「無頼風」
夕食後、那咤がうっかり聞仲の名を出した時だった。
それまで、周りの者と、比較的和やかに話していた趙公明の表情が変わった。
聞仲は、趙公明の親友だったという。
妲己の計画にハメられたとは言え、その命を奪ったのは……この西岐軍の者たちなのだ。
真の敵を見誤りたくない。
そう言って仲間に加わったが……感情は別物。
そう簡単に割り切れるものではないのだろう。
誰もが複雑な思いで、沈黙していたが――一人だけ、吐き捨てるように呟いた者がいた。
「けっ、仇を討ってやれば済むことじゃねぇか……てめえ一人が被害者じゃねぇぜ」
「――んだと、てめぇ!!」
聞き逃す公明ではない。
いきなり殴りかかりそうな勢いで、天化につかみかかる。
太公望が必死で二人の間に割り込む。
「公明殿、やめてください! 天化、君もだ!」
なんとか乱闘はまぬがれたものの、怒り収まらぬ表情で、趙公明は無言のまま、本陣を出ていく。
――その姿に、誰も声をかけることができなかった。
「天化!」
鋭い叱責が飛ぶ。
太公望が、普段の冷静さをかなぐり捨てて叫んだ。
「言っていいことと悪いことがあるだろう! そんなことも分からないのか、君は!」
「……あいにく、嘘はつけないタチなんでね」
言い終わらないうちに、平手打ちの音が響き渡った。
今にも泣き出しそうな表情のまま、太公望も走り出していく。
陣の中に、決まり悪そうな空気が漂った。
恐る恐る、天祥が兄の袖をひいた。
「今のは兄上が悪いですよ……。太公望さんが言いたいことは分かっているんでしょう? どうしてあんなことを……」
「俺は奴と似てるんだそうだ」
「え?」
「太公望の奴が言ったんだよ。俺と趙公明は、考え方が似てるってな。――もし、本当にそうだとしたら、奴はいつ裏切るか分からない」
「兄上!?」
「ハメた連中を倒して気が済むなら、その程度の相手だったってことだ。本当に大切な奴なら……どんな理由があろうとも、そいつを殺した奴が目の前を歩いているなんて許せねぇ。必ずこの手で息の根止めてやる」
「そんな……」
「奴は本当に納得して味方に加わってる訳じゃない。――それがどんなに危険なことだか分かるか? 足元に、いつ爆発するか分からない地雷があるようなもんだ」
「……」
「だからな、天祥。俺は奴を信用できねぇんだよ」
鋭く言い捨てて、天化もきびすを返して大天幕を出た。
*
「公明殿……」
追いかけてきたものの、何を言えばいいのか分からない。
そのままうつむいて黙り込んでしまう太公望。
「なんか用か」
「その――」
必死で言葉を探していると、後ろから肩をぐい、と押されて脇にどかされた。
「趙公明、話がある。ちょっとつきあえ」
「天化……」
また蒸し返すつもりかと咎めようとしたが、天化にきつく睨まれて声を失う。
無言のまま、趙公明も立った。
「お前は来るなよ」
念を押されて、それ以上食い下がることもできない。
二人の姿を見送った太公望は、その場に崩れるように坐りこんだ。
「太公望さん……大丈夫ですよ、いきなり戦いになるなんてことは――」
追いかけてきていた天祥が、その様子にあわてて慰める。
だが、太公望は肩を震わせたまま、顔を上げない。
「……んだ」
「え?」
(二人とも、封神榜に名前があるんだ。まさか、こんなところで……!?)
天命とは……何故こんなにも人を傷つける。
もう誰一人失いたくないのに。
止めなくては。
心は焦るのに、最悪の場面がちらついて、太公望は立ちあがることができなかった。
**
「聞仲にとどめを刺したのはこの俺だ」
「なんだと!?」
公明はとっさに武器に手を伸ばした。
こいつは、何を言っている? あの聞仲を倒したことで、自分の強さを誇示したいのか?
「――いい度胸だ。あいつに手を下した奴を、俺がどうしたいか、分かって言ってんだろうな!」
「ああ、分かってるさ。俺を倒して気が済むならそうしろ。その代わり、他の奴には手を出すんじゃねぇ!」
怒りに任せて聞仲の形見の宝貝を振るおうとしていた公明は、その言葉に手を止めた。
(違うな……こいつじゃない。一体誰をかばってやがる)
天化は、本気で一撃を無抵抗で受けるつもりらしい。莫邪を下ろしたまま、動かない。
「そうかい……望み通りにしてやるよ! 蛟竜金鞭!」
激しい突風と、衝撃。
だが、倒れたのは、天化の傍らの大木だった。
雷を受けたかのように、幹が根元から真二つとなっていた。
天化は、その場から動かず、莫邪に手をかけもしなかった。
自分と引き換えに、何かを守るために。
逃れようとしたり、反撃しようとすれば、当たるように仕掛けたのに。 公明は苦笑して、金鞭を収めた。
「お……っと、手元が狂っちまった。やっぱり、慣れない武器ってのは、命中率が悪いな」
見当違いの相手を傷つけて、恨みを買うのはごめんだ。
間違った復讐は、憎しみの輪を広げるだけ。自分がしてきたことで、それを思い知った。
「続きは妲己を倒してからだ。下手に戦力減らすのもつまらねぇ」
戦う意思のないことを示すために、背を向ける。
「なぁ、聞仲の奴は……最後に何か言ってたか?」
急な問いかけに、一瞬天化は戸惑い……その時のことを思い出す。
絶竜嶺での戦い。あの時、太公望はなんとか説得しようと試み……そして。
「『たとえこの身が滅びようとも、陛下を守る』」
「そうか……最後まで、それかよ。まったく……国なんぞのしがらみに、がんじがらめになりやがって、バカ野郎が……」
けれど、あいつらしい。
たとえ、その時傍らにいたとしても、自分に果たして止められただろうか。
自分の信じた道だけを進むことしか知らない、あの男を。
木の葉を蹴って、軽い足音が近づいてきた。
「兄上! 公明さん! 今のは一体――」
駆けつけてきたのは、天祥と太公望。
蒼白だった顔に、わずかに安堵の色が浮かぶ。
「なんだよ、お前ら。……殺し合いでもしてると思ったか?」
ニヤリとして公明に言われ、困ったように顔を見合わせる二人。
天化がふい、と背を向けた。
「やる気がないなら、俺はもう行くぜ」
あわてて、その後を太公望が後を追っていく。
「おい、天祥……とか言ったな」
「は、はい」
二人を追うべきか迷っていた天祥が、呼ばれてあわてて駆け寄る。
「お前、聞仲との戦いの時に、いたのか?」
いきなり聞かれて、天祥は言葉につまる。それを肯定と受け取って、公明は続けた。
「聞仲に……とどめを刺したの、お前のアニキだって?」
「え!? ――あ、はい! そうです!」
一瞬あきらかに驚いて……すぐに、天祥はうなずいた。少し大げさなほどに。
その様子が、まるで自分のフォローに回っている雲霄のようで、つい苦笑してしまう。
(頭の回転の速いガキだ。アニキの考えに気づいて、あわせてやがる……)
突っ走る兄を持つと、年下の兄弟ってのは、必要以上にしっかりしてしまうものなのかもしれない。
「違うんだろう、本当は。なぁ、聞仲にとどめを刺したのは、一体誰なんだ?」
天祥は困り果てた顔で公明を見返す。
「そんな、泣きそうな顔すんなよ。寝首掻いたりしねぇから」
本当ですね、と念を押してから、天祥は小さく答えた。
「誰でもありません。聞仲さんは、自分で三昧真火を放って……」
「そうか……」
納得して、うなずく。
「あいつ……ずっと、戦いたくなかったって言ってやがったよなぁ――」
仇をとることしか頭になかった自分に向かって、太公望はそればかりを繰り返していた。最初のうちは、命乞いにしか聞こえなかった。しかし、やがてそれがまぎれもない本音だったことが分かった。
あれだけ必死に争いを避けようとしていた太公望。
きっと奴は、聞仲相手にも、同じことを言い続けていたのだろう。
紂王と商を守ることが第一の聞仲は、当然聞き入れず――相容れない大将同士は、雌雄を決することしかできなかった。
聞仲を相手に、どれだけ悩んだか、想像がつく。
手を下したのが誰でもなかったからこそ、天化は公明の恨みが西岐軍全体に向けられるのではないかと危ぶんだのだ。
そして、公明の怒りが自分一人に向けられるように、必要以上に煽って……。
「お前のアニキ、一つ間違えてることがあるぜ。……どんなに恨んでもな、憎み続けているのが難しい人間ってのは、この世にはいるもんだ。人を傷つけた分、自分も傷ついちまうような――たとえば、お前らのところの大将や、お前のアニキみたいなのがな」
「公明さん、それじゃあ」
「安心しろ、今更裏切ったりしねぇよ。本当の敵を間違えるような真似はしないさ」
本当は、聞仲だって分かっていたはずなのだ。
けれど、あいつには抱えているものが大きすぎた。
紂王……商……そして、彼を慕う兵たち。
打倒妲己を目指す者同士として、本当なら一番分かり合えたかもしれないのに。
(安心しな、聞仲。お前の無念は、必ず俺が晴らしてやる――)
新たに、心の中で亡き友に誓う。
「倒すべきは妖魔。それを忘れちゃあ、おしまいだぜ。でもまぁ――おめえのアニキとは、一度はサシで勝負したいぜ。まあ、負けるわけねえけどな」
「兄上は強いですよ。そう簡単には負けません!」
きっぱりと言ってのけた天祥を、公明はにっと笑って軽くこづいた。
END
公明 VS 天化!
この二人がマジにぶつかると怖そうです……。
ししょーは、もう胃に穴が開きそう。
(多分この後、安堵のあまり大泣き。ちゃんと慰めなさいよ、天化サン)
ひたすらまっすぐな天化に比べて、公明さんはちょっと大人なところを見せてくれました。
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