風の焉わる処、沙の三日月 第三章
「とうとう、ここまで来たんだね」
遥か唐国から、十万八千里。
途方もない距離を、仲間と共に歩んできた。
そしてついに。
あと少しで、観音の指定した大雷音寺に到着する。
この沙の山を越えれば、その向こうに目的地があるはずだ。
「なぁ、少し遊んでいこうぜ」
いつもなら真っ先に飛び出して、一番乗りを宣言しそうな悟空が、突然砂山を駆け上がり始めた。
風で巻き上げられた砂が、刃のようにそそり立っている頂上から、ぴょいと飛び降りて砂すべりを始める。
「あたしもやる、あたしもー」
涼鈴までがその後を追って遊び始めてしまった。
歩きにくい砂に足をとられながら、すべりおりては駆け上がり、駆け上がっては転げ落ちる。
金麗、銀麗、アーシャまで加わって、砂山は子供たちの遊び場となってしまった。
「やれやれ、緊張感のない連中だ」
あきれたように、悟浄がため息をつく。だが、彼らを眺める目は穏やかだ。
「……皆、寂しくなってしまったのですね」
「え、寂しい?」
桔花の言葉に驚いて、三蔵が聞き返す。
「目的地に着いてしまうと、あとはお別れするだけのような気がしてしまうのですわ」
三蔵は息を飲んだ。
目的地はあまりに遠すぎて、そしてその間に出会った仲間たちとの旅が楽しすぎて。
終わりがあることなど考えてもいなかった。
観音に命を受けたのは、この大雷音寺に錫杖を届けること。
それが終われば、後は帰るだけなのだ。
……帰り道も共にできるかもしれないが、それでも別れるための道行きとなることは間違いない。
いつまでもいつまでも、この旅が続くような気になっていた。
皆と別れる……。
きり、と胸の奥が痛んだ。
せっかくこんなに仲良くなれたのに。
目的地には、早く着きたい。
でも、あとちょっとだけ、今のままで。
砂を駆け上がっては滑り降り、歓声を上げている仲間たち。
賑やかに笑っているけれど、彼らもこんな気持ちになっているのだろうか。
『ここは?』
ふいに錫杖から神気があふれ、傍らに強大な金気が現れた。
「炳霊公様」
神将たちは、宿主である三蔵に負担をかけぬよう、戦いの場以外ではあまり現れない。
悟空たちの騒ぎに、何事かと確認しに来たのだろうか。
「鳴沙山と言われているところだそうです」
神が作り出したという砂山と泉。
風が見事な砂の芸術を作り上げ、泉はその砂に埋もれることもなく、旅人たちを憩わせているという名所。
『ここは……アレですね』
ふいに辺りをひんやりさせるような水気まで現われた。二郎真君だ。
『ああ、アレだな』
『太公望殿の気を感じたと思ったのですが……』
『あいつが作ったものなら、気配があっても当然だ』
『残念です』
『……』
『それにしても、まだ残っていたんですね』
『恐るべし、太乙真人殿……ってか』
二人の神将の会話に、三蔵は恐る恐るたずねる。
「あのう……もしかして、ここって、皆さんが作られたのですか?」
『作ったというか、作っちまったというか』
「すごい、本当に神様が創った場所だったんですね!」
『いえ、あの頃は皆、まだ人間でした』
「ええっ、人間がこの山と泉を作っちゃったんですか!? 一体どうやって……」
ひたすら感動の目で見上げる三蔵に、二人の神将は、ははは、と乾いた笑いを浮かべる。
「ここ、お前らが作ったって? なーにやってんだか」
「神将様たち、楽しいところ作ってくれてありがとー!」
別に遊び場を作ったわけではないのだが。
滑っている者たちが楽しそうなので、まぁいいか、と炳霊公は肩をすくめる。
辺りを見回して、二郎真君が少し心配そうな顔になった。
『ただ、ちょっと気になりますね』
『ああ。……静か過ぎる』
『鳴沙山は、風に鳴く山。その名の通り、風や人の歩みによって、雷や太鼓とも喩えられるほどの音がしていたはずです』
『天竺を目指して、志半ばで倒れた旅人や商人たちの霊が、もっと騒いでいてもよさそうなものなんだが』
風は静かに吹き過ぎている。
名の由来となった轟音は、不思議と聞こえてこない。
鳴かなくなった神砂山。
果たして、凶兆か、吉兆か。
『ともかく、あと少しです』
『最後まで油断せずに進めよ』
「オレがついてるから大丈夫だっての!」
悟空の叫びに苦笑しつつ、二人は錫杖に戻っていく。
まだ砂遊びに夢中の子供たちを眺めながら、三蔵は悟空に訪ねた。
「観音様に錫杖を渡し終わったら……君は両界山に戻るのかい?」
「あとは花果山の手下の子孫共に会いに行ってみようかな。なんせ五百年ぶりだから、行くところはたくさんあるぜ」
「そっか……」
「何言ってんだよ、お前も行くんだろ?」
当然のように言い返されて、三蔵は言葉に詰まった。
自分は錫杖を届けたら、元の道を帰って、元の寺に戻るだけだと思っていた。
その先があるなんて考えてもみなかった。
だから、皆と別れるのが辛かった。
自分と同じように、悟空も寂しく感じているののかと思ったのに、そういうわけではなかったらしい。
皆との別れが寂しいなんて言ったら、悟空がなんと答えるか、分かるような気がした。
――会いたくなったら、いつでも会いに行けばいいじゃねぇか。
自分の歩く道は、自分で決めてもよいのだと、今さらのように気づく。
もしも、大雷音寺について、皆と別れることになっても、彼らに自分から会いに行ってもよいのだ。
たとえどんなに離れたところにいようとも。
これだけの旅を終えた後なら、どこへだって自分の足で歩いていくことができるだろう。
「さて、そろそろ行くか?」
「ちょっと待って、僕もすべる!」
駆け出した三蔵が砂の山に登り、思い切って飛び降りる。
しかし、他の者に比べるとごてごて着込んでいるため、途中で引っかかってしまった。
そこに無情に吹く突風。
目的地を目の前にして、危うく三蔵は遭難しかけたのであった。
終わり
<豆知識>
現実では、鳴沙山と月牙泉は、敦煌のそば。
月牙泉のそばに、大雷音寺があります。
「西遊記」では、地理があいまいだったために、大雷音寺は西域(天竺)にあるということになっています。
「光栄封神2」では、子牙たちは西域・敦煌まで辿りついていました。(なんて奴らだ)
これらを、ぐーるぐる書き混ぜてみたところ、今回の話となりました(笑)。
現実の三蔵法師は、西遊記の空想を遥かに越え、さらにインドを周遊しています。
一番すごいのは、生身の玄奘三蔵殿。すごすぎる。
風の焉わる処、沙の三日月 第一章
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