「秋祭り」
「ずるい!」
こっそり出て行こうとしたところを見つかって、怒られるとばかり思ったのに、第一声はこれだった。
「一人でそんな格好して、お祭り行こうだなんてっ、ずーるーいー!」
ガキか、こいつは。
ふくれて文句を言い続ける相手に、天化は額を押さえる。
これが同い年とは未だに信じられない。
「一人じゃねーよ、俺はつきそいだ。ガキ共が、どーしてもっつーから……」
その時、天幕にどどっと駆け込んできた者たちがいた。
「てんかちゃん、まだー?」
「兄上、早く……」
「何もたもたして……」
浴衣姿の少年たち。彼らは太公望の姿を見て一瞬絶句し、笑い出した。
「ぎゃはは、とろくせー! 俺たちには見つからないようにって言っといて、自分が捕まってやんの!」
「兄上、見つかっちゃったんですか」
「おにーちゃんもいっしょにいくのだ?」
「那咤、天祥、雷ちゃん……君たちまで」
「「まで」じゃなくて、こいつら「が」行くんだ。俺は保護者だ」
自分が遊びに行くのではないと、こだわってみる天化。
「てんかちゃんがね、よういしてくれたんだよー」
雷震子が、嬉しそうにくるんと回ってみせる。
ちょっと古びた「普通」の服を着て、那咤と天祥も、照れくさそうな顔をしながらも嬉しそうだ。
皆、西岐軍でもトップクラスの実力を持つ者たちなのに、こうして見ると、町で遊んでいる子供たちとあまり変わらない。
少し考えて、太公望がちらりと天化を見た。
「――僕も行きたい」
言うと思った。
だが。
「残念だったな、服はこれしか用意してないんだ。……いくら、よそ者の多い祭りとは言っても、その姿じゃまずいだろ。だから、お前は留・守・番」
「えーっ」
ふくれかえる太公望と、ニヤニヤしている天化を見比べて、雷震子が不思議そうに言った。
「てんかちゃん、ふく、もうひとりぶん、あったよね?」
「雷震子、あれはなぁ……」
「あるの?」
「あるにはあるが……村の奴がどう気を利かせたんだか、コレだ」
女物の、可愛い花柄の入った浴衣。
「う……」
「お前がこれ着てもいいってんなら、かまわないけどな。どうする?」
がっくりと肩を落としたのをあきらめたと判断し、冷たく言い放つ。
「おとなしく留守番してろ」
「――行く」
「いっ?」
「着替えてくる。ちょっと待ってて」
天化の手から浴衣を奪い取り、太公望は奥のついたての向こうに隠れた。
ばさばさと、慣れない服と格闘している様子が音で分かる。
そんなに遊びに行きたかったのか?
「……あいつ、相当ストレスたまってんなぁ……」
人数の増えた西岐軍。戦いのない日も、そのメンバーたちの行動に一喜一憂して。そういえば、先日も誰かさんの作った食事の騒ぎで疲れ果てていた……。
あきれるのが半分、気の毒に思うのが半分。
その横で、少年たちが、わくわくしながら太公望の戻ってくるのを待っていた。
*
「おにーちゃん、きれいなのだー♪」
本陣を抜け出して、何度目か雷震子が言った。
髪を下ろしただけで、見事に村娘に化けた太公望に、雷震子は大喜びである。
二十歳過ぎた男が、こんな格好して似合うってのもなんだかな。
普通は女の服を着た男なんて見れたものではないのだが。
太公望は、仙界でも上の方で過ごしていたせいか、人間くささが少ない。多分、人並み外れて整った容姿だけでなく、そのまとった清浄な空気が、見る者に「綺麗」と感じさせるのだろう。
祭り囃子が聞こえ始めた辺りで、天化はうずうずしている少年たちを集めた。
「天祥にはこれだ。この中で、人界のやり方を分かってるのはお前だけだ。しっかりな」
「お金ですね。兄上、ありがとうございます」
貝銭の入った袋を渡されて、天祥がにこりと笑う。
「もう一回だけ言うぞ。飛ぶな、暴れるな、食いすぎるな。以上!」
「分かってら! 宝貝は置いてきたからな!」
「らいちゃんねー、きょうははねがでないからとべないのだ」
「よーし、行ってこい。月が真上に来る前に、ここに集合」
「おー!」
「わーい」
「行って来ます」
あっという間に、少年たちの姿は人ごみに紛れた。
「意外といいお兄さんしてるね、天化」
「まぁ、弟が多かったからな、慣れてると言えば慣れてるし。それにしても、ガキってのは元気だな。……俺たちも一回りするか。お前ははぐれるんじゃないぞ。その格好で一人でいたら、間違いなく酔っ払いのカモだ」
「カモ?」
「……いいから離れるな」
「うん」
久しぶりに本陣を離れて、太公望は機嫌がいい。
素直に、天化の袖をつかんで歩き出す。
珍しそうに夜店のカメをつついていた那咤が、ふと振り返って呟いた。
「あの二人も分っかんねぇよなー。戦場じゃ、天化が一方的に怒鳴ってるだろ。仲悪いんじゃないのかよ」
「兄上は、太公望さんのこと嫌ってなんかいないよ。……心配だから怒るんだ」
「そういうもんかねぇ」
「おにーちゃん、てんかちゃんのおよめさんになるのだ?」
「……それはないだろ」
「ないよね」
だが、寄り添って仲むつまじく歩いている様子はどう見ても。
那咤と天祥は顔を見合わせて、雷震子にどう説明したものかとため息をついた。
**
そろそろ月の示す約束の時間。
「兄さん、兄さん、これどうだい。天青石だ、何でも願いがかなうよ。武勇も名声も思いのままだ!」
「そりゃ豪勢だな」
夜店の売り手の威勢のよい声に、天化が苦笑する。
並べられているのは、装飾用に加工する前の原石だった。
透き通った青白い石。月明かりに光って見える。
「天青石じゃなくて、本当は蛍石だな。そんなに値打ちモンじゃあないが」
「でも綺麗だね」
「嬋玉か公主にでも買って帰るか?」
「……天化って、嬋玉のこと苦手なくせに、絶対にこういう時には忘れないよね」
「後でうるさいのが嫌なんだよ」
ぼそぼそと話しているのを脈有りと見たか、店主が手元の箱から別のものを出す。
「お嬢さんにはこれだ。蛋白石。彼氏をもっと魅了できるぜ」
「は……?」
店主の誤解と、太公望の当惑した顔の両方にウケて、天化が笑う。
「いいんじゃねーか? 幻惑術の効果がアップしそうだ」
ふくれた太公望は、どれを選ぶというわけでもなく、並んだ石を転がしてみる。
その手元に、店主が青い石を差し出した。
「瑠璃なんかはどうだい? 未来が分かるようになるよ」
その言葉に、傍目から分かるほど、太公望の顔が蒼ざめた。
いきなり立ち上がり、その場から駆け出していってしまう。
「な、なにか悪いことを言っちまったかね?」
「いや、なんでもない。……それ、一つもらうよ」
天化が指差したのは、無色透明の氷長石。
「まったく、あいつは気にしすぎなんだよ……」
受け取った石を月にかざして、天化はため息をついた。
***
「あれー、てんかちゃんはー?」
「お、大将、一人かよ。ケンカでもしたか?」
「兄と、はぐれたんですか?」
気が付くと、約束の場所に来ていた。
先に戻っていた天祥たちが、元気のない様子の太公望の元に駆けつける。
うん、まぁ、とごまかして、路傍の石に腰掛ける。
自分でも、過敏になりすぎていると分かっていた。
あの石が見せる予知夢程度の未来に比べたら、自分が占った方がよほど正確だ。
けれど、未来など知りたくない。自分の周りの人々がどうなるか、知るのは怖い。
(あ……天化、置いてきちゃった。怒ってるかな)
ようやく思い出して、また落ち込む。
がっくりと肩を落としていると、最後の一人が戻ってきた。
「お前ら、早かったな」
「ほとんど全部見て回ったぜ! 祭りって面白いな! 参加できないのが残念だったけどよっ」
「那咤が力自慢とかに出たら、ダントツだもんね」
「たくさん、おいしかった……でも、そろそろ、ねむい……のだ」
雷震子の大あくび。子供に夜更かしは辛い。
「おいこら、まだ寝るな……って、もうつぶれちまったか。背負っていくしかないな。おい、太公望」
「は、はい?」
「これはお前に」
「?」
渡されたのは、月明かりに煌く小さな石。
「安眠剤代わりだ。暗示にかかりやすいお前なら、夢も見ないで眠れるだろうよ。……あんまり気にするな」
「しっかりしろよ、大将! オレがいるじゃねーか」
「僕たち、もっとがんばりますから」
何かを感じ取ったのか、那咤と天祥も、太公望を取り囲んで元気付ける。
優しい人たち。
この笑顔を一つも失いたくない。
今は、彼らの未来が、よいものであるように祈るだけ。
「また来ような!」
那咤が叫ぶ。
「今度はもっと大勢でね」
天祥が微笑む。
来年もこの国の祭りが開かれるかどうかは、自分たちの働き次第。
遠くで、ひときわ大きな歓声が上がった。
火薬の弾ける音が、祭りの終わりを告げる――。
END
Mさんの、残暑見舞いを拝見して書きました。
だから、ししょー、髪下ろしてます。
まだ戦禍が広がっていない、西岐に近い町の豊穣祭ってところですね。
天化は、天祥にねだられてつきあったみたいです。
こういう裏交渉、得意そう(笑)。
人ごみは苦手なんですけど、祭りのあの雑多な雰囲気は結構好きです。
イカ焼き、ワタアメ、お好み焼き♪
はっ、食べ物ばっかり……。
天青石はセレスタイト。
蛍石はフローライト。
蛋白石はオパール。
瑠璃はラピスラズリ。
氷長石はアデュラリア。(ムーンストーンに近い)。
石の日本名は綺麗なものが多くて大好き。
パワーストーンとしての効果(笑)は、作中で出てきた通りです。
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