「比翼の鳥」


在天願作比翼鳥 在地願為連理枝
(天にありては比翼の鳥のように、地にありては連理の枝のように)



黄家の屋敷には、戦乱で散っていた人々が武成王の帰還を慕って戻りつつある。
あまりに広く、寒々としていた屋敷も、ようやく賑やかさを取り戻していた。
諸国の見回りから戻った黄兄弟は、連れ戻った者のことで、しばらく女中たちの質問攻めにあった。
魅惑的な笑顔の美人だったので当然と言えば当然。
若様の意中の御方かと。
故あってあんな姿をしていたが、アレは男! 違う!
と言い続けてようやく騒ぎは収まったものの、まだ彼女たちは納得していないらしい。
「武人なら、衆道もたしたみの一つですわっ。若様にその気がないのでしたら、だんな様でも……」
「ちょっと待て、お前らっ」
「だって、あの方、奥様に似てらっしゃるんですもの! まるで、若様がおいでだった頃に戻ったみたいで……ずっと居て欲しいですわーっ」
天化が出奔する前からいる古株の女中が、力をこめて叫ぶ。
「……似てる? どこが?」
確かに母も黒髪だったが。もう少し、ぴしっとしたイメージがある(母の方が)。
「あの雰囲気ですわ。優しくて、しかも凛となさってて。……でもどこか、ちょっと抜けてらっしゃるところが」
「最後だけ認める」
「兄上、ひどい。……そうですね、太公望さん、母上に似てます。初めて会った時、すごく懐かしい感じがしたもの。兄上だって、なんだかんだ言いながら、太公望さんには逆らえないじゃないですか」
「いや、それとこれとは……」
「うん、僕もずっと居て欲しいです。ね、兄上っ」
「――奴の意思を尊重してやれよ」
何を言っても無駄そうだと悟った天化は、一応釘を刺すだけであきらめた。
女中たちと、天祥が何やら相談している。これは一波乱ありそうだ。
それにしても、何がそんなに似ているというのだろう。
嬋玉と白鶴に遊ばれた、青衣の麗人姿を思い出してみる。
確かに綺麗だとは思ったが。
自分にはやはり、未だにちょっと頼りない「大将」にしか見えない。
「それにしても、あいつ、似合ってやがったな。おふくろの着物でも着せたらどんなにか……」
「兄上――」
弟の震える声に、天化ははっと気がついた。
自分は母の死に目に立ち会っていない。しかし、天祥はその場にいただけではなく、自分をかばったために母が命を落としたという負い目がある。
思い出させるべきではなかった。泣いているのではないだろうか。
「天祥、すまん」
だが、振り返った天祥は、目をきらきら輝かせていた。
「やりましょう、それ!」
「へ?」
「母上の着物、まだ奥にしまってあったはずです!」
「お、おい? 天祥、お前、目がマジ……」
「皆さーん、手伝ってくださーい!!」
……嫌な予感がする。
天化はあわてて、太公望がいる離れに向かった。

*

「太公望! お前、どこかに逃げろ!」
お茶を飲んでのほほんとしていたところに、飛び込んできた天化にいきなり言われ、むせ返る太公望。
「な、何? まさか敵襲!?」
「敵といえば敵……いや、それよりやっかいかも……とにかく、急げ! 黄家の別宅……じゃすぐに見つかるか、いっそのこと洞府とか……」
「一体どうし――」
「兄上!」
続いて駆け込んできたのは天祥。無事な姿に太公望はほっとしたのだが、何故か天化が思い切り退いているように見える。
「て、天祥……」
「やだな、兄上は僕の味方でしょう?」
そういって、取り出した小さな矢をさくっと天化の二の腕に突き刺した。
「漠撃♪」
矢自体はおもちゃのようなものだったが、術はしっかり効いたらしい。
天化がその場で硬直する。
「天祥、お前〜っ」
可愛がっている弟に攻撃を食らうとは思ってもいなかった天化が、なんとか体の自由を取り戻そうとあがく。それが無理だと分かると、呆然としている太公望に叫ぶ。
「逃げろ!」
「え? 何がどうなってるんだ?? なんで天祥が天化を???」
こちらはこちらでパニック状態。そこに、にこにこしながら天祥が近寄る。
「太公望さん、ちょっとだけですから。ごめんなさい」
ぺこりと頭を下げ、太公望にもさくっと矢を刺す。
動けなくなったところに、少年は背後に呼びかけた。
「皆さーん、後、お願いしまーす!」
『はーい!』
十人くらいの女中衆が駆け込んできた。手には、着物やら帯やら、櫛やらかんざしやらを持っている。
彼女たちは一斉に太公望を取り囲み、奥の部屋に連れ去ってしまった。
「ちょっと、何するんですかっ、わーっ……」
ふすまの向こうから、悲鳴が聞こえる。
「天祥……お前って、目的のためなら手段選ばない奴だったんだな……」
誰に似たんだ?
天使のような笑顔の弟を見ながら、天化は気が付いた。
……母親だ。
間違いない。
親父をとっちめている時の笑顔がこんな感じだった。
血のつながりって怖ぇ。
自分も血縁であることをすっかり忘れて、天化は呆然と弟を眺めていた。

**

「お許しくださいね、今日だけですから、どうかおつきあいください」
まだ手足が痺れてまともに動けない太公望は、仕上げにかかっている女中頭らしい女性にようやく文句を言った。
「一体どういうことなんですか。ただのいたずらなら、いくら僕でも怒りますよ! それに、これ、すごく高価な物では……」
今、丁寧に着せられているのは、絽(薄地で軽く透かし織りになっている絹の着物)であった。上品な黒地に、美しい藤が描かれている。素人目にも、上等な品であると分かる。
「これは、奥様の形見ですわ」
「え……」
「天祥様はお寂しいのです。しっかりされておられるとは言え、まだお母様が恋しい年頃。ですから、私たちは、せめて姿だけでも……と――」
「え、あの、泣かないで……」
よよよ、と泣き崩れる女性に、太公望はうろたえる。人情に訴えられて、断れる性格ではない。
「わ、分かりましたっ、今日だけですよっ」
彼女が、袖で顔を押さえながら、してやったりと舌を出しているのにも気づかずに。
髪を結い上げられ、唇に紅までさされて。
「さ、できました! 完璧ですわ、奥様のお若い頃そっくり! これならだんな様も若様も陥落間違い無し!」
「は?」
「おほほほ、こちらの話ですわ。天祥様ーっ」
ばたばたと、女性陣は自分たちの「作品」を発表すべく、部屋から駆け出していった。
ふう、とため息をついていると、誰かに声をかけられた。
(あの……もし……)
(? どなたですか?)
声ならぬ声に、太公望はその主を探す。
目には見えないが、たしかに気配が傍らにある。
名乗ったその幽体に太公望は驚き……少し考えて、うなずいた。

***

「太公望さん――」
振り返った姿に、兄弟は絶句した。
母の服を着、同じ形に髪を結っているのだから、似て見えるのは当然。
だが、自分たちを見つめるこの目は。
(天化、天祥。本当に、立派になって……)
声としては聞こえない声は、確かに亡き母のものだった。
「母上ーっ」
天祥がしがみついて泣きじゃくる。
「本物――なのか」
魂魄が、家族を懐かしんで家に留まることはさして不思議ではない。心残りのある死に方をした人間ならなおのこと。
驚いたのは、本人の気配すら感じられぬほど、幽体が完全に憑依しているということだった。
本人が自ら身体の所有を許しているだけでなく、よほど相性がよくなければこうはいかない。やはり、二人はどこか似ているのだろうか。
出奔して以来会うことの無かった母と再会できて嬉しくないはずはない。だが、その身体を貸している本人のことが気になって、天化は素直に喜べずにいた。
幽鬼は、生者の命を縮める。
(天化、安心なさい。すぐに行きますから。――大事な方なのね)
気づいた母が、にこりと笑った。太公望の顔で。……どうも調子が狂う。
「まぁ、こんなんでも俺たちの大将だったわけだし……」
(尽くして良しと言える相手に巡り合えるのは、人生で最良のことよ。大切になさい)
誰かに、同じことを言われたような気がする。
天化が思い出す前に、荒々しい足音と共に、精悍な声が響いた。
「一体、何の騒ぎだ、これは? 太公望殿が来られていると聞いたのだが……」
入ってきたのは、一家の主、黄飛虎。
その目が、天祥を抱きしめていた麗人に留まる。
(あなた)
「まさか……お前なのか?」
何者を相手にしても一歩も退かぬ武人が、よろめくように近づいた。恐る恐るその頬に触れ、実体であることを確かめる。
大きな腕が、細い身体を抱きすくめた。
「すまぬ……わしは……お前たちを護れなかった――」
(いいえ、あれが私の天命だったのです。何もお気に病まないでくださいませ。今あなたが、こうして息子たちと新しい国におられることを、私は喜んでおります)
夫を前に、艶やかに微笑む。
見ようによっては、非常にいい場面なのだが。
今にも接吻でもしそうな雰囲気に、兄弟はひやひやしていた。
中身は母親でも、身体は太公望なのだ。
(クソ親父っ、あんまり触るんじゃねぇよっ)
それ以上何かしたら、朱雀剣食らわせてやる。
天化がそう決心して剣に手をかけた時(その横では、天祥が棒を構えている)、太公望、いや、母がつい、と飛虎から離れた。
(私はもう行かなくては。お会いできて嬉しかったです)
「待ってくれ! わしは……」
(私はもう冥界の住人。こうして会うことも本当は許されないことでしたのに、この方がお優しいのにつけこんで、わがままをかなえていただきました。これ以上居ては、この方の身体に負担がかかってしまいますわ。ですから、お別れです。あなた……)
「お前……」
(浮気したら許しませんわよ)
にっこり。
「う……。も、もちろんだ。わしの比翼の鳥はそなただけだ。――永遠に」
(嬉しいですわ、あなた。――天祥、天化、二人共元気で。お父上をよく助けてあげておくれ)
「母上……」
天祥は涙ながらに、天化は拱手をして、母がその場から去るのを見送った。
幽体の抜けた身体がその場に倒れそうになるのを、飛虎があわてて支える。
はっと気が付いて目を見開くのに、彼はその肩をがし、とつかんで叫んだ。
「そなた! 是非、わしの後添いに!」
「は?」
比翼の鳥は母だけと言っていなかったか?
あまりに早い変わり身に、兄弟がコケる。(それ以前の問題なのだが)
当然、言われた方は何がなんだか分からず、目を白黒させている。
「舌の根も乾かないうちにそれかよ、クソ親父!」
容赦なく蹴り飛ばす天化。
「き、貴様っ、父親を足蹴にするとは何事だ!」
「そういう科白は、親父らしいことをしてから言いやがれ!」
いつもより、かなり派手な親子喧嘩。今日は、その乱闘に天祥も参加していた。
(本当に、黄一家って仲がいいなぁ)
太公望は、ちょっと的外れな感想を持ってにこにこと眺めていたが、急に眩暈を感じてその場に崩れた。

****

目を覚ますと、そこは自分に与えられた離れの一室だった。
窓から外を眺めていた天化が、気配に気づいて振り返る。
「気が付いたか。……ったく、無茶しやがって。悪意がなくても、鬼(クイ)を身体に入れたりしたら、生気を吸われるに決まってるだろうが」
「ごめん。分かってたけど……会えるものなら、会わせてあげたかったんだ。亡くなってもなお、皆のことをあんなに想ってるお母さんがいるのが、うらやましくて」
「――まぁ、その……ありがとう、な」
照れくさそうに礼を言う天化に、太公望は極上の笑みを返す。
それを見て、ようやく天化は、二人の似ている部分に気づいた。
自分を犠牲にしてでも他人を護り、それが叶えば何一つ後悔することなく笑顔を浮かべることができる。
この内に秘めた強さ。これだけの輝きは、そう転がっているものではない。
「天化は、比翼の鳥って見たことある?」
突然尋ねられて、面食らう。
「親父が言ってたヤツか? 見たことはないが……崑崙山の玄木に棲む一目一翼の鳥だろう。相手がいないと飛べないんだってな」
「僕は会ったことある。彼らは南方から来る時に、仙薬の材料になる丹沈を持ってくるから、分けてもらいに行ったんだ。本当に仲睦まじくて、互いを大切にしてる鳥だよ。支えあわないと飛べないけれど、それが彼らの喜びなんだと思う。夫人と飛虎殿は、本当に比翼の相手だったんだね。――僕にもそんな人が見つかるかな」
「お前はもう地仙レベルなんだから、普通の人間に比べたら寿命はずっと長いはずだ。ゆっくり探したらいいだろう」
「うん、でも僕トロいから。会っても気づかないかも……」
「自分で言うなよ、情けない」
小さく笑って、太公望は起き上がった。
「おい、無理するな」
「大丈夫」
隣に座って、月を見上げる。
冷えた光を投げかける天上の月。
「こんな夜には、比翼の鳥が飛んでいくのが見られるかもね」
「姫発殿が王になって世も安泰。……現われるかもな」
比翼の鳥は、王者に孝徳がある時に人界に姿を見せる瑞獣。紂王の治世では現われようがなかった。
闘いの中では、自分の比翼を探すことも夢見ることもできず。
でも、今なら。
(僕の比翼――天化がそうだといいのに)
(見つからなかったら、俺が支えてやるさ)
心の内での呟きは、互いに伝わることもなく。
冴え冴えとした銀の光の中に浮かんだ鳥が、ケン、と高く鳴いた。

END


「いたずらの報い」の直後の話になってます。ししょー、黄家に居候中。
いる間、毎日こんな騒ぎが続いているかも……。
やっぱり、ししょーは旅に出てしまいそうです(笑)。


雑学コーナー。今回は比翼の鳥。
白居易の「長恨歌」、で有名ですね。

在天願作比翼鳥 在地願為連理枝
(天にありては比翼の鳥のように、地にありては連理の枝のように)
「いつも一緒にいようねっ」ってことで、仲の良い男女の代名詞になってます。

『三才図会』によれば、一目一翼で互いに相手を得て、初めて飛ぶことができ、鳴き声から、その名をケン(鳥編に兼)と呼ぶそうです。姿は、一説には鴨。他説では鵲(かささぎ)。唐の玄宗皇帝と楊貴妃の七夕の話もからめるのなら、かささぎの方が似合いそうです。
一目一翼。想像してみるとちょっと怖い。しかも、一体どうやって飛ぶのやら。
私はどーも、息が合わなくて、急上昇、急降下を繰り返して、ケンカしている図を思い浮かべてしまいます。
うーん、ケンカするほど仲がいい?
ついでに、右翼が雄、左翼が雌とか決まってたら、同性同士じゃ飛べない(笑)。


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