幼馴染
黄家の跡取りにふさわしく
勉学に優れ、武術に長けた人間になるように。
それが当然のことなのだと思っていた。
あいつに会うまでは。
「嬋玉って、天化と幼馴染みなんだってね。……昔は天化ってどんなだったのかな?」
新しく加わった元気のいい娘が、天化の知り合いだと分かり、太公望はこそっと話しかけた。
知り合いの過去というのは、やはりちょっと気になる。
やっぱり、反骨精神旺盛で、黄飛虎殿と争ってばかりいたのだろうか。
「そうねぇ、初めて会ったのは、天化が十歳、あたしが六歳で……第一印象は『非の打ち所のない黄家の跡取り』ってところかしら」
「ええっ?」
失礼ながら、驚いてしまう。
「それって……今と随分違うんじゃ?」
「全然違うわよ」
きっぱりと言ってのける。
「黄飛虎おじ様の期待を一身に背負って、しかもそれに恥じない、黄家自慢の長男――だったわね。最初は」
それが、どうしてああなってしまったのだろう。
「それに、泣き虫だったわねぇ。年下の私に泣かされてたし」
天化が泣き虫? さらに想像がつかない……。
太公望が、わくわくしながら続きを待っていると、噂の主が飛び込んできた。
「嬋玉っ、やめねぇか!」
「あら、いいじゃない、これくらい」
「それ以上おかしなこと言うと、お前のガキの頃のことも言いふらすぞ!」
「え!? ちょっと、やめてよっ」
「だったら、お前も黙ってろ!」
「う、仕方ないわね……」
「あんたも、人の過去、ほじくり返すんじゃねぇよ!」
怒鳴られて、太公望は身を縮める。
二人はにらみ合った後、同時に部屋を出て行ってしまった。
「……もう少し聞きたかったなぁ」
残された太公望が、ぽつりと呟いた。
*
「トウ九公殿の娘御、嬋玉殿だ。父上のご視察の間、しばらく逗留される。仲良くしなさい」
六歳ということは、弟の天禄と同じくらいか。天禄より少し大きく見える。
こまっしゃくれた、いたずらっぽい大きな目。
「初めまして、よろしく……」
礼に従って、拱手をして軽く会釈する。
相手も当然、返してくると思いきや、
「天誅!」
隠し持っていた小さな模造刀が、天化の頭に炸裂した。
「きゃはは、勝ったー!」
「これっ、嬋玉!」
父の手をかいくぐり、綺麗な衣装をひらめかせて、豆台風は会見の間から逃げ出していった。
呆然と見送る天化。
――はっきり言って、第一印象は最悪だった。
**
翌日から、豆台風の襲撃が始まった。
槍の稽古をしていれば屋根の上からどんぐりの雨を降らせ、習字の練習をしていれば硯をひっくり返して墨をぶちまける。
あげくは、天化の弟たちを従えて、屋敷を駆け回るようになった。
とうとう堪忍袋の緒が切れた。
「父上! トウ九公殿は、何故あの娘をあんなに放任しているのですか! 女子だからですか!?」
いずれ政治のコマとして、政略結婚にでも使われるのが、名のある家に生まれた娘の宿命のようなもの。
それを哀れに思って、自由にさせているのか。
「いや、トウ九公殿はあの娘を政治のかけひきに使うつもりはないだろう。たとえ、王相手でもな」
「それなら何故……」
自分は、こんなに努力しているのに。
あの娘は、したい放題に遊んでいるだけなんて。
「あ、いたいた! 天化、勝負!」
ちょこちょこと駆けつけてきた、威勢のいい豆台風に、天化は頭を抱える。
ことあるごとに、嬋玉は小さな木刀を持って、天化に勝負を挑んでくるのだ。
真面目にやりあえば、勝てるわけがないと分かっているはずなのに。
「分かったよ」
面倒になって、適当にあしらっておこうと、天化も木刀を構える。
「兄上ー!」
いきなり、後ろから弟の声が聞こえた。
驚いて振り返ったところを、
「隙あり!」
見事に嬋玉の一撃を食らってしまった。
どうやら、弟たちと打ち合わせていたらしい。
たいして痛くはないが、こんな小娘に攻撃を受けたこと、何より父に見られていたことが情けなかった。
それを見透かしたように、黄飛虎が重々しく告げる。
「お前の負けだ」
「そんな、父上! 今のは嬋玉が不意打ちを……」
「戦場でもお前はそう言い訳するつもりか?」
意外な言葉に絶句する。
「どんな状況でも油断をするな。本当の戦いでは何が起こるか分からない。人に習ったことを繰り返すだけでは、強くはなれんぞ」
天化は呆然と父の背を見送った。
教えられたことは全てこなして、他人に隙を見せないようにして。
それだけではいけない――?
自分の中の価値観が、崩れる。
「天化……泣いてんの?」
「う、うるさい!」
物心ついてから、泣いたことなどなかったのに。
心配そうに見ている弟たちに背を向けたまま、なんとかこらえて嬋玉に尋ねる。
「お前は、どうして剣なんか練習しているんだ?」
「あたしは、強くなってお父様を護るの」
即答だった。
「あたしは、あたしの手で自分の国を護るの!」
嬋玉は、考えなしに暴れまわっているのではなかった。
方法がどうであれ、目的を持って努力している。
それに比べて、自分はどうだっただろう。
黄家にふさわしく。
いつのまにか、それが目的になってしまっていた。
それだけでは、なんの意味もないのに。
今ごろになって気が付いたことが悔しくて。
いつまでも涙が止まらなかった。
***
「隙あり!」
「甘い!」
突然部屋に飛び込んできた者を、傍らに置いておいた木刀で払う。
手にしていた木刀を弾かれて、小さな侵入者はぽてっと布団の上に倒れた。
「あのなぁ、嬋玉。女が男の寝込みを襲うんじゃねぇよ」
「だーって、今回は忙しそうで全然勝負できなかったんだもの」
鼻を抑えて、嬋玉が飛び起きる。
(結構、可愛くなったよな。――顔は)
出合った頃に比べて、格段に少女らしさを増した幼馴染みを眺めて、天化は苦笑する。
あれから五年。
毎年訪れるたびに、嬋玉は黄家を引っ掻き回していた。
このじゃじゃ馬ぶりは、大きくなっても直りそうにない。
それでも、何にも縛られないまっすぐな性格と、それを映したようなのびやかな容姿は、家の中でおとなしく育てられた淑女などよりずっと目を引く。
もう少し大きくなれば、トウ九公の娘ということを差し引いても、求婚者が殺到するだろう。
……見かけにだまされて、痛い目に合う男共の顔が目に浮かぶ。
「それじゃ、また明日ねっ」
「ちょっと待て、嬋玉」
「なあに?」
「俺は、今夜、家を出る」
「えっ!?」
部屋から出ようとしていた嬋玉が、あわてて駆け戻ってくる。
「お前には言っておこうと思ってな」
「どういうこと? 出るって……何をするの? もう帰ってこないの?」
「とりあえず、剣の修行だ。この国全体を回って……その間に、自分が何をしたいのか考える。――自分に納得できたら戻るかもしれない」
黄家の名を捨てて、自分の腕だけで、どこまでやれるか。
「多分、もう会うこともないだろう。……元気でな」
愛用の剣と、用意していた荷物だけを持って、立ち上がる。
「また会うことがあったら――もう少し、女らしくなってろよ」
ぽん、と頭を撫でて、背を向ける。
もう振り返らない。
黄家も、これまでの自分も。
屋敷から出た時、遠くで嬋玉の泣き声が聞こえたような気がした。
***
忘れもしない。
あの後、泣きながら部屋に戻った嬋玉を見て、誤解したトウ九公が、逆上して追っ手をかけたのだ。
正直、黄家から放たれた追っ手より怖かった。
……いい練習相手にはなったが。
何人もの武人たちを返り討ちにし、いちいち説得し……ようやく納得させるのに、一年くらいかかった。
そしてその頃に、師匠と会い、仙道を目指すという目的が出来た。
もう人間界に戻ることもないだろう……そう思っていたのに。
まさか、嬋玉と共に戦うことになろうとは。
人生何が起こるか分からない。
「――って待てよ。ということは、俺が黄家を飛び出したのも、仙道に入ったのも、全部あいつのせいじゃねぇか」
こういう場合は、恨むべきなのか、感謝するべきなのか。
とりあえず、恐るべき幼馴染みとの腐れ縁は当分切れそうにない。
天化はあきらめて、考えることを放棄した。
END
幼い頃のことを知ってる人って苦手です。
だって、思い出したくないこと知ってるんですもん(笑)。
多分、あっちもそう思っているんでしょうけど。
……なんて、現実のことはどーでもよくて。
天化が嬋玉を苦手としているのは、やっぱりそういうことじゃないかと思いまして。
長男ってことは見本となる人がいないわけで、最初は周りに言われるまま、必死に家名にふさわしく努力していたんじゃないかと。
子供の頃は、努力に応じた誉め言葉を、素直に喜べますし。
嬋玉という存在が現われて、そういった生き方に疑問を持ってからは、父への反抗が始まった、と。
同じ事が、黄飛虎殿の子供の頃にも起こっていそうですけどね〜。(相手は賈氏様?)
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