「福気」
やけに静かだ。
どうしてかな、と考えて、太公望は思い当たった。
朝からまだ一度も天化に怒鳴られてないのだ。
何も失敗していないければ当然であるはずなのだが、顔を見れば何かしら言われている気がする。
そういえば、今日は顔を合わせていない。
どこかに出かけたのだろうか? そういった報告は受けていないが。
もっとも、天化のことだから、勝手に出かけている可能性もあるが……。
ま、いいか。
こういう時くらい、肩の力を抜いてもいいだろう。
太公望の福気、小上昇。
*
午後になって、天化の姿を見かけた。
木咤と連れ立って、どこかに行くところだった。
意外な組み合わせだ。西岐軍でも一、ニの剣の使い手という共通点はあるが、今まで話しているところも滅多に見たことがなかったのに。
横から、もう一人加わった。金咤だ。
両脇にそっくりな美形兄弟を並べて、ちょっと両手に花状態。
天化でもあんな顔をすることがあるんだ。
穏やかに話している様子は、自分は見たことが無い。多分無い。絶対無い。
ちょっとだけ、むっとしていると、
「天化の奴、太公望さんに飽きて、今度は木咤と金咤に手を出そうってのかしら。まったく節操ないんだから!」
いきなり隣に現われた嬋玉が、幼馴染の姿を見て悪態をつく。
「あの、せ……嬋玉?」
飽きるってどういう意味?
どうも、前々から何か誤解があるような気がするのだが……。
「まぁいいわ。お邪魔虫が一人減ったわけよね!」
「これで一対一よね、お・ば・さ・ん」
「なんですってぇ、このぉ!」
最終戦争が勃発しそうな雰囲気に、太公望はそーっと足を忍ばせて、その場を離れた。
太公望の福気、小下降。
**
天化の怒鳴り声を聞かなくなってから三日になる。
こうも静か過ぎるとかえって落ち着かない。
二十人程度の本陣で、顔すらあわせないというのは難しい。意識して避けているのでない限り。
怒られるのは、期待されているから。
そう言ったのは、楊任だったか。
ということは……もしかして、とうとう見捨てられた?
今までの戦場で、愛想を尽かされる心当たりが山ほどあるだけに……。
追い討ちをかけるように、また天化が、木咤、金咤と連れ立って出かけていくのを見てしまった。しかも、今度は天祥まで連れて。
太公望の福気大下降……。
****
その日は、久しぶりの戦闘となった。
いつもなら、太公望は敵の中に突っ込んでいってしまう天化を追って、そのフォローをするべく前線にいるのだが……。
なんとなく近寄りがたい気がしてためらっているうちに、後衛の仲間たちと、前線で戦う仲間の丁度中間という非常に中途半端な位置になってしまった。
これでは、敵への攻撃も届かないし、仲間への援護の術も届かない。
これはいけないと自分を叱咤し、あわててどちらかに駆けつけようと思った時、いきなり、背後に敵が現われた。
鈍く光る剣を持っている。
その構えは、鷲鷹乱舞剣。
まずい、まともに食らう!
打神鞭を構えたものの、その遠距離攻撃は防げない。
一撃食らうことを覚悟した時、敵の真上で光がはじけた。
雷のような衝撃が、敵兵を叩きのめす。
その光には見覚えがある。
木咤、金咤兄弟の特技、連理光。
しかし、それを使ったのは……最前線にいた天化と、後衛にいた天祥だった。
「今のは連理光? どうして天化と天祥が……」
驚いていると、天祥が駆けつけてきた。
「太公望さん、大丈夫ですか? ――兄上、うまくいきましたね!」
「お前がよく練習したからだ、天祥。たいしたもんだぜ」
「僕、もっともっと練習して、木咤さんや金咤さんと同じくらい使えるようになりますから!」
「すぐに追いつけるさ。俺の弟だからな。まぁ、お前の場合、弓の方が強力だから、あくまで補助ということでいいだろう。どうだ、立派な特技だろうが。……借り物だがな」
「はい!」
「さてと――このバカ、何をぼさっとしてやがった!?」
いきなり矛先が太公望に向いた。
聞きなれた怒鳴り声。
身がすくむような大喝だったが……久しぶりだと、なんだか懐かしい。
「そっかあ、金咤と木咤に連理光を習ってたんだ……」
嫌われたわけではなかったのだ。
なんだか急にほっとして、つい笑顔になってしまう。
案の定、またそのことで怒鳴られる。
身を縮めながらも、なかなか神妙な顔に戻れずにいると、直にあきらめたのか天化は肩をすくめてしまった。
いつもと変わらない姿を見ながら、太公望の福気、本日は中の上――。
END
なついてますね、太公望(笑)。
戦闘中だというのに、なんと呑気な……。
この話は、次に書く「連理光」と完全に対になってます。
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