「好吃(おいしい)?」
「太公望殿! 彼女の暴走を止められるのは、あなたしかいないんです!」
普段の冷静さはどこへやら。
楊センが、太公望に向って訴える。
他の者たちも、うんうん、とうなずいている。
ことの発端は、竜吉公主が風邪で寝込んだことだった。
急遽、夕食担当を嬋玉が買って出たのだが……それが悲劇の始まりだった。
まずい……いや、まずいというのは、もう少しマシなもののことを言うのだろう。
犠牲者は、当分うなされるに違いない。
ところが、作った本人は何も気づかず、「また明日も作るわね」とのたもうた。
身の危険を感じた者たちが、太公望に直訴に来たのだ。
太公望自身といえば、皆と同じ料理に加えて、「特別メニュー」までいただいてしまったので、今こうして寝込んでいるのだった。
「えーと……でも、一体どうしたら――」
一体彼女をどうやったら止められると言うのだ?
今や、西岐軍最強と言っても過言ではないのに。
大将の天幕に押しかけていた面々が悩んで沈黙した時、その背後から声をかけた者がいた。
「……ったく、分かってねぇなぁ。ああいう奴はな、舌先三寸で、なんとでもなるんだよ」
今日唯一、嬋玉の料理の犠牲にならなかった天化だった。
昔ひどい目にあったとかで、一切口にしなかったのだ。
極端な用心ぶりに笑っていた者たちも、後になってその判断の正しさに感心したのだが。
「太公望。お前がこう言えばいいんだ」
その口から出た台詞に、全員が一瞬固まり――しばらくして我に返り、一斉に拍手をする。
さすが幼馴染み。
見事なほどに扱いを心得ている。
「え、それ、僕が言うのかい?」
「お前が言わないと、効果がないんだよ」
自信のなさそうな太公望に、周りの者たちが声援を送る。
「太公望殿、しっかり!」
「我々の命運がかかっているのですぞ!」
「このままでは、西岐軍は全滅するかもしれません……」
ため息をついて、太公望はとうとううなずいた。
「うまくいくか分かりませんけど……がんばってみます」
その夜、西岐軍の猛者たちは、作戦の成功を星に祈った。
何せ、明日からの自分たちの運命がかかっているのだ。
――こんなにも、全員の心が一つになったことは、未だかつてなかったに違いない。
**
「今日も私が作るわね。何がいい?」
無邪気な笑顔で、そう尋ねる嬋玉に、太公望は昨日から一生懸命繰り返していた言葉を告げた。
「嬋玉。今日は僕が作るよ。君の為に」
……棒読みであったが。
こんなんで、ホントに効果があるのだろうか。
太公望はびくびくしながら、様子を見る。
嬋玉は、その場で固まったまま、自分が耳にした言葉を反芻していた。
君の為に……
確かにそう言った。
太公望が、自分の為に!
「太公望さん、あ、あたし……っ」
「良かったじゃねぇか、嬋玉。――お前は、材料でも取ってきたらどうだ? せっかく作ってくれるってんだからよ」
割り込んだ声に、普段なら一つ二つ言い返すところだったが、もうそれどころではない。
「そ、そうね――」
すっかり舞い上がった嬋玉は、太公望の手をがしっと掴むなり、目を輝かせて宣言する。
「待っててね、太公望さん! あたし、いっぱい取ってくるから!!」
そのまま、一体何が必要かも聞かずに飛び出していってしまう。
呆然と太公望はその姿を見送った。
「おお、すげぇ勢い。ありゃあ、熊でも倒してくるかもしれないな」
「ところで天化、この後、僕はどうしたら……」
とりあえず今日の料理からは逃れたものの、もしかして、自分はさらに危険(?)な状況に陥ったのでは?
自分の言葉が、誤解を招くに十分な内容だったことに、太公望はようやく気づいた。
「さてね。西岐軍全員を救ったんだ、本望だろ? がんばれよ、大将」
「そんな、無責任なっ。あんなこと言わせたのは天化じゃないかぁっ」
「あそこまで効くとは思わなかったんでな。――ま、今日の料理くらいは手伝うからよ」
「呪ってやる……」
半泣きで、太公望はよろよろと厨房に向った。
**
「好吃(おいしい)?」
「真好吃(うまいよ)。嬋玉のは、真難吃((食べたら気分が悪くなるくらい)まずい)」
「……ひどいけど、否定できない」
「ありゃ、宝貝以上の兵器だぜ」
太公望は、その間にも手際よく料理を続ける。
こういったこと自体は結構好きだった。
仙界にいるときは、それも修行の一環であったし。
もっとも、ここでは人数が多いので、当り障りのない煮物系になってしまう。
「天化はどんなのが好きなんだ?」
好きなもの、多く入れてあげようか。
そういうつもりで言ったのに。
「そうだな。昨日街で会った姉ちゃんなんか、うまそうだったな」
沈黙
「冗談だ! 打神鞭はやめろ、打神鞭は!」
本気で四神技でも発動しそうな相手に必死で叫ぶ。
太公望相手に、色事めいた冗談は命がけ。
しかし、反応が面白いのでつい言ってしまう。怒らせてしまうと分かっていても。
なんとかなだめて、天化は呟いた。
「それにしても、あいつも分かってねぇな。仙道に肉食はご法度なことくらい、聞いてるだろうに」
嬋玉が持ち込むウサギやらタヌキやらは、そのたびに太公望を気絶させていた。
あれも、悪い奴ではないのだが。
もうちょっと、相手のことを考えた行動を取れれば、随分いい女になるはずなのに。
……幼い頃から変わっていないということは……一生無理か?
あおりを食らいまくりの幼馴染みと、現在の標的が、立ち上る湯気の前でため息をついた。
その日、最後に運び込まれたのは、真っ白な身体に黒い斑点のある虎だった。
――夕食前に、申公豹が、歩いてそれを引き取りに来た。
***
その夜、太公望は包みを持って、天化たちの天幕を訪れた。
「わらび粉を分けてもらったんで、作ってみたんだけど」
半透明のわらび餅に、黒い蜜がかけてある。
「へぇ、器用なもんだな」
「白鶴が甘いもの好きだったから、色々作ったことがあるんだ。天祥、たくさんあるから、那咤や雷震子にもあげてきて」
「はーい」
分けてもらった包みを持って、天祥が駆け出していく。
「嬋玉には?」
「だって彼女、いつも痩せなきゃ痩せなきゃって騒いでるだろう。こんなの見せたら怒るんじゃないか?」
きょとんとする太公望に、天化は苦笑する。
こいつは、女心って奴を分かってない。
嬋玉は、太公望が作ったものなら、樽いっぱいでも喜んで食べるはず。
「好吃?」
「真好吃。――今度作り方教えてくれ」
「え? こんなのでよかったら……」
いつでも作ってあげるのに。
しかし、その続きは予想したものと違った。
「うちの師匠が甘いもん好きなんだ。覚えておけば、きっと喜ぶ」
その言葉に、太公望の表情が、わずかにこわばる。
「……ふーん。道徳真君様にね……」
「? 何、急に不機嫌になってんだよ」
「え、別に」
「怒ってるじゃねぇか」
「怒ってないよ、全然」
「嘘つけ。なんなんだ、一体!」
「うるさいな、なんでもないってば!」
……。
せっかくいい雰囲気だったのに、どうしてこうなるんだろう。
天幕の中の様子に、こっそり聞き耳を立てていた天祥は、ため息をついてその場から離れた。
一方その頃。
嬋玉は、自分の為に作ってくれた(はずの)料理をたくさん食べて、幸せいっぱいで眠りについていた。
END
まぁ、その。
料理は上手いにこしたことはないです。はい。
私は嬋玉に近いので、何も言いません。
求む、可愛い料理上手のお嫁さん(笑)。
えーと。
天化は、嬋玉のことはよく分かってますけど、太公望のことは分かってません。
甘々になり損ねました(笑)。
前にリクエストいただいた、「自覚なしで嫉妬ぎみのししょー」はクリアできたかな。
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