「挑戦」
「道場破り?」
「正確には、洞府破りと言うべきでしょうか……」
楊センが困ったような顔をするのは珍しいことだった。
「天化殿が、ここニ、三日、洞府で修行をされているのです。それ自体は問題ないのですが……」
「聞いてくれよ、大将! 新しい宝貝かっぱらおうと思って、師匠のとこ行ってみたらさ! 「この間来た奴にやったよ、私が負けるなんて、くやしー!!」だってよ。……うちの軍で、俺の師匠を倒せるなんて奴しかいないだろ? ちくしょう、俺が倒して宝貝いただくつもりだったのにさ!!」
「らいちゃんとこもね、ししょー、まけちゃったんだって」
「そういえば、俺たちんとこの師匠も……」
聞きつけた仲間たちが、次から次に訴えに来る。これはさすがにただ事ではなさそうだ。
「分かってるだけでも6人か、すごいね。……ちょっと確かめた方がいいかな」
太公望は、ほてほてと天化の天幕に向かった。
*
「天化、ちょっといいかい?」
気配はするのに、返事がない。
だが返事がないのは、勝手にしろ、ということなのだ。
そう気づくまでかなり時間がかかったが。
天幕に入ってみると、天化は愛用の莫邪宝剣の手入れの最中だった。背を向けたまま、振り返りもしない。
「洞府回りしているって聞いたんだけど……。一体、急にどうしたんだい?」
「別に。修行してるだけだ。強くなって何が悪い」
声が低い。洞府を制覇したにしては、機嫌が悪そうだ。
「悪くは無いけど……あんまり急だから。何かあったんじゃないかと思って」
重ねて聞くと、さらに空気が険悪になった。
向けられた背に殺気が漂っている。
とりあえず謝って逃げようかと思い始めた頃、天化がぼそりと呟いた。
「……たんだよ」
「え?」
「うちの師匠に負けたんだよ! そりゃーもう、見事に、綺麗さっぱり、こてんぱんになぁ!!」
いきなりの大声にも驚いたが、その内容にも仰天した。
天化が……こてんぱんにやられた?
師匠と言うからには、道徳真君のことだろう。
まだ会ったことは無いが、(仙人の中では)若手の方だと聞いている。
天化が師匠と仰ぐからには、相当の技量の持ち主と察していたが、それにしても。
「朱雀剣も覚えたし、少しは対等にやりあえるかと思えば……。ちくしょう!!」
「そ、それは、その、洞府は仙人様方の結界内みたいなものだから、どうしても僕らは不利ってことも……」
「だったら、どうしてそいつらには勝てるんだよ!」
指差した場所には、ごろごろと転がっている宝貝の山。
他の洞府に挑戦し、勝利して手に入れてきたものだ。
……確かに。
「道徳真君様って強いんだ」
「剣技だけなら、俺だってそれなりの腕だと思うぜ。試合の時には、そこそこ手合わせできるんだ。だが、実戦になるとどうしても素早さで敵わない。先制攻撃で麻痺技くらうと、一太刀も返せねぇ……」
戦場では自分が主役と言ってはばからない天化が一太刀も!
……それはすごいかもしれない。
師匠に負けた八つ当たりと実力試しで、他の仙人方に挑戦しまくっていたに違いない。その結果が、この宝貝の山か。
「この宝貝はどうするんだい?」
「あ? ああ、俺はいらねぇよ。くれるって言うからいただいては来たが、ごちゃごちゃ身につけるのは性に合わん。効力もよく分からんし、欲しい奴にやるよ」
「はぁ……あ、これは」
防御や技量の増加の術を付加された宝貝の中から、太公望は一つを手にとった。
一見、宝玉のついた飾り紐のようだが――。
「……おい、何してる?」
傍らに来るなり、自分の帯に紐をせっせと結び始めた太公望に、天化は当惑する。
複雑な結び方だ。何度もひねりながら、花のような形に編み上げる。
その指先を見ながら、器用だな、と感心する……が。
「何かのまじないかよ。飾りなんかいらないぞ」
「これは宝貝だってば。はい、できた。剣を使ってみて」
言われるままに、手入れを終えたばかりの莫邪宝剣を抜き放ち、一振りしてみる。
たったそれだけで、今までとの差が歴然としていた。
「これは……軽身功がかかってるような……」
「道徳真君様に、素早さで敵わないと言っていただろう? これが役に立つと思う。先制攻撃…とまではいかなくても、少なくとも先に術を使われることはないんじゃないかな」
「ありがてえ、よーっし、再戦だ!」
「えっ、これから!? もう遅……」
「土遁!」
……止める間もなく、姿が消えてしまった。
「まったく、剣の修行となると、他が目に入らなくなるんだから」
やれやれ、と太公望はため息をついた。
***
「もう一度挑戦だと? まだ懲りないようだな。お前に私の相手が務まるかな、かかってきなさい! ……ん?」
「隙あり!」
「おーっと、鑽心釘(さんしんてい)!」
道徳真君、得意の鑽心釘だったが、何かに気を取られていたのが幸いし、麻痺にかからずに済んだ。
これさえ避ければ、勝機はある。
「朱雀剣!」
「烈衝破槍!」
凄まじい技の応酬。
互いに見切っているので、まったくダメージにはなっていないが、あとは体力と術力の勝負になる。
はらはらしながら、太公望は茂みの陰から覗いていた。
宝貝の力で素早さが上がったとはいえ、それだけで勝てるとは思えない。
道徳真君がどのような方なのか気になったこともあり、こっそりついて来てしまったのだ。
「大地噴槍! どうした、もう終わりか?」
「……まだまだぁ! 烈闘気斬!」
互いに容赦なし。
一太刀でも受ければ、当分動けないだろう。
……見てられない。
太公望は、目を瞑って刃の交わる音だけをびくびくしながら追っていた。
やがて、剣戟が途絶えたので、そーっと覗いてみる。
天化が剣を地に突きたて、膝をついていた。やはり、今回も負けてしまったのだろうか。
だが、その正面に、道徳真君がいた。
常に浮遊しているはずの彼が、地面に座り込んでいる。
「あいたた……まいった、まいった、降参だ」
剣をもう一度構えようとした天化を慌てて止める。
「今日は私の負けだ。認めるよ。よくここまで鍛錬したものだな」
「あ、ありがとうございます、師匠!」
「ちょっとそれを見せてくれ」
服の汚れを払い、道徳真君はちょいちょい、と手招いた。慌てて駆けつけた弟子の腰に結ばれた紐に触れる。
「道行天尊殿の宝貝だね。……ああ、別に怒りゃしないよ。その場の状況にふさわしい道具を選ぶのも、実力のうちだ。でも、これを選んだのはお前じゃないだろう? いい軍師がいるようだな」
「えーと……」
「それに術の効力が最大に発揮されるよう、結ぶ時に気が練りこまれてる。……大事にされてるね、お前」
「――」
なんと答えたらいいか分からない天化はただ頭を掻いている。
おや、否定はしないんだ。
道徳真君がニヤリとする。
「これを持っていきなさい」
洞府での勝利の証の慣例となっている宝貝。一応用意はしていたらしい。
「ありがとうございます」
「尽くして良しと言える相手に巡り合えるのは、人生で最良のことだよ。大切にしなさい」
「は?」
「自覚ナシ――か。まぁいい、さっさと戻りなさい。次はこううまくいくと思うなよ」
「それまでには、俺ももっと腕を磨きますよ。失礼します」
弟子の姿が見えなくなるまで見送って、道徳真君はふと独り言のように言った。
「さてと、そこの君。ちょっと出てきなさい」
ぎく。
やはり、ばれてた。
太公望は茂みからがば、と飛び出して頭を下げる。
「あ、あの、すみませんっ」
「ん? 何をいきなり謝っているんだ」
「僕は邪魔をしてしまったようですから……」
「ああ、さっきのことか。なぁに、君に気を取られたのは確かだが、実戦ではそんなことは言い訳にならない。だから今回は本当に私の負けだ。君が気にすることじゃあない」
言いながら、おいでおいでと手招く。
恐る恐る近づいて、再びぺこりと頭を下げる太公望。
「君が太公望君か。初めまして、だな。……うちの天化や、太乙のところの暴れん坊を従えてるというから、どんな豪傑かと思っていたんだが……ふむ」
上から下まで眺め、道徳真君はくすり、と笑った。
「天化は役に立ってるかい?」
「もちろんです! 彼がいなかったら、妖魔との戦いでこんなに勝てていません。本当に、頼りにしてます」
「剣の腕は私が保証する。ただ、気が荒いから手駒としては動かしにくいだろう。大将の腕の見せ所だな」
「手駒だなんて……天化は大切な仲間です」
「仲間、ね。なるほど、そういう動かし方もあるか……」
道徳真君は、何か一人で納得している。
「まぁ、気が向いたら君も修行に来なさい。ばしばししごいてあげるよ」
「お手柔らかにお願いいたします。今日は、僕もこれで……」
一軍を従える大将とは思えないほど、丁寧に頭を下げて去っていくのを見送り、道徳真君は呟いた。
「気に入らない奴だったら、ちょっといじめてやろうかと思っていたんだが……。天化が文句言いながらもついていくわけだ。「命令」じゃなく、「お願い」されたらちょっと逆らえないね、あの大将には……。弟子はいつかは手元から離れていくものだけど、これは相当早まるかな。ちょっと寂しいね」
さて、新しい宝貝でも見繕っておくか。
肩をすくめて、道徳真君は洞府へ歩き始めた。
***
「おい」
ほてほて歩いていると、後ろから声をかけられた。
ぎく。……こちらにもばれていたようだ。
振り返ると、やはり天化だった。
「ごめん。邪魔するつもりじゃなかったんだ」
「師匠はなんて言ってた?」
「実戦中に、他に気を取られた方が悪い。だから今回は、本当に私の負けだ……って」
「まぁ、そんなところだな。だから、気にしなくていい。半分まぐれとはいえ、あの師匠に先制できたし。次はハンデなしで勝てばいいことだ」
実戦形式の立ち合いで、あれだけ戦えたことが嬉しかったのだろう。機嫌がいい。
「これ、やるよ」
道徳真君からもらった宝貝だった。
浄化の力を感じる。毒を防ぐ効力があるようだ。
「せっかく天化がもらったものじゃないか」
「言ったろ、ごちゃごちゃ身に付けるのは性に合わん。師匠だって、あんたに渡すことを見越した上でくれたんだろうよ。――これからは、俺に毒の回復なんかさせるな」
「ありがとう、使わせてもらう。……明日も活躍を期待してるよ」
「おお、明日の目標は、天地双鳴の習得と、気孔術のマスターだ!」
所詮、この男にとって、地上での戦いなど修行の一環にすぎないらしい。
(ま、いいか)
太公望は苦笑して、友人の後を追った。
END
半分実話です。
天化のレベルが上がったので、洞府に挑戦しまくり、勝利したのですが…
師匠の道徳真君にだけ、こてんぱんにやられてしまいました。
先制攻撃の上に、槍が届くものだから、そりゃもう、あっさりと。
「私が出るまでもなかったようだな」というセリフが重かったです。
あ、でも愛蔵版では、ちゃんとご自分で相手してくれたのが嬉しかった。
通常版では、「やってしまえ、護宝童子!」ですもんね(笑)。
ナタとは違って、天化は自分が認めた師匠にだけは口調も態度も丁寧そうで。
結構、おいしい役どころです、道徳様。
蛇足ながら、速度を+20する豹頭冠は、本当は頭の防具ですm(__)m。
髪に結ぼうかと思ったのですが……似合わない(笑)。
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