「我吃看イ尓 弐」


仙界に来て数ヶ月。
師匠の情け容赦ない稽古に少々ばてぎみだった。
あれに比べれば、数日に一度の水行なんてたいしたことじゃない。
いつものように滝に打たれた後、砂地に師匠への愚痴を書きなぐってみる。
ちょっとだけ気が晴れた。
明日こそは、師匠に一矢報いてやる!

数日後。
同じ場所に来て、驚いた。
文字を書いた場所に、違う言葉が書かれていた。

辛苦了、哥哥、加油(お疲れ様。お兄さん、がんばって)

まさか、他にここに来ている奴がいたなんて。
しかも、愚痴を叱咤されるのではなく、励まされるとは。
……あきらかに新米とバレたはずなのに、こちらを哥(兄)と立てるからには、どこかの洞府の新しい弟子だろうか?

我ロ下(驚いた)

正直に一言書いて見る。
また、こいつが見るとは限らないが。

数日後。

対不起 別在意(すいません 気にしないで)

また文字が残されていた。
その答え方は妙に幼く見える。
入門したての童子かもしれない。
恐らく、自分と丁度すれ違う日に来ているのだろう。
水行に来る日は、自分の属性によって決まっている。
人界に置いてきた弟たちのことを思い出し、仙界に来て多分初めて、上機嫌で洞府へ戻った。

早上好(おはよう)

奴が来るのは、どうやら朝方らしいと見当をつけて、そう書いてみた。
まだ固い梨を置いておく。
師匠にひきずられて行った西方の山で取ってきたものだった。
子供ってのは、甘いものが好きなもんだ。

我喜歡果 謝謝(果物大好きです ありがとう)

そんなわずかな言葉だけのやりとりが数年続いた。
なんとなく分かったのは、相手の修行が術中心であること。
同じ位の時期に仙界に入ったこと。
そして、書かれる言葉は幼く見えたが、時々使われる文字や口調から、実は同い年くらいなんじゃないかということだった。
厳しい修行にくじけそうになるたび、何気ない励ましをくれるその存在が、どんなに力になっていたか。
相手は気づいていないだろうけど。

その日は青嵐となった。
風が砂を巻き上げ、雨が大地を叩く。
あいつの文字が消えてしまう。
この土砂降りの中、水行もなにもあったものじゃないが……。
同じ洞府の連中の驚く顔を後に残し、いつもの場所に行ってみる。
案の定、文字は雨に叩かれて消えかけていた。

我吃――

いつもと違う書き出し。
頼み事? 何かあったのだろうか。
一体なんと書かれていたのだろう。
迷った末に、残された文字に続けて書いてみる。

我吃――看イ尓(お前に会いたい)

なるべく深く書いたつもりだったが、嵐はひどくなる一方だった。
ようやく外に出られた日、いつもの場所には、何も書かれてなかった。
答えは、
看イ尓だったのか
不看イ尓だったのか
それとも、目に入らないうちに文字が消えてしまったのか。
そのことについての返答はなく、その後も他愛ないやりとりだけが続いた。

もう一度だけ、書いてみよう。
そう思った日。
師匠から、人界へ行けと指示を受けた。
一通りの剣技は教えた。これからは、実戦で腕を磨いて来い、と。
師匠に認めてもらえたのは、誇らしかった。自分の腕を試す機会を与えられたことも、嬉しかった。
だが、少しだけあいつのことが気になった。
一度だけでも会ってみたい。

我吃――

けれど、これから多分、何十年も仙界で修行を続けるであろう者と顔を合わせてなんになるだろう。
かえって、邪魔になるだけかもしれない。
少し迷い、文字を消して書き直す。

我去旅人界 再見(人界に行く また会おう)

名前さえも聞かなかったが。
縁があれば、どこかで会うこともあるだろう。
同じ崑崙道士。少なくとも敵としてじゃあるまい。

そう、いつの日か、きっと――。

END


我吃看イ尓の天化視線です。
天化、仙界に来ても、お兄さん気質が抜けてません。
最初、七、八歳くらいを想像してたんじゃ(笑)。

再会後、天化の方は、太公望が例のヤツ、と気づいてます。
というか、気づかない太公望の方が鈍い(^^;。
仙界に行った時、この滝へ行こうとした天化を、太公望は「ここは思い出のある場所だから入っちゃダメ」と必死に止めてたりして。
昔の自分に嫉妬するハメになる天化さん(笑)。

書き残した「再見」の意味の違いを楽しんでください。


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