「夢の続き」
夢を見た。
夢だと分かっている夢。
なのに、恐ろしさに体が動かない。声が出ない。
真下に見えるのは自分。
何故気づかない?
ようやく「自分」が振り返る。
そして赤い血しぶき……!
*
「おう、どうした、こんな時間に」
涼しい風に当たろうと歩いていると、野営地のはずれで声をかけられた。見晴らしのいい高台。川向こうに、敵の陣地が見下ろせる。
愛用の剣を膝に置き、ヒマそうに伸びをしているのは天化。
……正直、今一番会いたくない相手だった。まともに顔が見れない。
「――目が覚めちゃって。あれ、今日の見張りは天化だったっけ?」
「ちっと親父との賭けに負けちまってよ。夜半まで交代した。まぁ、この辺りは開けてるから夜襲は無理だ。退屈なもんだぜ。……具合でも悪いのか。顔色悪いぞ」
傍らにかけられたたいまつの炎だけの灯りなのに、めざとく見とがめられる。
「い、いや。ちょっと夢を見ただけだよ」
「夢ぇ?」
あきれたように睨まれる。
「怖い夢見て眠れなくなったってか? ガキみたいな奴だな」
笑い飛ばされる。……よかった、いつも通りの天化だ。
ほっとしたものの、頭の中にさっきの夢がちらつく。
赤く染まる幻影。
血の匂いまで感じたような気がして、悲鳴を上げかけた。
「おいおい、本当に大丈夫かよ」
いぶかしげな声に、はっと我に返る。
心配そうな調子が混ざったからには、よほど暗い顔をしていたのだろう。
案の定、怒られた。
「お前は何もかも一人で抱え込み過ぎなんだよ。もう少し、俺たちを信用して気楽にやれっての。俺たち武将はそのためにいるんだろうが」
「う、うん……」
「しゃんとしろ、しゃんと! いつまでたっても大将らしくない野郎だ。……そんな顔見せるの俺の前だけにしておけよ。お前がそんな顔してると軍の士気が落ちる。勝てる勝負も勝てなくなるぞ」
出会ってからもう随分経つが、太公望は天化に怒鳴られっぱなしである。人を安心させるはずの穏やかな雰囲気が、剣士気質の天化にはいらいらするようだ。これでも努力はしているのだが。
「そうだね、分かってる。ごめん、ありがとう」
これ以上言っても無駄と思われたのか、肩をすくめられてしまった。
「まったく、具合悪い上に寝不足なんて最低だぜ。とにかく眠っとけって。……俺もそろそろ交代だ」
足音もなく静かに歩いてきた人影。これからの夜番は韋護らしい。
「後、頼んだぜ。まぁ、敵サンも動かないとは思うけどな」
「……ああ」
いつも通り、口数少なく答える韋護。もう一人いたことに気づいて、おや、という顔になった彼に、太公望は微笑んで会釈した。
陣営に戻っていく二人を見送って、韋護はぼそりと呟いた。
「……珍しい取り合わせ……だな」
**
「じゃな、明日は元気になってろよ、大将」
そう言って、さっさと自分の天幕の方へ行こうとする天化を、反射的に太公望はつかんでいた。
「ぐえっ」
油断している時に後ろから襟をつかまれれば息も詰まる。
「な、なんだよっ。怖いから添い寝してくれってんじゃないだろうなぁ?」
ガキじゃあるまいし。
自分で言って笑い飛ばそうと振り返った天化に、なんと太公望はうなずいた。
当然ながら固まる天化。
わたわたと焦ったものの、相手は相変わらず、背景にどーんと暗い雲を背負っている。
どうみても変な考えはなさそうだ。
もっとも、この純粋培養の道士にそんな発想もあるわけがないが。
ここに至って、ようやく天化は合点がいった。
太公望が見た夢とは、自分のことなのだ。
「おい……、お前の夢ってどのくらい当たるんだ?」
聞きたくないが、一応聞いてみる。
やめておけばよかった。太公望はうつむいたまま、答えない。
それが答えだった。
「そこで黙るなっ! ああ、分かったよ、うっとおしい奴だな!」
むんずと腕をつかみ、歩き出す。
大将の天幕は当然ながら一番奥。他はニ、三人雑魚寝だが、そこだけは一人で使っている。狭いことはあるまい。
「言っておくが、こういう場合、眠れなくなるのは普通、俺の方なんだぞ。だから気にすんな……つっても無理だろうがな」
こいつの神経があまり太くないことは、出会った当初から気づいていたことだ。そうそう人間の性格は変わるものではない。
それが大将として認めるには頼りなく、物足りない点ではあるのだが……太公望が図太くなったら、それはそれで怖いかもしれないから、もういい。
「要は、お前が違う夢を見ればいいこった。うなされてたら、お前の夢、こいつで切り刻んでやるからよ」
手にしているのは愛刀、莫邪宝剣。仙界随一の光の剣。
言い切られて、太公望は思わずうなずいてしまった。むちゃくちゃだが、この男ならやりかねない。
「眠れなくても、無理やり寝ておくんだ。寝不足で実力発揮できないなんざ、言い訳にもならねぇ」
天化は寝起き状態だった夜具をきちんと整え、奥から予備の毛布を持ってくる。……普段の荒っぽさからは想像がつかないほど手際がいい。
「おら、さっさと寝る!」
怒鳴りながらも、このかいがいしさは、確かに天祥の兄だった。意外とこの兄弟は、周りが思っている以上に似ているのかもしれない。
自分との間に剣を置いて、とっとと先に眠ってしまった天化に、太公望はしばらくぽかんとし、ひとしきり笑いこけた。
今度夢を見ても、天化なら本当に入り込んできて、元凶を取り除いてしまうかもしれない。
急に気が楽になった。
夢は夢。きっと自分が違う行動を取れば変えられる。
途端に、眠気が襲ってきた。連日の戦いで疲れていないわけがない。
今はゆっくり眠ろう。
手に触れた、剣の冷たさが心地よかった。
***
夢を見た。
夢だと分かっている夢。
真下に見えるのは自分。
やはり何も気づかずに、前方にだけ注意を向けている。
飛んできた矢は、麻痺毒がぬられていた。
「自分」は動けなくなる。
すかさず、敵が近づいてくる。
ふいに、「自分」は動けるようになった。誰かが回復術をかけてくれたのだ。
とっさに反撃し、目前の敵を倒す。
ああ、いけない。そんなことをしている場合ではないのに。
術を使ったのは、天化だ。
彼も敵に囲まれて戦っていたのに。
回復が間にあわない。振り下ろされる剣。
そして赤い血しぶき……!
やはり運命は変わらないのか? こんな幻影、見せないでくれ!
天化を切った武将が、こちらに近づいてくる。
西岐軍一の剣の使い手は倒した。次はお前だ、という余裕の表情で。
呆然と見つめる太公望の前に、男は立った。振り上げられる剣。
その背後から、
「とどめはちゃんと刺さねぇとなぁ、おっさん」
不敵な笑いを含んだ懐かしい声。
「俺は黄天化だ! こんなとこで倒れてたまるかよ!」
どんな逆境でも、決してあきらめぬ、不屈の魂。
「朱雀剣!」
四神の力を借りた剣豪の技は、周りにいた敵を一掃した。
太公望の前にいた男も。
まっすぐに手が差し伸べられた。
「言ったろ? お前が大将じゃ先が思いやられる。最後まで付き合うってな」
そして――。
****
「太公望さーん、朝よーっ」
嬋玉は、朝、太公望を起こすのが好きだった。いつも、周りを引き立てるために気丈に振舞っている彼も、寝起きだけはちょっとボーっとして、本来の穏やかな性格が表に出る。
目を覚まして、しばらくきょとんとしてから嬋玉に気づき、軽く首をかしげて
「おはよう」
そう言ってくれる瞬間が大好きだった。
それなのに。
「……!?」
なんでこいつが、ここにいるのだ?
幼馴染とは名ばかりの天敵が、よりによって大好きな人の隣に転がっていた。
考えたくもない想像が頭を駆け巡る。
「い……いやあーーーーーっ!」
凄まじい絶叫を残して、駆け出していく嬋玉。
「ななな、なんだっ、敵襲かっ!?」
ただならぬ悲鳴に、飛び起きる天化。傍らに置いた 剣をつかみ取る。あわてて辺りを見回したが、別に怪しい気配はない。鳥がチュンチュン鳴いていたりして、平和すぎるほどだ。
まず気が付いたのは自分の天幕ではない、ということだった。移動を旨とする天幕などどれも同じに見えそうなものだが、持ち主によって雰囲気が異なる。ここには、本だの書きかけの符だのが、小さな机の上にある。
そして隣には、弟の天祥ではなく、幸せそうにまだ寝こけている太公望。
やっと昨日のことを思い出した。
この顔から察するに、悪夢は変更になったらしい。
よかった。こいつにとっても、自分にとっても。
だが、良くないのは。
「今の声、嬋玉だったよな。……ってこたぁ、あのバカ、なんかヘンな誤解しやがったなぁ!?」
さすが幼馴染。妙なところで鋭い。
しくじった。他の人間が起き出す前にこっそり戻るつもりだったのに、うっかり寝過ごしてしまった。それにしても、見られたのがよりによって嬋玉とは、最悪だ。
手早く身支度を整えて駆け出そうとした後ろで寝ぼけた声があがった。
「あれ、天化? おはよう、でもなんでここに……あれ?」
起き上がったものの、まだまったく状況が分かっていない太公望。この状態で関わるとかえってややこしいことになりそうな気がする。
「お前はいいからまだ寝てろっ。――嬋玉、待ちやがれーっ!」
ぽかんとしている太公望をそのままに、天幕から飛び出す。
探すまでもなく、陣営のど真ん中に人だかりが出来ていた。
嫌な予感、的中。
女ってのは、何かあるとどうして周り中に言いふらすんだ!?
何を言ったか大体想像はつくが、これ以上変な噂を流されてたまるものか。
人の円の中から、嬋玉を引きずり出す。
「何すんのよ、このけだものっ、太公望さんに変なことしてーっ」
「誰がけだものだっ、何もしてねぇよ! 誤解だって言ってんだろうが!」
「じゃあ、なんで一緒の天幕で寝てんのよーっ、理由を言いなさい、理由を!」
「そ、それはだなぁ……」
夢につきあったなんて言ったところで、この女信じるか?
言いよどんだのを、反論できないものと解したのか、嬋玉がわんわん泣きながらさらに天化を罵倒する。
こうなってはもう誰も止められない。
あまりの騒ぎに、もう陣営中のほとんどの人間が集まってしまっている。
今ごろになって、ようやく、ほてほてと太公望がやってきた。まだちょっと寝ぼけた顔をしている。
何事? という顔で首をかしげているところに、真偽を問いただそうという野次馬が殺到した。
「太公望殿っ、昨夜、天化殿と床を共にされたというのはまことでありますかっ」
こういうことを恥ずかしげもなく大声で言ってしまうのは、鄭倫だ。
(こいつ、殺すっ!)
天化が剣を構える。
(こいつら、まとめて封神してやるっ!)
その後ろから、なんとか仲間内での殺戮を食い止めようと、弟の天祥が必死で腕にしがみつく。
一方、肝心の太公望は質問の意味が良く分かってない。
床を共にした → 一緒の布団で寝た → 間違ってない。
太公望はにっこりとうなずいた。
「うん」
天化が剣を振り下ろす前に、その一言が一同にとどめを刺してしまった。
硬直した兄の後ろで、一人だけ現状を把握した天祥が、合掌していた。
その日天化が「俺は今日出陣したら死ぬ。絶対死ぬ」とぶつくさ言いながら、八つ当たりで大活躍したのは言うまでもない。
END
天化のセリフは、ほとんどゲーム中のパクリです。
気づいてくださった人はニヤリとしていただければ嬉しいです。
それにしても、言葉の足りない天化と、天然ボケの返答をする太公望って、誤解が果てしなく積もって行きそう。
ちなみに「間に剣をおいて」というのは、西洋の童話につきものの、「私はあなたにヘンなことはしません」という誓いです(笑)。
TOP/小説/
オリジナル設定編