狐の嫁入り

「どうした、チビ助」
すすきが広がる野原の真中で泣いている子供を見つけ、天化は声をかけた。
天祥よりも、もう少し幼いくらい。大きな目の、可愛い少年だった。
「大事なもの……なくしたですぅ」
「形は? 大きさは?」
「これくらいで」
軽く手を広げて見せる。大人の掌くらいの大きさか。
「ふむ」
「棒みたいで、花がついてて、シャラシャラするの」
「……あ?」
全然分からない。
「えーと、どこら辺で落としたって?」
「……ここのどこかでするぅ」
見渡す限りの野原を示す。
――広すぎる。
「見つからないと、姉様、お嫁にいけないですぅ」
「おいおい、そんなに大事なもんなのかよ」
「ふええええん」
再び泣き出してしまう少年。
「泣くなよ。ちょっと考えてみるから……」
腕組みして、野原を見渡す。しかし、ちょっとこれは――。
「天化、どうしたんだい?」
軽い足取りで現れたのは、太公望。
泣いている子供と天化を見比べて、大体状況をつかんだのか、優しい笑顔になる。
「ちょっとな、探し物を……」
「どの辺り?」
天化が視界の端から端までを指したので、さすがに困った顔。
「これはまた広いね」
落としたものの特徴を、あきらめ半分で天化が繰り返すと、太公望は首をかしげて少年に話しかけた。
「探し物は、金属なのかい?」
「銀だったと思いまする」
「……金気のものなら、僕と天化の「気」で「挟める」んじゃないかな」
「そううまくいくかね」
「でも、この広さを探して回るわけにもいかないだろう?」
「……確かに。試してみるか。おい、チビ助。心当たりの一番端はどこだ?」
「ここから、あのワレモコウの辺りでする」
少年に手を引かれ、天化はワレモコウの花の群生している辺りに着く。
太公望の場所まで、三十丈(約100メートル)というところか。
太公望が目を閉じて、手を広げたのが見えた。
「火」は「金」を溶かし、「金」は「木」を傷つける。
「火」と「木」に挟まれれば、「金」はどちらかに反応するはずだった。
……両方の力がうまく重なれば。
(天と地とすべての理において)
恐らく、あちらで唱えているのと同じ、お定まりの言葉を天化も心の内で呟く。
(あめつちの間に流れる気よ、我の力に応えよ)
五行の属性で、相反するものではない互いの気はぶつからず、交わりもせず。
だがある場所で、その両方を弾くような気配があった。
「――見つけた、その木の根元!」
太公望が示した場所に、少年が転がるように駆けつける。
「ありました、これです、これです、姉様の!」
拾い上げたのは、小さな細長い箱だった。
取り出したのは、見事な細工の髪飾り。
「簪(かんざし)……か、なるほどな」
棒のようで、金属で、シャラシャラ。花の飾りもついている。
「見つかってよかったね」
「はい! ……あ、母様!」
元気良く答えた少年が、いつの間にか木の後ろから現れた女性のそばに走り寄った。
きつい目元だが、艶やかな衣装の、美しい女性だった。
「うちの坊が、お世話になりましたようで……」
「すげぇ美人……いてっ」
天化が思わず呟くと、太公望に思いきり腕をつねられた。
「なんで怒るんだよ」
「そんな俗っぽいことを言うからだよ」
「いいじゃねぇか、これくらい……」
「君は道士という自覚が……」
ぼそぼそ話しているのを、華やかな美女は口元を押さえて楽しげに眺めている。
そして、優雅に二人に向けて礼をした。
「ありがとうございます、これで姫様は無事に御方の元へ輿入れすることができます。……何かお礼を差し上げたいと思いますが」
「俺は何もいらねぇよ。、別にたいしたことはしてない。――お前は?」
「僕も、何も。探し物が見つかって、よかったですね」
「まぁ、人にしては欲の無いこと……。それでは、お二方、のちほど西の空をご覧くださいませ。大業が成就されますことを祈っておりますわ。……さ、坊、行きますよ」
「はい、母様。――兄様方、本当にありがとうございました。またいつか、お礼に伺いまする」
「いいから、気にするなって。――それよりチビ助、今度会うときには、尻尾は隠せるようになってろよ」
「え? あ! きゃああっ」
お尻のあたりからふわりと広がっている金茶の尻尾に気がついて、少年が悲鳴を上げた。その様子に太公望が声をあげて笑う。
女性は軽く二人に頭を下げて。少年はお尻を押さえて真っ赤になって。
二人の姿は空気に溶けるように消えた。
「狐だったね」
「ああ。もののけも、ガキはガキだな。慌てて耳まで出てたぜ。……お、降ってきやがった」
霧のような雨が視界を煙らせる。
太陽は、変わらず天空で輝いているのに。
野原全体が淡いベールを被ったようで、ひどく幻想的な光景だった。
……大きな木の下にいるので、幸い雨はほとんどかからない。
しばらくこのまま雨宿りだ。
「日が差しているのに雨だなんて、珍しい」
「道具がそろったんで、輿入れが始まったんだろ」
「え?」
「天気雨と言えば、狐の嫁入りってのが定番だ。……本当だとは知らなかったがな」
「ああ、そういえば」
太陽が見えているのに、雨が降る日は、狐が嫁入りの儀式をしているのだという。
一体誰が言い出したのだろうと思っていたが。
遥か遠くから、シャン、シャンという鈴の音と、大勢の笑い声、狐のケーンと高い鳴き声が聞こえてくる。
時間がたつのも忘れてしまいそうな、俗界の出来事とは思えない不思議な情景。
「ところで天化、さっき僕が来たとき、なんだか嫌そうな顔したよね。なんかまずかった?」
「いや、別に……ただ、あいつを助けるのを、お前が嫌がるかと思って」
「何故僕が? 困っているのを助けるは当たり前だろう?」
「つまりその、あいつはあんなだが、妖魔の一歩手前なわけで……」
「ああ、そんなこと」
くす、と太公望が笑う。
「やだな、僕だって、彼らが悪いものではないことぐらい分かってるよ。彼らは妲己とは違う。自然と共に生き、人との共存の道を選んだ者たちだ。……彼らの方がこの地の住人なのに、優しいよね」
ふいに、その表情が曇る。
「妲己たちも……元は、人間に追われた動物だったんだろう。棲家を追われ、仲間を殺されて……本当は、恨まれても仕方が無いのかもしれない」
「だが妖魔は、人間を食うことを覚えた。そして、遊び半分に嬲(なぶ)ることもな。だから俺たちは抵抗する。それだけのことだ」
天化が言い放つと、太公望はちょっと驚いたような顔をし、微笑んだ。
「ありがとう」
「あ?」
「いつも、天化は僕が迷ったときに、答えをくれるから」
「俺なりの答えだ。間違ってるかもしれない」
「いいんだよ、それで。あとは自分で考えるから」
だから、ありがとう。
一軍の大将とは思えない無邪気な笑顔で言う太公望に、天化はぷい、と背を向ける。正面から礼を言われるのは慣れてない。
「それに、彼女は「僕たちの大業」と言っていた。彼らもこの人界で起こっている事を知っているんだろうね」
「争いを好む奴ばかりじゃないってことだな」
「願わくば、この戦いの後が、彼らと共存できる世界であるように……」
霧雨は、野原全体をしっとりと湿らせて、そろそろ止み始めていた。
変わらずに輝いている陽光に、葉に宿った雫が光り、野原全体がきらきらと輝いて見える。
「そういえば、さっきの美人が言っていたのはなんだ? ……なるほど、あれか」
西の空に目をやり、天化は隣を呼んだ。
「見てみろ」
「――虹だ。すごい」
雨上がりの空を彩る、鮮やかな七色の橋。
どこか遠くで、儀式の終わりを告げる、甲高い声が響いた。


END


「狐の嫁入り」。
最近は言わなくなっているのでしょうか。
お天気雨の時につい私は言ってしまうのですけど、たまに、
「何それ?」と聞き返されることがあります。
確かに、都会には狐もいなければ、嫁入り行列さえも無いわけで。
(私も見たことはありません)
自然がなくなっている証拠のようで、
こういった気の利いた言葉まで消えてしまうのは寂しいですね。

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