「護りの剣」
「あれは何の冗談です?」
報告がてら、天化は師匠に不満をぶちまけた。
「あれが、元始天尊様の直弟子、対妖魔軍の総大将だって? ふざけるにも程がある!」
弟子の激昂ぶりに、道徳は面白そうに笑っている。
「おや、そんなに気に食わない奴だったのか?」
「気に入る、気に入らないって問題じゃありませんよ! 武器はろくに扱えない、防御もなってない、まともなのは、安命術や幻惑術くらい。足手まといと言うんだ、あれは!」
朝歌での惨劇を知り、師匠の指示を受けて、父や弟のいる穿雲関に向かった。
そこで出会った、見るからにひ弱そうな道士。
実際、陳桐との戦いぶりは、あまりに情けなかった。
――別の人間だったら、自分の家族は助かっていたかもしれない。
八つ当たりと分かっていても、ついそんな風に考えてしまう。
とにかく太公望は、自分の上に立つ者とは、到底認められる相手ではなかったのだ。
「まぁ、そのうち選ばれた理由が分かるだろう。まったく素質のない者を、元始天尊様が任命するわけがないからね」
まだ憤然としている弟子を、磨き上げた剣でなだめる。
「ところで天化、朱雀剣は使えるようになったか?」
急に尋ねられて、天化はたじろいだ。あまり聞かれたくないことだった。
「使えるようにはなりましたが……思い通りに動いてくれなくて。――まだ、実戦にはちょっと」
やっぱり、といった表情で、道徳は肩をすくめる。
「それは、お前が力でねじふせて動かそうとしているからだ。何が目的で呼び出したのかがきちんと伝われば、自然と扱えるようになる」
「目的って……敵を倒すことでしょう」
それ以外に何があるのだと言たげな様子に、道徳は苦笑した。
この弟子は剣の腕はいいのだが、協調性に欠ける。
きっと、大将殿とやらも苦労していることだろう。
「いいか、天化。護る方が、敵を倒すよりずっと難しいんだ。それが分からないと、お前はそれ以上強くなれない」
仲間を護るなど、敵さえ倒せば済むことではないか。
師匠の言う意味が理解できず、天化はむっとする。
「直に分かるさ。――さ、もう戻れ。次に来る時には、朱雀を使いこなせるようになっていろよ」
半ば追い出されるように、天化は洞府を後にした。
***
次の関門に向かう森の中で、妖魔とこぜりあいになった。
一体ずつは大した強さではない。しかし、意外な戦いづらさに天化は気づいた。
一人の時は、自分を取り囲む敵を倒せば、それで良かった。
だが今は、自分一人ではない。弓は接近戦に弱い。つい弟の方に目が行く。
駆けつけたいのだが、いつもの癖で敵の真中に突っ込んでしまった。取り囲まれて、なかなか動けない。
ようやく周りの妖魔を片付け、振り返った頃には、あちらもなんとか倒したようだった。
ほっとした時、いきなり背中を誰かに押された。
「兄上!」
天化の傍らを、天祥の放った矢がまっすぐに飛ぶ。木の陰からこちらを狙っていた妖魔が喉を貫かれて倒れる。
天化は愕然とした。
太公望が、自分のいた場所で膝をついていた。その肩に矢が突き立っている。
……本当は自分を狙っていたものだ。
幸い刺さり方は甘い。一気に引き抜き、止血する。
しかし、毒が塗られていたらしく、元々白い顔が、たちまち血の気を失っていた。
「おい、太公望!」
「これくらい、大丈夫……」
かすれた声。浮かべようとした笑みが、そのまま消えた。
「しっかりしろ!」
意識を失った太公望が、腕の中に崩れる。
大将のくせに自分などをかばった太公望と、敵の攻撃に気づけなかった自分。
天化はやり場のない怒りに歯噛みした。
師匠の言葉が蘇る。
(護る方が、敵を倒すよりずっと難しいんだ)
駆けつけてきた韋護に解毒を任せ、残りの敵に向かう。
自分が強くなれば、それが仲間を護ることになると思っていたのに。
剣技を磨くだけでは、だめなのだ。
敵を一掃したものの、天化は自分の考え方が誤っていたことに絶句していた。
*
止めるのも聞かず、太公望は、翌日すぐに出発した。少しでも先に進みたいという気持ちは誰もが理解できたので、止めることはできなかった。
自分で歩くというのを、さすがに無理やり馬に乗せたが。
「具合はどうだ?」
「もうすっかり。ありがとうございます、天化殿」
「……殿はやめろって言っただろう、気色悪ぃ。その馬鹿丁寧な話し方もよせ。同い年なんだから」
「分かりまし――分かったよ、天化」
出会った時にケンカ腰で相対してしまったせいか、太公望はまだ天化を苦手と感じているようだ。
自分を助けたために怪我をしたことを、謝ろうと思うのだが……その頼りない表情を見ていると、またつい憎まれ口を叩いてしまう。
「大将が手下をかばってどうする。まったく、あんたは何を考えてるんだ」
太公望は、馬の上で身体を縮めている。
「だって、危ないと思ったから、つい――」
「つい、じゃねぇ! 一応、あんたが大将なんだぞ。動けなくなったら、おしまいだろうが!」
「すみません……」
「謝るなっ! そういうところが、大将の自覚がねぇって言ってんだよ!!」
「ご、ごめんなさ……あ」
「――っ!」
さらに怒鳴りつけようとしたが、すっかり小さくなっている様子に、どっと疲れが出た。これ以上、何を言ってもこいつは変わりそうにない。
第一、こっちが謝ろうと思っていたのに、どうしてこうなるのだ?
大きくため息をついて、天化は聞いてみたかったことを口にした。
「――あんたは、何のために戦っているんだ?」
太公望は、きょとんとした顔になった。首をかしげて少し考え、にこりと笑って答える。
「みんなを護りたいから」
まったく、ためらいもせずに。
(まいったな――)
ようやく自分が、わずかにつかみ始めたことを、こいつはとっくに心得ている。
対妖魔軍の大将として選ばれた理由は、こういうところなのかもしれない。
「……これから、あんたは俺が護るから。あんな無茶は二度とするな」
太公望の驚きの表情が、ぱっと明るくなる。
「ありがとう、天化」
何の疑いもない笑顔に背を向けた時、目の端で、何かが動いた。
昨日の妖魔の残党らしい。
後ろの韋護と天祥を狙っているのが分かった。
……仲間たちにも注意を払っていると、辺りの様子は違って見える。
倒すべき敵もまったく違う。
目前に現れた敵を軽くかわし、天化は今まで実戦で使おうとしなかった四神の一つを呼んだ。
「朱雀――!」
今まで、呼び出すのさえ無理やりねじ伏せていた炎の鳥が、素直に姿を現す。
離れた場所の仲間を狙う妖魔が、業火に包まれる。
振り返ると、近くにいた妖魔はすでに、太公望の幻惑術にかかってその場で眠りこけていた。
一人ですべてと戦うのではなく、仲間を信頼して、任せられるところは任せる。
師匠が言っていたのは、きっとこういうことだったのだ。
天化は確信する。
これから自分はもっと強くなれる。
剣を収めた天化に、馬の上から太公望が無邪気に手を振っていた。
END
久しぶりに、時間をさかのぼってみました。
穿雲関で出会った直後です。
ししょーの事が嫌いな天化。新鮮でしょ?(^^;
この後、嬋玉が加わるわけですが……。
ししょーが、天化に助けを求めるんで、急に親しくなったとか……
怯える気持ちが分かるから――(笑)
で、嬋玉の怒りの矛先は天化に向かうようになる、と。
TOP/小説/
封神演義編