回復……楊センの野郎、ややこしいこと言いやがって。これでもいいんじゃねぇか)
もっとも、これでは文字通り、生命を削って与えているようなものだ。
正気に返るのが早いか、それとも命の水を吸い尽くされるのが早いか。
太公望は夢中で赤い液体をすすっている。
普段の穏やかな優しい雰囲気はどこにもない。
時折、唇の周りについた血を、舌で舐め取る様子は、野生の獣が持つ凄絶な美しさがあった。
……どのくらい時間が経ったのか。
幾分意識が戻ってきているのか、時折血をすする動作が止まり、不思議そうに沈黙している。
空中に目をさまよわせている太公望の耳元に囁き、天化は意識を手放した。
* * *
喉が渇いて仕方が無かった。
気がついた時、目の前にひどく惹きつけられる液体があふれていた。
与えられた甘露。
夢中で飲んでいるうちに、いつしか渇きは癒え、少し頭がはっきりしてきた。
「早く、戻って来い」
遠くでそんな言葉を聞いたような気がした。
「……天化?」
自分の下で眠っている友人に当惑する。
いつも温もりを与えてくれる体が冷え切っている。
首筋には血がこびりついていた。
怪我を治さなくてはと、治療術を唱え、何があったのだろう、と記憶を必死に手繰る。
断片的に蘇る記憶。
戦場で照らされた鏡の煌き。
呼びかける声と、優しい愛撫。
流れ出した赤い血の鉄の匂い。
ようやく理解した。
自分がやったのだ。
むさぼった血の味が口に残っている。
「天化……天化っ!」
「……うっせえなぁ」
本当にうるさそうに、ただ眠いだけのような調子で、応えがあった。
生きている。
安堵と、狂おしいまでの悔恨に、太公望は喉をつまらせる。
「ぼくは、なんてことを……」
「お前のせいじゃない。気にするな」
「でも……」
「いつも言ってるだろう。大将ならもっと堂々としてろってんだ。なんだよ、その泣きそうな顔は」
天化はずるい。
細かいことは、いくらでも怒るくせに、本当に重大な時には絶対責めない。
危うく、その命を奪ってしまうところだったというのに。
せめて身体の温かさだけでも伝えようと、身体を重ねる。
ひやりとした感触が、さらに不安を煽った。
「上に乗られるってのは結構重いもんだな」
いつも自分が上だから、と軽口を叩くのを、唇を合わせて黙らせる。
夜は滅多に寝顔を見せない天化が、そのまますう、と寝入ってしまったこと自体、消耗している証拠だった。
与えられた陽気も、むさぼってしまった血も、少しでも返すことができればいいのに。
寄り添ったまま、ただ祈ることしかできないことを歯がゆく思いながら、目を閉じる。
……ともすれば、再びその魅惑的な甘露を欲してしまいそうな自分と戦いながら。
* * *
翌朝、まだ寝込んだままの天化を、楊センが見舞った。
「うまく献血できたようで何より」
「楊セン、てめぇ……血でいいと分かってたなら、最初からそう言えよ! あやうく腹上死するとこだったじゃねぇか」
元気そうですね、と笑うのに、天化は憮然としている。
頭ははっきりしている。手足も動く。
けれど、身体を少しでも起こすと、めまいがする。
身体中の血が一気に下がってしまうような感覚。
――貧血だ。
「数度の情交で済むかと思ったのですよ。意外に太公望殿は貪欲だったようですね」
「そうか? 予想通りだったぜ」
「まだ当分は狙われるかもしれませんよ」
苦笑する楊センに、
「望むところだ」
天化はニヤリと不敵に笑って見せた。
END
まるっきりボーイズラブがいいです。
雨夜の月みたいな…
太×天がいいです。
完璧に裏にしかおけないものがいいです。
というリクエストでした。
マジっすか!?
あの……ホントに太×天なんで?(汗)
とか言いながら、私流に味付けして
さくさく書き上げる最近の自分が怖い。
オリジナルで長年温めている、吸血鬼モノ。
まさか封神で書くとは思わなかったです。
オリジナルでも、一度こういうのは書いてみたいなぁと思ってました。
吸血鬼というのは、血と残虐性に色っぽさが加わった最強のテーマです。
最初の最初、陰陽鏡を敵が使った戦闘シーンで、もし割ったのが那咤とか嬋玉だったら、何故かお笑いになるお話だったり。
天化が莫耶を楊セン氏に預けたのは、いざという時に、とっさに反撃しないように。
真っ二つにしてから、「あ」とか思っても遅いから……。
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