「いたずらの報い」


お茶を飲んだことまでは覚えている。
朝一にお風呂に入ったあと、これからのことをゆっくり考えようとしている時に、珍しく嬋玉と白鶴が一緒に運んできてくれたのだ。
二人のつきまといには多少辟易していたが、仲良くしてくれるのならまだマシというもの。
ほっとして、何も考えずに口にしたお茶。
ちょっと苦くて、舌先が痺れるような気がした。
あれ、と思った時には……この格好だった。
海の色を映したような紺碧の絹の服。結ばれた帯はスミレの紫。
髪はほどかれて、はちまきもなくなっていた。
嬋玉も白鶴もいない。
これは、もしかして……。
嫌な予感のまま、部屋の隅の鏡を覗きこみ、太公望は言葉を失った。
そこに映っていたのは、どうみても――。
*

「いやー、予想以上だったわね。遊び甲斐があったわ」
「ししょー、綺麗だったー♪」
「旅に出てから、太公望さんったら冷たいんだもん。ちょっとくらい仕返ししないとね」
「今度は赤い服にしようねっ」
手を組んだ、女のいたずらは怖い。

**

宿泊期限が切れてしまったので、宿から追い出されてしまった。
(宿の主人が、泊めた覚えのない佳人に慌てふためいて、追い出してしまったと言うのが本当なのだが)
太公望が何よりも困ったのは……声が出ないのだ。
お茶に、何か薬でも入っていたのだろうか。
なんとか嬋玉と白鶴に連絡を取りたいのだが、道行く人に尋ねようにも、ジェスチャーではいまいち意思が通じない。
はぁ、と大きくため息をついたところに、後ろから柄の悪そうな男たちが声をかけた。
「お嬢サン、誰か探しているのかい?」
「遊び相手なら、俺たちがしてやるよ」
「こりゃ、予想以上のべっぴんだ」
町のやっかい者らしい。道行く人々が、気の毒そうな顔をしながら、ささと道を避けていく。
自分よりも背の高い男たちに囲まれて、太公望は当惑した。何か勘違いされているようだ。(この姿では当然だが)
このままでは、なんだか危なそうな気がする。
とりあえず幻惑術で逃げようとして、はっと気がつく。
声が出ないので、術が使えない。
打神鞭もない。
……太公望、大ピンチ!(笑)

***

「兄上、女の人がからまれてます」
「まったく、どこにでも暇人ってのはいるもんだな」
「僕、行ってきますね!」
連れが止める間もなく、少年は女性を取り囲んでいる男たちの方に駆けて行った。
残された者は、やれやれと肩をすくめ、のんびりとその後を追う。
「その方は困ってるじゃないか。やめろ!」
「ああ? なんだ、ガキじゃないか。ひっこんでな」
「僕を子供扱いすると痛い目に合うぞ!」
「何を……」
短刀をかざして脅そうとする男に、天祥は背負っていた棒を取った。
街中では弓は実用的ではない。槍ももう少し大きくなってからの方がいい。棒術の方が、体の小さな自分に合っていると、兄に渡されたものだった。
覚えの早い天祥は、わずかの期間でその使い方を飲み込んでいた。
男の短刀をはじき落し、その腕を叩いて麻痺させる。一人片付いた。残り四人。
「こ……のガキ!」
残りの者が、次々に刀や棒を振り上げる。だが所詮、訓練も受けたこともない我流だ。
これくらい、兄の力を借りるまでもない。
天祥は棒を構え直し……男たちの背後にいる人に目をやって、愕然とした。
その隙をおびえたものと判断したか、男たちが一斉に襲い掛かる。
しまった、と天祥が我に返った時、その背後から突風のような衝撃が走った。
目前に迫っていた男たちがまとめて弾き飛ばされる。
「兄上!」
「バカ野郎、何をぼさっとしている! こんな連中でも、お前が油断していたらやられちまうだろうが!」
剣は鞘から抜いてもいない。四神を呼び出すはずの技を、わざと力を抜いてしかけたのだ。普通の人間にはこれで十分。石塀に叩きつけられた男たちは、すっかり目を回していた。
「兄上、でも! あの!」
「ああ?」
兄の目から見ても年の割に落ち着いており、しっかり者の天祥が、珍しくパニックを起こしている。
指差しているのは、助けようとしていた、青い服の妙齢の女性……。
その顔を見て、天化も固まった。
天祥が、敵を前にして硬直してしまった理由がよーく分かった。
(なんで、こんなところに、あいつにそっくりな女がいるんだ!?)
この国の人間ではあるまい。青みを帯びて見える黒髪に、透き通る肌。そして、『あいつ』と同じ深い夕闇の空の紫。
立ち尽くす、楚々とした美人……と思いきや、その佳人は天化の目の前に駆けつけて、いきなり腕をつかんだ。
(天化、僕だよぉーっ!)
なんとかしてくれそうな知り合いに会えた嬉しさで、涙目で訴える太公望。
その口が、確かに自分の名の形に動いたことに天化は気づいた。
「ちょっと待て、なんで俺の名前――」
もしや、と気が付いて、乱暴に相手の髪をまとめてつかむ。後ろで縛るようにしてみると、もう見間違いようはなかった。
「――太公望、本人か?」
必死にうなずく様子に、唖然とする。
上から下までじっくり眺め、ふいに背を向ける。
「くっ……」
「兄上?」
(天化?)
「こりゃいいや、似合いすぎだ、お前!」
盛大に笑われて、ふてくされる太公望。こっちだって好きでこんな格好をしているわけではないのに。あとで覚えていろ。
天化の笑いが収まるまで、当分かかりそうだ。
「あのう、太公望さん……?」
その間に、天祥はなんとか事態を把握しようと努力する。
「どうして、そんな格好を――。それに、もしかして、声が出ないんですか?」
太公望は、こくこく、とうなずく。
「嬋玉さんや、白鶴さんは? ご一緒じゃないんですか?」
「大方、そいつらにいたずらされたんだろうよ。……図星か」
がっくりと肩を落とす太公望。
「大体おめぇは隙がありすぎるんだよ。ま、今後気をつけるんだな」
(天化、ひどいっ、助けてくれたっていいじゃないかーっ)
じゃな、とあっさり背を向けて行ってしまいそうになるのを、後ろからポカポカ叩く。
「いててて、分かったからやめろって」
言いながら、天化はまだ笑っている。普段、滅多に表情を崩すこともないので、知っている人が見たら驚くだろう。
天祥も、つられて嬉しくなる。
(朝歌で別れてから、兄上、気にしてたもんな。会えてよかった。……でもこれじゃ、どう見ても、恋人同士の痴話ゲンカだけどね)
あんまり仲が良さそうで、見てる方が照れてしまう。
「天祥、行くぞ」
「はーい、兄上!」
呼ばれて、天祥は慌てて二人の後を追った。

***

「ど、どうして、ここにあいつがいるのよっ」
こちらはこっそり様子をうかがっていた女二人。
「危なくなったら助ける予定だったのにっ!」
「ししょー!」
黄兄弟が活躍したせいで、すっかり出るきっかけを失ってしまった。
とりあえず、彼らの後を、こそこそと追うしかない……。

***

「どうしてここに、って顔してやがるな」
(うん)
「姫発殿が王になったんで、朝歌から西岐まで全体が領土になっただろう。地区によっては、例の戦いの影響でいまだに領主不在のところもある。それで、町の様子を見がてら、領主任命の役目で回ってるのさ」
「父上は、朝歌で軍の指揮をとっておられるので離れられないんです。で、僕たちが」
(へぇ、すごいや)
「まぁ、これでも一応、朝歌の名門、黄一族だからな。親父の武成王の名声は健在ってわけだ。元「商」の地域は黄一族の直轄になる」
「広いですよねー」
(ほええ)
いくつ城があったか、指折り数える太公望。
「とは言っても、当分の間は、復興がうまくいってるかの見回り……現場監督みたいなもんだ。ここも、もう今日辺りで大丈夫だろう」
「あと一箇所見たら、宿に帰れますよ。そしたら……なんとかしましょうね」
(うん、ありがとう)
並んで歩いている間に、不思議と会話が成り立つようになっていた。
元々表情の豊かな太公望は、何が言いたいのか見ていると分かる。長いつきあいで大体見当がつくようになっている天化は先読みして答えてしまうし、天祥はその間を察して足りない部分を補う。
自分を分かってくれる人たちに囲まれているのが、どんなに居心地がよいか忘れていた。
一人で旅をして色々考えてみたいというのも本当だが、こうしているのが嬉しいのも事実だった。
この二人相手なら、口が利けないのもたいした問題ではないような気がしてくる。
もっとも、この格好だけは、さっさとなんとかしたいのだが。
忙しく、町中を回って情報収集する兄弟の邪魔をするわけにもいかない。
これで最後だから待ってろと言い残して、城の前で天化は別れた。
修復中の城を見下ろせる高台で待っていると、しばらくして、兵士たちが軍事訓練を進めている真っ只中に、現在の城主と共に現われたのが見えた。
……いつのまにか、もたもたしている指揮官を差し置いて、陣頭指揮に立っているようだ。
「いつもこうなんですよ。自分が正しいと思うと、口出しせずにいられないんですよね。だから、なかなか見回りも進まなくて。……でも、兄が発破かけなかったら、多分どこも倍以上時間かかってると思います」
困った顔をしながら、天祥は嬉しそうだ。
(天化は大将の器だからね。本気になれば、飛虎殿以上に慕われる将軍になると思うけど)
「あ、それはないですよ」
口に出さなかったのに、すかさず否定されて太公望は驚く。
「兄は、もうすぐ、修行の旅に出るつもりですよ」
(ど、どうして?)
「今度の見回りに、僕を連れて歩いたのが証拠です。一人ならもっと早く終われるのに。僕に、国の状況と、仕事の仕方を教えてくれたんです。……いつでも代わりができるように」
(――天祥はそれでいいのかい?)
「僕は、兄みたいに道士になることはできませんし、父を置いてもいけません。それに、こうして国を回っているのが結構向いてるみたいですし。何より、兄が自分の道を進んでくれるのが嬉しいんです」
(天祥は偉いな。だから、天化は安心してるんだ)
「兄は、その分僕を可愛がってくれます。僕はそれだけで十分です。兄の『特別』は僕だけですもの。こんなにすごいことって他にないでしょう?」
(あの天化の特別かぁ。確かにね)
「あ、『特別』はもう一人いましたね。――ねぇ、太公望さん。兄が旅に出たら、またどっかで会うでしょうから……よろしくお願いしますね」
(僕?)
「兄が大将って認めてるのは、太公望さんだけですから」
(そうかなぁ……)
その割には、いまだに怒鳴られたり笑われたりしている気がするけれど。
ふいに、塀の向こう側から、話し声が聞こえてきた。
今日の訓練を終えた兵士たちらしい。天化にばしばししごかれた割には、予想外の出来事にわくわくしているような賑やかさだった。
「今日来ていた方は、朝歌の黄飛虎将軍の嫡男だって? 若いけど、さすがに立派な方だねぇ」
「しかし、なんだって道士服着てるのかね」
「バカ、お前知らないのかよ。なんでも、偉い仙人様の弟子で、剣の修行を積んだって言うぜ」
「ひえっ、それじゃ、道士様でもあるのか、そりゃすごい!」
知り合いが誉められるのは嬉しい。
天祥も隣で、嬉しそうににこにこしている。自慢の兄なのだ。
「これで、いい嫁さんでも見つかれば名門、黄一族はますます安泰ってところだな」
「あの男ぶりなら、女の方が放っておかないだろうよ」
「そういえば、さっき、連れに綺麗な人が……」
会話がふいに途切れたので振り返ると、彼らはちょうど塀の隙間からこちらが見える位置に来ていた。
まず、天祥の方に目が行き、噂の最中の、城下を訪れている武王代理の弟と気づいて慌てて頭を下げる。
ついで、もう一人の方に目をやって、全員の顎が落ちた。
よく分からないまま、にこりと微笑み返すと、全員の顔が酒でも飲んだように真っ赤になった。
太公望は、(特に現在の姿の)自分の天然魅了効果にまったく気づいていない。
あわてて頭を下げて、去っていく男たちが、口々に「やっぱり黄一族は安泰だわ」「いい男にはいい女がつくもんだなぁ」と話している。
(なんか、誤解された……?)
首をかしげると、天祥はため息をついた。
「……当然って気がしますけど……その姿で笑いかけちゃだめです」
(なんで?)
「なんでもですっ」
「何騒いでるんだ? 終わったぞ」
「兄上!」
天祥が駆け寄り、そっとさっきのことを耳打ちする。
再び天化は太公望を上から下までじろじろ眺め……また爆笑する。
どうも、この姿がかなりツボにはまったらしい。
ふてくされ、地面にのの字を書く太公望。
兄が笑い止むのを待って、天祥が尋ねた。
「宿を探してきましょうか」
「いや、このまま、朝歌の屋敷に戻る」
「は? 一ヶ月くらいかかりますよ?」
「土遁の術(空間転移)を使えば一瞬だ。お前を連れてあまり道術は使いたくなかったんだが、こいつのことがあるからな。あそこの資料を探せば、太公望の声もなんとかなるだろう」
平然と言ってのけられて、天祥が改めて兄を感心して見つめる。
「……兄上って本当に道士なんですよねぇ」
「悪かったな、らしくなくて。……術はあまり得意じゃないんだが、土遁はよく使ったから大丈夫だろう」
(気が短い天化向きの術だよね)
「なんか言ったか」
(いや、何も)
「それに、後をつけてる連中も振り切れるしな」
「?」
(?)
ニヤリとして、天化はちらっと塀の奥を見る。
その向こうでぎくりとした二人がいることに、天祥と太公望は気づかない。
「それじゃ、行くぜ。土遁!」

****

たった今まで三人がいたところで、少女二人が騒いでいる。
「ああ、逃げられたーっ」
「しまったぁ、あいつも術が使えたんだわっ」
「ししょー、どこ行ったのー」
「バカね、朝歌の黄家の屋敷に決まってるわよ!」
「うえーん、地上を歩いてたら一ヶ月かかるぅ」
「ぴーぴーうるさいわね、仕方ないでしょ!」
「なによ、あなたがこんないたずらしかけるからいけないんじゃないーっ」
「なんですってぇ! ノリノリで化粧してたのどっちよぉ!」
怒鳴りあいは終わりそうにない……。

*****

太公望の声は、あっさりと戻った。
術がかけられていたのは、女物の服の方だったのだ。
黄家の屋敷にしばらく逗留し、しばしの平安を楽しむ。
そして今は、置いてきた二人が持っているはずの打神鞭を、どうやって取り戻すかで悩んでいるらしい。


END


ゲームのあとのお話しということで、遊ばせてもらいました。
やはり、可愛いししょーには一度はやってみたい女装ネタ(笑)。
ゲーム設定を使ってますので、黄飛虎おじさまは健在です。


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