「天命への反逆者」
「またあなたですか、申公豹さん」
うんざりしたような言葉に、霊獣・黒点虎に乗って現われた申公豹はにやりとする。
「これはまたえらい言われようだねぇ。せっかく様子を見に来てあげたのに」
ひらりと太公望の傍らに飛び降り、いつもの皮肉げな笑みを浮かべる。
「師匠から、封神榜を受け取ったそうじゃないか。君には荷が重いんじゃないかい? 見たくないものを見てしまったって顔をしているよ」
「申公豹さん、あなたは知って……!?」
「おっと、見当違いに僕を怒るんじゃないよ。怒っているのは僕の方だ。理由は……わかっているよね。勝手に自分の運命を決められて、許せると思うかい? 僕は逆らってみせる」
すい、と申公豹は太公望の隣に立ち、顔を覗き込んだ。
「――天命の代行者たる君を殺してでもね」
顔はいつもの飄々とした笑顔でも、目は笑っていなかった。
敵を見つめるような危険な輝き。
射すくめられて、太公望は動けない。
「太公望から離れな」
ふいに現われた者に、申公豹は飛びのいた。
「おや、用心棒の登場かい」
見慣れない人物をねめつけ、天化が莫邪宝剣に手をかける。
「どこのどいつだが知らねぇが……」
「ご挨拶だね。君も崑崙の道士の癖に、僕のことを知らないとでも?」
「知らないな。……うちの軍にちょっかい出しに来たはぐれ道士なら、俺が相手になるぜ」
「おっと、いきなり物騒だな。まったく、君たちときたらなんて失礼なんだろう。まぁいい、僕は寛大だからね。勘弁してあげるよ。それじゃ、またな、太公望君。せいぜいがんばりたまえ! 夜の一人歩きには十分気をつけるんだね!」
不吉なまでに明るい笑い声を残して、申公豹は黒点虎に飛び乗った。風のように、一瞬にしてその姿が掻き消える。
「天化、今の人は……」
「知ってるよ。崑崙一の変わり者、そのくせ最強の名を冠するはぐれ道士、申公豹」
「え? それじゃ、どうしてさっき、知らないなんて……」
「わざとに決まってんだろうが。ああいう、自分のことを知らない奴はいないと思い込んでる、自己顕示欲の塊みたいな奴はなぁ、知らないって言われるのが一番プライドが傷つくんだよ。……まぁ、奴も気づいているとは思うがな」
やはり、本当に知らなかったのは自分だけか。
太公望が違う意味で落ち込む。
その様子をどう取ったか、天化が怒鳴った。
「……ったく、好き放題言われてるんじゃねぇよ、まったく要領の悪い奴だな! いいか、奴がなんと言おうが気にするな。体よくかわして、追い払っちまえ」
「う、うん、そうだね……」
「ったく、頼りねぇな、この大将は……」
天化が聞こえるように大げさにため息をつく。
太公望は困ったように笑った。
「そろそろ本陣に戻……あれ、天化はどこへ?」
「洞府に修行だ。夜には戻る」
ひらりと手を振ると、その姿は太公望の視界から消えた。
*
「よぉ、白鶴。また来たぜ」
「今日こそはこてんぱんにやっつけてあげるよぉ。前より、もーっと強力な宝貝もらったもん」
「お前の宝貝使いの荒さは尊敬に値するよ。お手柔らかにな」
「んもー、ばかにしてっ。手加減しないんだからっ」
元始天尊の代行を務める白鶴は、その少女の儚げな容姿に反してかなりの力量の持ち主である。持ち前の素早さを生かし、宝貝を駆使した攻撃で、これまで舐めてかかった者たちをことごとく打ち破ってきた。
その常勝無敗に土をつけたのが、天化だった。
圧倒的な力があっても、術力には限界がある。
攻撃力では当然、白鶴に勝る。
タイミングを見計らって反撃すれば、勝てない相手ではなかった。
これが三度目の挑戦となる。
そして、今度もまた……。
「うえーん、また負けちゃった……。くやしいよぉ」
「宝貝のパワーはあっても、攻撃と防御の配分がまだまだだな。がんばれよ」
挑戦者に逆に慰められて、ふくれかえる白鶴。
いつも通り元始天尊の元へ報告へ行こうとする彼女を、天化が止めた。
「ところで白鶴。お前、申公豹がどこにいるか知らないか?」
「え? 申公豹さま? ど、どうして?」
「いや、ちょっと……」
「僕に何か用かい?」
ふいに背後から声がかかった。
神出鬼没の道士、申公豹。
「道徳真君の弟子、黄天化、か。僕のことを知らなかったはずはないよねぇ、太公望君じゃあるまいし。……で、なんの用だい?」
「いいかげん、うちの大将にちょっかい出すのをやめて欲しいんでね。ナシつけにきた」
「ほお。僕は太公望君のためを思って、色々知らせてあげてるんだけど。彼は、自分の目の前のことが精一杯で、あまり仙界全体のこととかに思い巡らせる余裕がないみたいだから」
「それが余計だっつってんだ。あいつはあれでいいんだ。ちょっとボケてるくらいで丁度いい。あんたが来ると、奴の福気大下降で軍の士気が落ちてえらい迷惑だ。……それにあんた、隙があれば、太公望を殺すつもりだろう」
蒼白になった白鶴をちらりと見やり、申公豹は低く答えた。
「河岸を変えようか」
「そうだな」
がたがたと震えている白鶴の前で、二人の姿が消えた。
**
「紅蓮!」
「朱雀剣!」
いきなり技の応酬になった。
話してなんとかなる相手ではないと分かっている。
平行線でにらみ合うだけなら、早めに叩き潰した方がマシというもの。
人気のない場所に移動し、武器を抜いたのは同時だった。
「雷公鞭!」
「莫邪宝剣!」
互いの最強技は、当たれば相手を消滅させるだけの力を持つ。
あとは、どれだけ攻撃を見切り、先に一撃を与えるか。
「人界で修行中の道士にしては、なかなか……やるじゃないか!」
「頼りないのを残してきてるんでね。まだ負けるわけにはいかねぇんだよ」
「太公望君のことかい? ……君は、何も知らないからそんなことが言えるんだ。彼の任されていることが、本当はどんなことかを知ったら、同じ態度でいられるかな?」
「封神榜に、俺の名前も載っているってことか? そんなのとっくに知ってるぜ」
天化の言葉に、さすがの申公豹も表情が変わった。攻撃の手が止まる。
「な……太公望が、話したのか!?」
「いや。封神榜を受け取ったあたりから様子がおかしかったんで、カマをかけた。奴は嘘がつけないからな」
「き、君はそれで平気なのか? 分かってて、何故おとなしくついていけるんだ!?」
自分が死ぬと宣言され、その先のことすら指定されて。
自分の未来を、「天命」の一言で決めつけられて!
「おとなしくしているつもりはない。あんたが天命に逆らおうとしているように、太公望も必死で道を探してる。俺もな。……あんたは「天命の代行者である太公望」を邪魔して天命を変えようとしているんだろうが、俺は違う。誰かに封神されるのが天命だっていうのなら、俺はその誰かを逆に倒してやる。そうすれば、自然に流れは変わるだろうよ。――封神される天命は絶対かもしれないが、それが「今」であるかなんて誰にも分からないんだからな」
ふいに、申公豹は雷公鞭を下ろした。
あきれたような、気の抜けたような表情。戦う気が失せたらしい。
「これは驚いた。太公望君より、君の方がよっぽど大将に向いているんじゃないか?」
「冗談だろ。俺が封神計画なんか任されたら、あっという間に完遂しちまうじゃねぇか」
当然のように言い放たれて、申公豹は一瞬ぽかんとした。
ついで、クク、と押し殺して笑い出す。
「まいったね、これは……」
「俺やあんたでは天命は変わらない。その点、太公望は不安定だ。何をするか分からないし、天命の流れさえ変えかねない。……だからこそ、元始天尊様に任されたんだと最近俺は思うようになったぜ」
「元始天尊様でさえ読みきれない、不確定な要素……か。確かにそうかもしれないな……」
やれやれ、と肩をすくめて、待っていた黒点虎を呼ぶ。
「もう少し様子をみることにするよ。君たちの大将がどう動くのかをね」
「今度俺の前に現われたら、天命を待たずに封神してやるぜ、申公豹さんよ。覚悟しておきな」
「心しておくよ。太公望君によろしく伝えてくれたまえ」
「伝えねぇよ」
毒づくのにニヤリと笑い返し、申公豹は黒点虎を飛び立たせた。
***
天命を受け入れた者。
天命に流された者。
天命に最後まで逆らう者。
人界において、己の信じるものの為に戦う者たちの、運命の日は近い。
END
申公豹のイメージは、CDドラマで固定されちゃいました。
自分が封神されるという天命に逆らって逆らって、そのためになら妖魔とさえ手を組んで。
一見何を考えているか分からないように見えても、そんな一本筋の通ったところが好きでした。
でも、こういう人に睨まれたら怖いだろうな……
封神榜に味方の名があるところはCDから。(もちろん、原作もですが)
でも、舞台はゲームです。
そういえば、申公豹登場時に天化はいなかったなーというのと、洞府で白鶴に三回挑戦後、申公豹サマのご登場だったので。
(黄巾力士が怖かった、怖かった、怖かったー。五連発食らっちゃった。よく耐えた、天化)
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