「祈誓」
「久しぶりですね、太公望殿」
「全然変わってねーじゃねぇか、大将!」
「またお会いできて嬉しゅうございますわ」
神将たちに取り囲まれ、太公望――今は姜公と呼ばれる者が、にこにこと微笑みを返す。
昔、彼らと別れた頃と、まったく変わらない笑顔。
「皆さんもお元気そうで何よりです。それにしても立派になられましたね、神様なんですから当然ですが……」
「そりゃー、大将、1800年も経ちゃー色々変わるぜ!」
自分だけほとんど変わっていない那咤が、明るく笑う。
「そう、1800……」
姜公の笑顔が固まった。
「せん……はっぴゃく?」
「ええ。あの戦いから、ざっと1800年の月日が流れています。――神界に来られなかった貴方は、もう当然輪廻の流れに入られたものと思っていたのですが……」
楊センの言葉に、姜公が珍しくトゲだらけで呟いた。
「皆さん、随分変わっていると思えば……1800年……ですか? へぇ……どこかの誰かさんは、すぐに見つけてくれると言っていましたのにね……。1800年ですか!?」
少し離れたところで決まり悪げに様子を見ていた神将が、約一名、トゲの犠牲になっていた。
そのまま、その姿は茂みの向こうに消えてしまった。
神将たちが、気の毒そうにくすくす笑っている。
ニ、三十分も、積もる話に花を咲かせただろうか。
西王母が、穏やかに皆を諭した。
「そろそろ我々は戻った方がよさそうですわ。これ以上は、三蔵殿の負担になります」
「ちぇっ、もうかよ、話し足りねぇよなぁ、大将!」
「那咤、もうすぐ、ゆっくり話せるよ。時間を気にせずにね」
「……そうだな、もうすぐだよな!」
楊センが、くっくっと笑いながら、ちらりと茂みの向こうを見る。
「それに、いい加減、貴方を解放してあげないと……約一名、血管が切れてしまいそうな人がいますしね」
「ぎゃはは! それじゃ、俺は戻るぜ! 明日は、総決戦だもんなぁ!」
「それでは、私も」
「ごきげんよう……」
光の渦となって、錫杖の中に戻っていく神将たち。
最後に残った楊センが、苦笑気味に言った。
「太公望殿。あまり苛めては、炳霊公……いえ、天化殿が気の毒ですよ。ずっと探し続けておられたのですから」
「だって、1800年だなんて。皆さん、変わられるはずですよ。天化にも……その、きっと、いい人が――」
太公望の不機嫌の原因に気づいて、楊センは苦笑した。
この二人ときたら、何千年経っても、見ていてまどろっこしい。
「いいえ。天化殿は、どんな相手を紹介されても、断っていましたよ。私も何度かお勧めしたのですが、はっきり言われました。『自分を待っている人がいるから』とね」
「天化が……」
「私もそろそろ戻ります。太公望殿、戦いが終わりましたら、また」
「ええ。――ところで、楊セン殿。あなた、天化に『勧めた』んですか?」
聞き流してくれたとばかり思っていたことのチェックに、楊センがあわてて弁解する。
「あ、あのっ、さすがに1000年を超えて、もう時効かなとか……いえ、その――失礼いたします!」
逃げるように姿を消した楊センにちょっとむくれた後、太公望は茂みの方に目をやって微笑んだ。
*
「あの、炳霊公様」
すっかりふてくされて寝転んでいる神将の横に、三蔵は腰を下ろした。
焚き火のそばに置いてきた錫杖の周りでは、他の神将たちが新しく加わった姜公を囲んで話に花を咲かせている。
よほど人望のある人だったのだ。
天界で出現しやすくなっていることを差し引いても、神将たちが全員錫杖から出ていることなど初めてだ。そして彼らの高揚した、明るい気分が伝わってくる。
「行かなくて……いいんですか?」
あんなに懸命に探していた人のはずなのに。
他の神将たちに遠慮してか、ろくに近づけないでいるように見える。
……返事がない。
やり場のない不機嫌さだけが伝わってくる。
神将というのは、人を超越した存在だと思っていたのだが、那咤太子といい、この炳霊公といい、なんと人間的な感情にあふれているのだろう。
「『僕に似てる人』って、あの人のことだったんですね。でも、僕あんなに綺麗じゃありません」
「姿形じゃないさ。目が似てるって言っただろう。……まっすぐで、バカ正直で、ウソのつけない人間の目だ」
それって誉められているのだろうか。
姜公の方を見ると、懐かしそうにこちらを眺めていた。
「あ、あの、姜公様が!」
「何っ?」
炳霊公が、がばっと飛び起きた。
しかし、狙ったように姜公は仲間たちに視線を戻してしまう。
(……もしかして、わざとやってる?)
苦笑する三蔵の横で、また炳霊公はフテ寝してしまう。
随分経ってから、神将たちが錫杖に戻っていくのが感じられた。
姜公も、玉(ギョク)に戻ってしまったのかと心配していると、その本人がふわりと姿を現した。
三蔵ににこりと微笑みかけてから、傍らの神将に呼びかける。
「炳霊公。まだ怒っているのかい?」
「お前が、そんな名で呼ぶんじゃねぇよ」
「――天化」
炳霊公がようやく身を起こした。
しばらく言葉を探した後、決まり悪げにぼそりと言う。
「……見つけるのが遅くなって悪かった」
「謝らなくていいよ。僕にとっては一瞬のようなものだったから」
なんてこの人は、優しく微笑むのだろう。
自分にだけ、こんな風に笑いかけられたら、きっとどんな願いでもかなえたくなってしまう。
1800年もの年月を、記憶を風化させることなく待ち続けるほどに。
「ずっと探していてくれたんだってね。……ありがとう、天化」
「約束したじゃねぇか」
「でも、この世界では随分時が流れていたみたいだから」
「何千年かかろうとも探し出す。そう言ったはずだ」
その言葉に、姜公は目をそらして、うつむいた。
「――でも、こんなに長く天化を縛っていたなんて。僕は素直に転生した方がよかったのかもしれない」
「バカ言うんじゃねぇよ」
炳霊公はそっと手を伸ばし……姜公の頬に触れる直前で、引いた。
……炳霊公は実体ではない。触れることはできない。
辛そうな表情に、思わず三蔵は叫んでいた。
「あの、僕の身体でよかったら、使ってください!」
「「え?」」
1800年待ってようやく出会えたのに。
触れることさえできないなんて、あんまりだ。こんなに近くにいるのに。
せめて、一瞬だけでも……。
「三蔵殿、お気持ちは嬉しいのですが、でも……」
姜公の言葉をさえぎり、炳霊公は三蔵を覗きこんだ。
「三蔵――少しだけ、いいか?」
「は、はい」
金色の光と化した神将が、三蔵の身体に入りこむ。
開かれた目は三蔵の深い碧い瞳であったが、その強い思いを込めた視線は。
「太公望」
「……天化、あの――」
姜公の頬に手が伸ばされる。
しかし、触れる寸前に、
「このスケベ神将! 三蔵の身体で何してやがる!!」
大喝と共に三蔵=炳霊公の背中を蹴飛ばしたのは、孫悟空であった。
前にのめった三蔵は、そのまま、姜公の身体をすり抜け、地面に激突した。
自分の姿と重なったまま倒れている三蔵=炳霊公に、姜公がため息をつく。
「だから、僕も実体じゃないのに」
「ちくしょう、忘れてた……」
三蔵の身体からはじきだされた炳霊公が、悔しそうに呟く。
「それに悟空殿。こういう場合、ダメージを受けるのは三蔵殿なんだけど」
「ああっ、しまったー! しっかりしろ、三蔵!!」
「いたたた……ひどいや、悟空」
二人の様子をくすくす笑いながら見ていた姜公が、真上にある月を見上げ、つかの間の逢瀬の終わりを告げる。
「天化。いくら天界とは言っても、神将が姿を取っているのは宿主に負担をかける。そろそろ錫杖に戻らないと」
「……そうだな」
「三蔵殿、私も戻ります。その前に、少しお願いがあるのですが」
「はい、なんでしょう」
「私の今の本体である玉(ギョク)を、その錫杖にはめ込んでおいてください」
「ここにですか?」
「はい。――もう、みんなと離れたくないのです」
1800年という年月は、人としての束縛から放たれた存在にとっても、決して軽いものではないのだ。
「天化。今度はきっと、神界で」
「ああ」
紫色の軟らかな光が散り、その場には一つの碧玉が残っていた。
三蔵は、大切にそれを手に取り、錫杖の輪の一つにはめる。
……万が一、自分がこれを手放すようなことがあっても、これで姜公の魂が神将たちから離れることはない。
「なーんか、ふわふわした感じの奴だったな」
「すごく優しい波動の人だった。なんだか懐かしいような……」
「あいつはあれでも、俺たちの大将だ」
「「ええっ!?」」
炳霊公の言葉に、三蔵と悟空が仰天する。
とてもそんな風には見えなかった。
「あいつが戻った以上、俺たち神将は鬼神なんぞに負けはしない。――後は、お前次第だ、三蔵。アスラとの決戦……頼んだぜ」
「はい!」
「おう、俺がいるから負けるわけねぇぜ!」
元気のいい返事に炳霊公はニヤリと笑い、金色の光と化して錫杖に戻った。
*
「ねぇ、悟空」
「なんだ?」
「僕が死んだら、君もあんな風に探してくれるのかな」
「な、何言ってやがんだ、縁起でもねぇ! アスラとの戦いに絶対に勝つと言ったばかりだろうが!」
「この戦いには勝つよ、絶対に負けられない。そうじゃなくて……」
三蔵は、人ならぬ存在である、友の手を取った。
「僕は、ただの人間だもの。神将の皆さんや、悟空たちみたいに、500年とか1000年とか生きられるわけじゃないんだ。人間の寿命って、長くて100年くらいだから」
「お前は天界人だって分かったじゃねぇか! きっと、普通の人間なんかよりずーっと長生きに決まってるさ! お前が消えちまうなんてこと――」
あるわけない!
叫んでいるうちに、悟空はそれが自分の願いであることに気づいた。
三蔵がたった100年ばかりで消えてしまうなんて、信じたくない。
三蔵がいなくなった後、何千年も一人で過ごすなんて、想像もつかない。
何故か急に胸が痛くなって。目が熱くなったのをこらえて背を向ける。
「仕方ねぇな! もし死んじまっても、必ず探してみせる。何千年かかったってな!」
威勢のいい言葉に、ぱっと顔を輝かせる三蔵。
この怖いものなしの友人がそう言うのなら、きっと本当にそうしてくれる。
「うん、ありがとう。悟空」
それは奇しくも、かつて、炳霊公が姜公に言った言葉であることを、二人は知る由もなかった。
END
西遊記です!
書きたかった続きなので、欲張りすぎて、ちょっと長くなりました。スミマセン。
作者注(笑):天化は「必ず見つける」とは言いましたが、「すぐに」とは言ってません。天化自身も忘れてますが、太公望は分かってていじめてます。ああ、気の毒に。
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