風の焉わる処、沙の三日月 第一章


「いいかげんにしろーーーっ!!」
その日、何度目かに響き渡った叫びと共に、風が渦を巻いた。
敵との戦いから、いつの間にか仲間内でのケンカになっていた者たちが、突然の砂嵐に巻き込まれる。
風が止んだその後には、人の形をした砂の塊が、そこここに転がっている。
しばらくして。
砂人形から人間たちが飛び出してきた。
「うえっ、口の中がじゃりじゃりするっ」
「窒息するかと思った……」
那咤、子牙、天化。
今回の騒ぎの中心である。
「お前、俺たちを殺す気かよ!」
自業自得の苦情は黙殺。
この程度でどうにかなる連中ではない事は、自分が一番よく知っている。
辺りを見回して、太公望はため息をつく。
「まったく、君たちが宝貝を使いまくるから、すっかり地形が変わってしまったじゃないか。自然破壊もいいところだ!」
元々この辺りは、水晶のような煌きを持つ、岩山であった。
そこで起こった戦闘で、彼らは地震符を使うわ、乾坤術を使うわの大暴れをし……。
気づいた時には、岩はこなごなを更に超えて、砂の山と化してしまったのであった。
ただでさえ沙漠の多いこの西域で、また不毛の地を増やしてしまった。
「どうせ人なんかそうそうこないんだからさ、気にするこたぁないって」
慰めにならない能天気な言葉に、太公望ががっくりと肩を落とす。
「そういう問題じゃないだろう。沙漠地帯だからこそ、貴重な岩場や植物のあるところだったのに……」
「そうよ、子牙。この調子で壊してしまったら、旅人や、渡り鳥たちの休むところが減ってしまうわ」
「とりさん、こまるのだ」
麗蘭と雷震子にまで叱られて、子牙は素直にちょっとしょぼんとする。
しかし、まだ懲りないのが二人……いや、三人ほど。
「さっきの攻撃はオレの方が一番だったっつーの!」
「いいや、とどめを刺したのは俺だ!」
「あら、あたしの方が早かったわよ!」
炎天下だというのに、元気なことだ。
またもや、それぞれの武器を抜き放とうとしたところで、本日二度目の太公望の堪忍袋の緒が切れた。
「湧水符!」
使用された符印が、術を解き放つ。
沙漠にも、地下深くには水が流れている。
はるか深淵から呼び出された水が砂地から噴出し、暴れだそうとしていた者たちを追い散らした。
こなごなになった岩を元に戻すことはできないが、水で湿らせて重圧符でならしておけば、少なくとも完全な沙漠にはならずに済むだろう。
符の効力がなくなれば、直に水も引く。
自然に乾けば、大体元の環境に戻るはず。
「まったくもう……君たちときたら、三年前から全然進歩してないんだから」
ぶつぶつ文句を言っていると、いつのまにか、楊センが隣にきていた。
「あのう、太公望殿」
「何ですか、楊セン殿?」
「今のほんとに湧水符ですか?」
「え?」
顔を上げてみると、そこには……大きな水溜りができていた。
「……え?」
いくら強力に水を呼び出す符印といっても、それは短時間。
数分もすれば効力が切れるはずだ。
まして、この乾燥地帯であれば、なおさらのこと。
「な、なんで!?」
水は後から後から湧き出し、とうとう泉、いや湖と言ってもよい大きさにまでなってしまった。
大喜びの子供たちがさっそく泳ぎ始めてしまっている。
「いやー、大規模な自然破壊だな、すごいすごい」
天化が、皮肉たっぷりにぱちぱちと手を叩く。
沙漠地帯に、水場を作ってしまった―――!
自らのしでかした事態に、マイナス5陥没くらいに落ち込む太公望。
「ただの湧水符が、どうしてこんな……『湧泉符』?」
手にした符を見直して、愕然とする。
何か、一文字だけ違っている。
「何これ」
「いやぁ、見事に発動したねぇ」
どこかで聞いたことのある声が、それはもう嬉しそうに言った。
「さすが太公望君、符印の力を最大限に使ってくれたようだ」
うんうん、と満足そうにうなずいている。
「……太乙様?」
「湧水符より威力のあるのを作ってみようと思って、研究してたんだ。この間から見当たらなくなってたから、どこ行ったのかと思ってたんだけど、先日渡した分に混ざってたんだね」
「危険物はきちんと管理してくださいっ!!」
「沙漠でこれだけ発動するなら、水の多いとこならすごいことになりそうだな、よしよし」
苦情もどこ吹く風である。
この人には何を言っても仕方がない。
がっくりと肩を落とす太公望。
しかし、ふと思いつく。
これだけの威力を持つのであれば、沙漠地帯で水不足に苦しむ人たちの役に立つのでは?
「太乙様、これは他にもあるのですか?」
「いや、残念ながらこれ一つだけ。符印というより宝貝扱いなんだ。ほら、宝貝って、一つだけなのも貴重品であるステータスじゃないか。大量生産なんかしちゃいけないんだよ、うん」
「……作り方、控えておくの忘れたんですね」
いやあ、いい天気だなぁなどと明後日の方を見ているところを見ると、図星だったらしい。
「それにしても、人には喜ばれるかもしれませんが、やはり元々ないものが存在するのはまずいと思います。こちらの効力はいつ頃切れるのですか?」
「そうだねぇ。太陽エネルギーを変換して水をくみ上げるようにしてるから、半永久的かな」
「……」
「画期的だろう? 水がある程度溜まれば日が届かなくなるから自動的に止まって、減ってくれば太陽が当たるからまた汲み上げる! これぞ科学技術の粋を結集した成果……ああっ、何故立ち去るんだ、太公望君っ」
あわてて追いかけ、無理やりに手にしていたものを握らせる。
「悪かった、悪かった。お詫びにこれをあげよう!」
「なんですか、今度は」
「使えば分かるよ」
にっこりと笑う太乙に、思い切り怪しい、という顔をしてみせる太公望。
「えー、何何? 「魚の素」と「草の素」だって」
「おもしれー、使っちゃえ、使っちゃえ!」
はっと気が付いた時には、子牙と那咤が符印を取り上げ、泉に投げてしまっていた。
数分後。
「いや、あっぱれな造成事業ですね」
「さすが仙人。生態系への配慮とか、なんも考えてねぇな」
泉には小さな魚が泳ぎまわり、もくもくと育った水草が川辺を緑に覆っていた。
苦笑する楊センと天化が、呑気に眺めている。
言葉もなく、その場にへたり込む太公望。
かくして西域のとある場所に、新しい沙漠とオアシスが、忽然と現れたのであった。


――数ヵ月後。

「神沙山は神が作った砂の山だそうだ」
「月牙泉には、食べれば難病も吹っ飛ぶ鉄背魚というのがいるらしいよ」
「七星草というのが生えていて、それを食べると長生きできるんだってさ」

人の噂は早い。
泉の傍らには、着々と人々が住み着き始めているという。
鎬京にも、神が創りたもうたという沙漠の三日月型の湖と、その傍らに出来た村の話が伝わるようになっていた。
人間はかくもたくましい。
「名所が出来上がるまで、を早送りで見ちまった感じだな」
「……」
「よかったな、大将。名所の製作者として名が残るぜ」
「絶対バレたくない……!」
太公望の祈りが通じたのか、月牙泉の由来は誰にも知られることなく、奇景の一つとして知られるようになったのであった。


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眞坊さんからいただきました。幸福っ。

風の焉わる処、沙の三日月 第三章
※第一章→第三章となっておりますが、間違いではありません m(__)m

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