「鳳鳴の調べ」

その日、天化は機嫌が悪かった。
確かに目が合ったはずなのに、太公望が露骨に視線を避けたのだ。
特に用事があったわけではないが、無視されると言うのは腹が立つ。
その直後、よりによって、楊センと連れ立って歩いているのを見てしまった。
同じ崑崙道士、西岐軍一、二を争うライバルと自負しているだけに……奴の方を選ばれたような気がした。
(あいつが誰といようと、俺には関係ねぇけどな)
負け惜しみのように、呟いてみる。
――天化の不機嫌度、ニ割増。

*

翌日も同様だった。ただし、今度は相手が弟の天祥だ。
こそこそ話していると思えば、天化を見た途端、二人してその場から逃げ出してしまった。
……一体、何をやっているのだか。

それからというものの、太公望が、楊センか天祥と一緒にいるのばかり目に付くようになった。
毎日二人を交互に天幕に引っぱり込んでいるようだ。
一週間近くこの状況が続いて、さすがにたまりかねた天化は弟を捕まえた。
「おい、天祥。太公望のところで、何をしてるんだ?」
「ごめんなさいっ、兄上には内緒なんですーっ」
手をうまく振りほどいて、走り去っていく天祥。
天化はあっけにとられて、見送ってしまった。
兄上「には」?
(俺だけ蚊帳の外かよ)
面白くない!
腹立ちまぎれに、洞府に修行に行く。
天化の不機嫌度、五割増。ついでに、攻撃力も倍増。
八つ当たりの対象になった仙人たちは、いい迷惑だったに違いない。

**

そんな日々が続いて一週間目。
「天化! ちょっと来てくれる?」
いきなり現れた太公望が、天化の腕をつかんで、ぐいぐいとひっぱっていく。
今まで散々無視していたくせに。
突き放してやろうかとも思ったが。
久しぶりに触れる手を振り払うのは、少しもったいないような気がした。
ためらっているうちに、そのまま大将の天幕に引きずりこまれる。
中には、楊センと天祥がいた。
天化が入ってきたのを見て、二人が拍手する。
「「誕生日、おめでとうございます!」」
「はぁ?」
突然何を言い出すやら。
面食らう天化に、太公望がそばに坐るよう手招く。
傍らに着座すると、太公望はきちんと正座して、深々と頭を下げた。
「僕は何も持っていないので……代わりに一曲聴いてください」
真面目な様子に、つられて天化も居住まいを正す。
太公望が手にしたのは胡琴だった。
六角の小さな琴筒で、琵琶に似た楽器だが弓で弾くのが異なる。西の民族から伝えられたものだ。
まだ少し慣れない様子で弓を構える。
流れ出した曲は、昔、母が弾いていたもの。
おせじにも上手いとは言えない、たどたどしい弾き方だが……。
音は、弾き手の心を映す。
懐かしい……優しい音色。
戦いの合間に、それだけ弾きこなせるようになるには一体どれだけ練習したのだろう。
しかも、同じ陣営にいる天化に聞かれないようにという努力は並大抵ではなかったはずだ。
曲を終えて、再びぺこりと頭を下げる。
「太公望さんね、兄上が好きな曲を教えてくれって。でも僕、よく分からなかったので……母上がよく弾いていた曲を」
こそっと天祥が耳打ちする。
「どうしても今日までに弾けるようになりたいと言うので、ばしばししごかせてもらいましたよ」
仙界の貴公子が、楽しそうに笑う。……確かに楊センなら楽器の扱いもお手のものだろう。
(――俺のために?)
太公望は、恐る恐るといった雰囲気で天化を見ている。
「ああ――俺の好きな曲だ」
「よかった」
不安そうだった顔が、ぱっと輝いた。
「もうちょっと練習した方がよさそうだけどな」
照れ隠しに、少しいじめてみる。案の定、太公望はちょっとふくれた。
その様子にくすくす笑って、楊センと天祥が座を立った。
「……あとは、あなたが教えてあげてください。それでは、私はこれで」
(あんなに一生懸命になってくれるなんて――うらやましいですね)
「兄上、あんまり厳しくしちゃだめですよ」
(内緒にしてて、ごめんなさい。びっくりさせたかったんです)
二人とも、天化にそっと告げてから天幕から出て行く。
二人が去るのを、きょとんと見送っていた太公望が、かなり遅れて反応した。
「ええっ、天化、胡琴弾けるのかい!?」
思いきり意外そうに言われて、苦笑する。
「……子供の頃に叩きこまれたから、基礎くらいは」
「じゃあ、余計な真似だったかな」
しゅんとする太公望。
「俺は「弾ける」だけで上手いわけじゃない。それに……」
自分のためにやってくれたことが、嬉しくないわけがない。
「え?」
「いや、……もう一回、弾いてくれるか」
その言葉に、太公望はほっとしたように再び弓を取る。
緊張が解けたのか、先ほどよりもずっと滑らかな音。
この調子で練習していけば、たいした楽師になるに違いない。
音楽はその人の性格に左右される。
仲間たちを魅了してやまない、その笑顔を見ているようだった。
多分こいつは、軍師などより、こういったことをしている方が似合ってる。
この戦いが終わったら、きっと……。
弾き終えた太公望に尋ねてみる。
「その曲、なんて言うか知ってるか?」
首をかしげる様子が笑いを誘う。
「『鳳鳴の調べ』。名手が弾くと、曲に惹かれて鳳凰が降りてくるそうだ」
「へぇ……僕のところにも、いつか来てくれるかな」
「その腕じゃ、当分、雀程度だろ」
「あ、ひどいっ」
太公望が、弓を振り上げて、叩いてやる、という素振りを見せる。
その手を捕らえて引き寄せ、耳元で囁いた。
「ありがとう、な」
珍しくまともに礼を言ったせいか、それとも、吐息が首筋にかかったせいか。
太公望は耳まで真っ赤になった。
その反応が面白くて、離れようとするのを、抱きすくめてみる。
一週間も無視してくれた分、これくらいいじめてもいいだろう。
――ところが。
「なぁに、べたべたしてんのよぉっ! ししょーから離れなさい、このスケベ!」
飛び込んできたのは、鳳凰ならぬ白鶴だった。
二人を、べりっと引き剥がす。
「天誅! 宝貝、四不像!」
「どわあああっ、陣中で、んなもん使うなーーーっ」

その日、大将の天幕は、修復不可能なまでに壊滅した。

END


えー、課題は『嫉妬気味な天化×太公望。他の奴と何かいい雰囲気になってるのが気に食わない』……と。ふむふむ。

というわけで、こんな話になりました(笑)。
今回、私的にはべた甘なんですが。
これでも足りないという方は、この後、つきっきりで教えてるところ想像してください(笑)。肩に手を回して、「持ち方はこう」とか。
……これじゃ、スケベなゴルフのコーチか……。(まぁ、ししょーが嫌がってなければOK)

毎度おなじみ豆知識:

胡弓の成立は11世紀くらい。弓で弾く楽器の元であるモンゴル風フィドル「胡琴」が中国に入ったのは 10世紀くらいですから、「封神」の頃は弓楽器はまだなかったと思います。
でも、胡弓のあの独特の響きが好きなので、琵琶ではなく、胡琴にしてみました。

「鳳鳴の調べ」は本当は簫(しょう)の曲です。『列仙伝』によれば春秋時代の秦の穆公(ぼくこう)の頃、簫史(しょうし)が簫を吹くと、「孔雀」「白鶴」、そして、「鳳凰」が舞い降りてきたそうです。

白鶴ですよ、白鶴!(笑)
もー、ネタに使わないでどーするって感じ(^^;


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