「砂糖黍の弓」


最近、太公望がため息をつくことが多くなってきた。
屋敷の回廊から、遠くを眺めて呟いた言葉が聞こえてしまった。
「そろそろ、潮時かなぁ……いつまでも世話になってるわけにもいかないし」
――出て行くつもりだ。
悟った天祥は、必死で頭を巡らせる。
絶対に止めなきゃ。
兄上だって、いて欲しいに決まってる。
……そうだ、兄上が強く引きとめてくれれば、きっとずっといてくれる。
幸い、うちの女中さんたちはなんだか(必要以上に)乗り気だし。
何が何でも。どんな手を使っても。

*

「太公望さんっ、僕、手相の見方、習ったんです。手を見せてもらえます?」
「え、天祥が見てくれるのかい?」
太公望は、色々勉強してくる天祥が可愛くて仕方がない。素直に手を差し出す。
さっそく手を取り、眺めるのは結婚線。
「……性別を問わず誰からも愛されるタイプ。玉の輿にのる場合もあるって」
太公望がくす、と笑う。
「それはすごいなぁ。でも、僕は道士だからあんまり関係ないよね」
そんなことない、この家にいれば! ばっちり玉の輿!
「――兄上は?」
何をしているのかと覗き込んできた兄の手をつかむ。
「手相だって? 何をいきなり、そんなこと――」
「いいじゃないですかー。ええと、短くて、複数だから……」
八方美人で大勢とうまくつきあうが、本命の相手には告げられず片思いに終わる――。
だ、だめだ……。
落ち込む天祥の背後で、太公望が天化の手を取っている。
占いは、太公望の十八番だった。
「頭脳線は僕たち似てるね。臨機応変で順応性があるタイプだよ」
「仙人になろうってんだ。そうでなきゃやってられないだろ」
「天化の生命線は…長く、大きなカーブ。いつも元気で行動力に優れる。ぴったりだね」
掌の線を指で辿ってみたりして、はたから見るとかなり、いい雰囲気。
残念ながら、がっくりしている天祥は見ていなかった。

***

天祥は、兄が太公望の部屋を訪ねるのをこっそり隠れて見ていた。
思った通り、部屋に置いておいたものを手にしている。
「なぁ、俺の部屋にこんなものがあったんだけどよ」
「あれ、天化も? 僕のところには、この花が」
互いに、部屋にあったものを見せ合う。
天化は花籃に摘まれた桑の実。
太公望は腕いっぱいの黄色いバラの花束。
「謎かけかなぁ」
「花言葉か?」
そうそう。
聞き耳立てている天祥が、うなずく。
話好きの女中たちに教えてもらった。
桑は『全てが好き』。
バラは『熱烈な恋』。
これで、二人が知っていれば、少しは……。
「確か、『黄色』のバラの花言葉は……」
太公望が、わざわざ色を言ったので、天祥はぎくりとした。
色で花言葉に違いなどあったのだろうか。
「「嫉妬」」
二人の声が重なった。
天祥がこける。
「桑の『実』の意味は……」
――えええっ、実と花で違うの!?
「「一緒に死のう」」
また二人の声が重なった。
天祥、再起不能。
「……なんか恨まれるようなことしたかな、僕」
「俺なんか心中希望だぜ。怖ぇ」
とは言いながら、二人共たいして気にしていない。
「ところで、茉莉花のお茶いただいたんだけど。飲む?」
「……せっかくだから、桑の実、食っちまうか」
「あはは、毒入ってたりして」
ぱたんと、部屋の扉が閉まる。
今回も、最終的には非常にいい雰囲気なのだが。
落ち込んでいる天祥は、まったく気が付かなかった。

***

「どうしてうまくいかないのかなぁ」
回廊から、夜空の星を眺めながらため息。
このままでは、近いうちに太公望は出て行ってしまう。
「天祥」
声をかけられて、半分涙ぐんだまま振り返る。
この兄が、はっきり「行くな」と言ってくれればきっと留まってくれるのに。
「一体この間から何やってるんだ?」
どうやら、色々仕掛けていたことには気づかれていたらしい。
「兄上ぇ」
恨みがましく睨み上げてみる。
「太公望さん、旅に出てしまいますよ! いいんですか!?」
「……あいつが決めたんなら、仕方ないだろう?」
意外なほどにあっさりと言ってのけるので、天祥は激昂した。
「仕方なくなんかないです! 兄上が止めてくれれば、きっと太公望さんだって……。兄上だって、いて欲しいでしょう? なんで何も言わないです!?」
その言葉に、天化は困ったように笑った。
「確かに、俺が言えば奴は残るだろうよ。あいつは頼まれると弱いからな。でもな、天祥」
目線を合わせて尋ねる。弟が幼いからと軽んじる気も、甘やかすつもりもない。
「野の鳥を籠に閉じ込めて、それを眺めて本当に満足か?」
天祥は言葉を失う。
「俺は他人に縛られたくない。だから、人も縛ろうとは思わない。――どうしてもいて欲しいなら、俺をアテにしないで、自分で言え。お前の言葉でな」
早く寝ろよ、と言って立ち去る姿を見送り、天祥はため息をついた。
やはり、兄は大人なのだ。
でも、そうだとしたら、大人って寂しい。
――天祥は、袖でこぼれた涙を拭いた。

***

「それじゃ、皆さん、お世話になりました」
深々と頭を下げる太公望。
旅支度と言っても、元々身一つでさまよう道士。いつもの道士服だけの、身軽な姿だった。
結局、止める言葉も思いつかないまま、ここまで来てしまった。
なんと言えば留まってくれるのか。ずっと考えていたのに。
「天祥も元気で……」
そう言われて、とうとう緊張の糸が切れた。
太公望にしがみついて叫ぶ。
「いやです、やっぱり行かないでください!」
「天祥? でも、これ以上、甘えているわけにも……」
「そんなことないです! 僕は、太公望さんにもっと色々教えて欲しいです!」
しっかり者の少年がすっかり平静さを失っていることに、太公望はうろたえる。
「でも、あの……」
ちらりと、その保護者――黄飛虎と、天化を見る。
コホン、と咳払いして、飛虎が答えた。
「太公望殿さえよろしければ、わしは一向に構わん。そなたがおられると、政務にも的確な助言をいただけるし。家人たちも、えらく気に入っておるようだし」
天化はちょっと意地悪くニヤリとする。
「うちは元々人数が多かったからな。一人増えたってたいして変わらん。お前さえ、嫌じゃなければ」
もう一度天祥を見下ろして、太公望は微笑んだ。
元々、目的のある旅ではない。もう少しくらい、延ばしてもいいか――。
「そう……それじゃ、もう少しいようかな」
「本当ですか!?」
「うん。――白鶴と嬋玉が追いつくまで……」
太公望が、そう言いかけた時。
遠くから、非常に聞きなれた声が聞こえたような気がした。
さーっと蒼ざめた太公望が、今までの会話のことも忘れ、わたわたと頭を下げる。
「黄飛虎殿、お世話になりました! 天祥、身体に気をつけてね! 天化、元気で……それじゃっ」
「ああっ、太公望さんっ!?」
走り出していく太公望の後を、賑やかな声が追いかけていく。
「ししょー、やっと見つけたーっ」
「太公望さん、待ちなさいーっ」
呆然と見送る、黄一家。
豆台風が行き過ぎた後、期待した分、余計にうちのめされた天祥が、がっくりと膝をついていた。


翌日。
黄家の屋敷の大門には、大きなわら人形が二体、恨みのこもった釘で打ち抜かれていた。

END



天祥の努力も、天化の思いも、誰かさんたちの勢いにはまったく敵わなかったようで……。
スミマセン(笑)。

砂糖黍の弓というのは、インドの愛の神カーマの持つ愛の弓矢です。
キューピッド同様、その矢で射られたものは、相手に恋焦がれるようになるそうで。
砂糖黍の弓には蜜蜂(が一列に並んだ)の弦が張られ、火の矢の先端には花という徹底ぶり。
キューピッドの金の矢よりすごそうです。
今回、天祥がキューピッド役で走り回っているので、このタイトルにしました。
(弓矢使いですもん、ばっちり)
でも、全部裏目に出てて可哀想です(^^;

ちなみに、花言葉は次の通り。(やっかいなことに、他にも諸説あります)
うるさい人に送るときには色にも気をつけましょう(笑)。
私は黄色いバラ、好きなんですけどね。

バラ 愛・美
  ピンク……一時の感銘
  赤……愛情・情熱・熱烈な恋
  赤(蕾)……純粋と愛らしさ
  黄……愛情の薄らぎ・嫉妬
  白……私はあなたにふさわしい・純潔・尊敬
  赤白班入……満足・戦い
  薔薇の蕾……恋の告白
  一重咲き……淡白
  
クワ  果実・・・共に死のう
    白実・・・知恵
    花・・・彼女の全てが好き


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