「通魔鬼」


「王貴人! お前との悪縁もこれまでだ、覚悟しろ!」
「あたいを、今までと同じと思うなよ、太公望!」
引き裂いてもあきたらない、あの聖人君子面をした道士。
今まで、あいつのせいでどれだけ煮え湯を飲むような屈辱を味わってきたことか。
死んでも死にきれないようなやり方で殺してやる。
王貴人は、西岐軍をざっと眺め、その戦力を測った。
太公望を中心に、前衛に剣使いが数名、後衛に術や弓使い。
一番戦力の高そうなのは――。
先陣を切って妖魔を切り捨て、血路を開いているあの男。
今までの戦いでも、常に太公望の隣にいた。
……あれにしよう。
狙いをつけて、術が届くところまで進み出る。
妲己の力を借りた今、自分の術から逃れられる人間などいるわけがない。
しかし、百戦錬磨の剣士にはなかなか隙がない。警戒しているところに正面から仕掛けても、跳ね返されるかもしれない。
舌打ちし、王貴人は手下に指示を出した。
「お前たち、太公望を集中攻撃しな! 近寄らせるんじゃないよ!」
駆けつけようとした太公望に、一斉に妖魔たちが襲い掛かる。
気づいた天化が振り返り、朱雀を呼ぶために剣を振りかざす。
一瞬、その背に隙ができた。
「もらった! 隷輝!」
天化の朱雀が太公望の周りの敵を一掃するのと、王貴人の術が放たれたのは、ほとんど同時だった。
――信じてる仲間に殺される気分はどうだい、太公望。
王貴人の歓喜の笑いが戦場に木霊した。

*

「ありがとう、天化、助かった――」
朱雀が周りの敵を片付けてくれたことに気づき、太公望はいつもの笑顔で礼を言った。
だが、それに対する答えはなかった。
いつもなら、ぼさっとするなとか、足手まといだとか、すかさず叱咤が飛んでくるのに。
自分に向けられた目は、冷たく、凍えていた。
「天化……?」
まさか。
「やめろ、僕が分からないのか!?」
返事は、容赦なく繰り出された刃。危ういところでかわしたが、風に流れた袖が切り裂かれる。
回復術をかけようとするのだが、詠唱が間に合わない。
ただでさえ素早さを誇る剣士。その上、今日は太公望が手ずから軽身功の効果を持つ宝貝を結んでやったのだ。とても、その動きについていけない。
その流れるような剣さばき、迷いのない太刀筋。何より、射すくめられるような鋭い視線。
知らなかった。
敵に回すと、天化はこんなにも恐ろしい。
奇跡に近い状態でなんとか避け続けていたものの、背後が崖の場所に追い詰められ、太公望はその場に膝をついた。
息が切れて、術もろくに唱えられない。
近づいてくる友の姿に、太公望はふと、逃げ続けるのが馬鹿らしくなった。
楽にしてくれるのが天化なら、それでもいい。
自分が死ねば、封神計画も流れが変わる。
もしかしたら、封神傍に名のある者たちが助かることだってあるかもしれない。
自分に死をもたらす剣が振り上げられても、不思議なほど平静だった。
せめて、最後までその姿を見ていたかった。
鋭い中にからかうような光を宿す、優しい色の目でないのが残念だけれども。
剣の向こうを、まばたきもせずに見つめる。
何もかも真二つにしてしまいそうな剣風が直前で止まった。刃は当たっていないのに、額の飾りが砕け散る。
「こ……の、馬鹿野郎!」
押し殺した、苦しげな声。
「――天化?」
「あと少し術の効果が切れるのが遅かったら、俺が、この手で、お前を――っ」
莫邪の柄から血が伝い落ちていた。腕に切り裂いたような傷がある。
天化は自らを傷つけて呪縛を解いたらしい。
「お前も何考えてやがる! こういう時は、敵だと思って反撃しろ!」
まだ半分放心状態で見上げる太公望に、さらに何か言い募ろうとするのだが、言葉が見つからない。
怒りが、王貴人に転じた。
「あの女――!」
身を翻すその姿をしばし呆然と見送り、太公望はやっと自分が生きていることを自覚する。
やっと我に返り、彼は打神鞭を握り直してその後を追った。

**

「王貴人、よくもふざけた真似をしてくれたな!」
「ちっ、術が解けたのかい、意外と早かったね。でも、のこのことあたいの前にくるなんて。何度でもかけてやるよ! 隷輝!!」
しかし、その術は途中で霧散した。
王貴人との間に立ったもう一人の道士が、鋭く妖魔をねめつける。
「もう誰も操らせたりしない。……王貴人、覚悟しろ」
「くっ……太公望――」
形勢悪しと見て、王貴人は戦線から離脱しようと空間転移の術を唱えようとする。
すかさずそこに、天化の朱雀が襲い掛かる。
詠唱を邪魔されて、王貴人は脱出をあきらめて槍を構える。
術は唱えられないものの、天化の剣を避けきれることで、少し余裕を取り戻し始めていた。
離れている手下たちが戻ってくれば、また太公望をおとりにして、隷輝をかけてやる。
「はっ! なんだい、全然当たらないじゃないか。西岐軍一の剣豪ってのはその程度の腕なのかい」
「うるせぇよ。この手で切り刻んでやりたいところなんだがな、あいにく――お前の相手は、俺じゃねぇんだ」
「なんだって?」
「――嬋玉! 後は任せるぞ!」
その言葉に、王貴人は初めて自分が逃げ場のない岩壁に追い詰められていることに気づいた。
「お父様の仇、覚悟! 行け! 五光石!!」
頭上に、五色の光が煌く。
それは、一つの光の矢となって、妖魔を貫いた。
「だ……妲己様――!!」
石琵琶の精の、断末魔の叫びが戦場に響き渡り、戦いの終わりを告げた。

***

その夜――。
「天化、怒っているのか?」
一人、陣を抜けてどこかに行こうとする天化を、太公望は必死で追いかけていた。
「怒ってるかだって? 当たり前だろう!」
王貴人との因縁の戦いを終えた後、天化はずっと機嫌が悪かった。
「あの女に一太刀食らわせてやれなかったことも、お前があの時死のうとしていたことも、何もかも腹が立つ!」
やり場のない怒りが炎の気となって、ゆらめいてみえるほどに。
ようやく立ち止まったかと思うと、傍らの木に思い切り拳を打ち付けた。
「何が一番許せねぇって、あんな奴の術にまんまとはまって、お前を殺そうとしたこの俺だ!!」
「やめろ、天化!」
加減もせずに殴りつけた拳からは血が流れていた。
その手を掴み、あわてて回復術をかける。
「僕が悪かった。……頼むから、もうやめてくれ」
「――なんでお前が謝るんだよ」
「あきらめたのは、僕だから。魔が差したのは、僕の方なんだよ。あの時、考えれば何か方法はあったはずなのに、死んでしまえば開放されると思ってしまった。封神計画からも、この戦いからも。妖魔に殺されるのは嫌だけど、天化なら、いいかなって……。あれは、天化じゃなくて、王貴人だったのに」
悔しげに唇を噛みしめる。
「残された方がどんな思いをするのか、分かっていたはずなのに、僕は天化を利用しようとしたんだ。……天化は悪くない。何も悪くない――」
自己嫌悪に陥って、ひたすら繰り返す姿に、天化は嘆息した。
「やめた」
「え?」
「後悔したって仕方がない。二度と同じことをしないように気をつければいいんだ。……俺はもう、妖魔なんぞの術にはかからねぇ。だから、お前も自分を責めるな。二度と、そんなこと考えるんじゃねぇよ」
照れくさそうに手を振り払い、背を向けて。
「――お前が無事でよかった」
そう言った天化に、太公望は驚き、そしてほっとした表情になった。
それでも、まだ少し不安そうな顔で夜空を見上げる。
「魔が差すことを、通魔鬼に憑かれたって言うそうだけど。あの時、僕にも通魔鬼が入っていたんだろうか」
「逃げようとする心自体が通魔鬼なんだろうよ。そんなもの、誰にでもあるさ。――そんなものに取り憑かれる前に言えよ」
「そうだね。――でも相談してどうにかなるものかな」
「嬋玉と白鶴のところに放り込んでやる。悩んでいるのが馬鹿らしくなるぞ」
「……通魔鬼の方がましかも――」
本気で蒼ざめた太公望に、天化が爆笑する。その様子を見て、ようやく太公望も薄く微笑を浮かべた。

****

本陣へ戻る途中、ほてほてと歩きながら、太公望が呟いた。
「今度、天化が「隷輝」にかかったら、「魅了」を上がけしてみようかな」
「……は?」
また妙なことを言い出しやがった。
天化は傍らの天然ぼけを睨む。
その視線にひるみもせず、太公望はにこりと笑う。
「敵に魅了かけたら、味方になるじゃないか」
「あ、あのな。なんでわざわざ「魅了」なんだ? 素直に「復帰」かけろよ」
「安命術の詠唱より、幻惑術の方が発動が早いんだ。得意だし」
得意って……そういう問題だろうか。第一、魅了も所詮は幻惑術の一種。下手をするとただの混乱状態なわけで。
「同じ系統の術を上がけしたらどうなるんだ?」
「術力が強い方が勝つんじゃないかな。僕の幻惑術は、妲己にだって負けないと思うけど。なんなら、今、試してみようか」
「おい、冗談はよせって!」
「遠慮しなくていいから」
「遠慮なんかしてねぇっ、やめろ、こら!」
見かけに惑わされて忘れがちなのだが、太公望は意外と力が強い。
後ろ首を掴まれて息を詰まらせた天化に、にっこりと微笑みかける。
その口が、短い詠唱を唱えた――。

END


あんまり重かったんで、ちょっとラストに遊んでみました。
天化サンの運命やいかに。
というか、ししょーの運命やいかに。
(覚悟できてんの、ししょー?)


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