「眠り猫」
天化が連れてきた真っ白な毛並みの子猫。
愛らしいその姿で、たちまち西岐軍のアイドルの座を占めた。
誰にでも愛想がよく、人懐こいその様子に、誰もが頬を緩める。
ところが、ただ一人だけ、子猫が懐かない相手がいた。
パシッと猫パンチをくらって、太公望はびくっと手をひっこめた。
爪は出ていないのでケガはしていないが……思い切り「キライ!」という意思を込めた一撃は結構痛い。
自分は動物に好かれる方……と思っていただけに、子猫の拒否反応には戸惑うばかりだった。
嫌われるようなことをした覚えなどないのに。
「どうして僕だけなのかな」
肩を落とす太公望に、天祥が笑う。
「動物って鋭いって言うじゃありませんか。あの子、兄上が大好きだから、警戒してるんじゃありません?」
「あの猫が天化のことが好きなのは分かるけど。なんで僕を警戒するんだい?」
きょとんと首を傾げるのに、天祥はため息をつく。だめだ、全然分かってない。
「……太公望さんがそれじゃ、猫も張り合いないですね。でもそんなんじゃダメです! 負けちゃいますよ!」
「え、負けるって猫に? どういう意味――」
天祥にぐいぐいとひっぱられて、ついたところは天化のいる天幕。
「じゃ、がんばってください! 猫なんかに負けちゃダメ!」
「はぁ……?」
尋ね返す暇もなく、天祥はぱたぱたと走り去ってしまった。
はて、一体どういう意味なのか、よく分からない。
仕方がない、せっかくだから飼い主と話して、少し歩み寄りを試みてみるか。
「天化、入っていい?」
「どうした?」
なんだか会うのが久しぶりな気がする。最近、天化は子猫にかかりきりで、あまり本陣に姿を見せなかったから。
「別に用ってわけじゃないんだけど……」
しかしそこに、狙ったように飛び込んできた子猫が割り込んだ。
太公望を押しのけるようにして、天化の足元にすり寄る。
太公望はさすがにちょっとむっとした。
天化も天化だ。
人間がそんなことをすれば、きっと厳しく叱るはずなのに。
鳴き続ける子猫を、怒りもせずに手を差し伸べて、ひょいと抱き上げる。
「なんだ?」
静かに言って、肩に乗せる。
喉をくすぐられた子猫が、媚びるように喉を鳴らす。
(天化って猫相手にはあんな顔するんだ)
まるで恋人でも相手にしているかのような。
触れている様子がまるで口付けでもしているみたいで、どきりとする。
その時、子猫が天化の頬に鼻先をすり寄せながら、ちらりとこちらを見た。
猫特有の妙に色っぽい顔でニッ、と笑ったような気がした。
(こ、この猫、もしかして……わざとかっ――!?)
一人だけ嫌われる自分。
鈍い太公望も、ようやく自分がライバル視されていることに気づく。
うろたえるよりも何よりも。
奇妙な対抗意識が跳ね上がる。
こんな子猫(チビ)に負けられない。
その日から、猫と太公望の低レベルな争いが始まった。
朝、目を覚ますと、枕元に虫が山積みになっているのはこてしらべ。
太公望が猫が走り抜けそうなところに油を塗れば、お茶を飲んでいる横で思い切り毛づくろい。
またたびを投げて小部屋に閉じ込めれば、書類の上で爪とぎ。
肝心の天化はと言えば、このところ妙に上の空で、自分を境に勃発している戦闘にまだ気づいていないらしい。
陣内のあきれた視線にも関わらず、子供じみた戦いは時を経るごとに激化していた。
**
「ねぇ、猫(マオル)」
「ふにゃ」
数日の間、そんなことを繰り返していた一人と一匹は、疲れ果ててスタート地点……天化の天幕に戻っていた。
ぐったりした白猫を膝に抱え、ぼそぼそと話しかける。
はたから見ると、猫に頬を寄せて、可愛がっている図。
一見仲直りしたように見えるが、奇妙な緊張感が漂っている。
「言っとくけど、知り合ったのは僕の方が先なんだからね」
「にゃっ」
「後から来て、独り占めはよくない」
「にゃあーっ」
指をつきつけられて、子猫は生意気に毛を逆立てて見せる。
「でも、このままじゃ、どっちも天化といる時間がないじゃないか。だから、協定結ぼう」
「にゃ?」
「お互いの邪魔はしないってコト」
「にゃ……」
「これでも随分譲歩してるんだよ。お前の方が一緒にいる時間は多いんだからね」
まぁ、子猫のうちだけだろうけど。
という期待は心の中に隠して。
子猫はしばらく悩んでから、確かにうなずいた。
「――みゃおう」
「よし、約束」
「みゃ」
久しぶりに太公望は笑顔になった。
「よかった。僕はもう疲れちゃったよ……」
「うにゃ……にゃ――」
こそこそと何か話していたようだが、果たして言葉が通じているのだろうか。
剣の手入れをしていた天化は、後ろが静かになったので、振り返った。
そこには、眠り猫が二匹、仲良く寄り添って熟睡していた。
END
猫と太公望が、嬋玉と白鶴状態になってしまいました(^^;
ししょーは、ライバル(?)が現われたらおとなしく身を引いちゃうタイプかと思っていたのですが……なかなかどうして、ムキになって対抗してくれました。
でも、半分譲って終わりにする辺り、まだ人間サマの余裕ってやつでしょうか(笑)。
実はこの話にはウラがあって、そちらはシリアス。
そちらを読むと、天化がこのバトルに上の空な理由がわかる……はず。
(天化が真剣に悩んでる時に、この一人と一匹は〜って感じです(笑))
早めに書けるといいな。
眠り猫といえば日光東照宮。
「眠り猫」の裏には雀が遊んでいる図があるって知ってました?
猫って本当に幸せそうに眠ります。
猫は夢を見ないなんて学説がありますけど、嘘ですよー。
時々寝言は言うわ、にこにこと笑うわ。
たまに、うなされてますけど(^^;
走るみたいに足を動かして、自分でびっくりして起きることもあります。
その時の表情は見物ですよ(笑)。
笑うとスネまくるので要注意。
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