神子舞


その日は宴となった。
名目は、『太公望の誕生日祝い』である。
この年齢になって、誕生祝もなかろうとは思ったが、公認で酒を飲めるのは悪くない。
首謀者である嬋玉に反撃を食らうのもつまらないので、天化は黙って参加することにした。
重苦しい戦いが続いていた反動のように、賑やかな祝宴となった。
最近すっかり落ちこんでいた太公望が、久しぶりに明るい笑顔を見せたのだから、計画は成功と言えるだろう。
それぞれが自分に出来る精一杯の祝いの品と言葉を用意しており、太公望という大将がどれだけ仲間たちの心をつかんでいたかを、改めて皆に知らせた。
そろそろ終宴……という頃に、太公望が全員に向かって丁寧に頭を下げた。
「皆さん、今日は本当にありがとうございました。お礼と言ってはなんですが、少々舞いを踊ろうと思います」
意外な言葉に、誰もが驚き、目を丸くする。
「誰か、鈴を持っていませんか?」
全員が、わたわたと探すがあいにく持っている者がいない。
すぐ隣で、天化が答えた。
「これならあるが」
膝に乗せていた猫から、首輪ごと鈴を取る。
「ちょっと、天化! 猫の鈴なんて、あんまり……」
「僕は構わないよ。ありがとう」
左手首に結ぼうとして苦労しているのを、かわって括り付けてやる。
陣の中央に進み出る太公望。
シャン。
涼やかな鈴の音が響いた。
静かな、ゆるやかな動き。
しかし、流れるようにしなやかな動きは、長年に渡って訓練を受けた者ならではのものだった。
素人の舞いなんぞ、と高をくくっていた天化も、思わず姿勢を正す。
片手間に見るのは許されないような、荘厳さがあった。
「親父、これは……」
「ああ、奉納の神子舞だな」
シャン。
合間に鳴らされる鈴は、天界の神を呼ぶ祈りの音。
「天化、神子舞……って何?」
舞いからは目を離さぬように、こそっと嬋玉が尋ねた。
「知らねぇのか?」
「天化。あれは、天帝の神事だ。その他で行われるのは――」
「王の前のみ……そうか、俺がまだ朝歌にいた頃に、紂王の前で特別にやったんだ」
恐らくその場にいたのは、紂王の親族たちと、朝歌でも名門である黄一族、そしてわずかな家臣たちだけだったに違いない。
「しかし、何故、太公望殿がこれを……」
「鈍いな、親父。分からねぇのか?」
「お前は分かるのか?」
「……あいつが自分で言わないことを、俺が言うわけにはいかないだろう」
「そうだな――」
過去に関わることと判断して、黄飛虎は黙った。
誰でも、言いたくない過去の一つや二つはある。
あの若さで、仙界の代表として妖魔との戦いを任された太公望ならなおのこと。触れられたくない思い出があってもおかしくはない。
天化は同じ道士であるから、心当たりがあるのかもしれないと納得し、それ以上尋ねようとはしなかった。
だが天化は、特別に何かを知っていたわけではない。
ただ、今までわずかずつ知り得たことと、今日の舞いで思い当たったことが、うまくつながっただけだ。
草原の一族の出身でありながら、ろくに日焼けもせず。
崑崙に上ると同時に元始天尊様の直弟子に抜擢されるほどの才能を持ち。
何より、あの世間知らずぶり。
そして、「戻った時」に村がなくなっていたと言っていた。
それらから推察できる答えは一つ。
あいつは、一族の神子……巫覡(かんなぎ)だったのだ。
一族からは大切にされ……けれども、一歩離れた存在として扱われていたに違いない。
シャン。
奉納の舞いは、神呼から神下ろし、祝詞奉上、豊穣祈願、そして神帰に差しかかっていた。
太公望が手を止める。
本来なら、ここで神子のつきそいたる神楽衆による楽と神歌が入るところであった。
天化は隣の父を小突いた。
だが、飛虎は憮然として首を横に振った。
珍しく、いいところを譲ろうと思ったのに。
仕方がない。
ここでそれを知っているのは、恐らく自分だけだろうから。

   集まり給え 四方の神々
   よきことは始めと末とに雨降らす
   戻り給え 四方の神々
   雨はのどかに小夜にこそ降る

朗々と詠じた天化に、陣内の者たちが一様に驚きの表情を浮かべる。
動きを止めていた太公望が、わずかに微笑んで続きを舞い始めた。
子供の頃に一度だけ見た、神子舞。
豊穣を祈るその舞いは、鮮やかに記憶に刻み込まれていた。
紂王を前に、ひるむことなく堂々と舞い切ったあの神子。
あれは、もしかすると太公望本人だったのかもしれない。
鈴の音が小さくなり、最後に神を見送る動作の後、静かに太公望が皆に向けて頭を下げた。

*

「……見事なもんだったぜ」
猫の首に鈴を戻しながら、珍しく天化が誉める。
「久しぶりだったんで、覚えているかどうか不安だったんだけど。……結構身体が覚えてるもんだね」
神子舞は人界と天界をつなぐ儀式。
今日のは本当の意味での神子舞ではなかったとはいえ、豊穣の代わりに何かを祈っていたはず。
失敗を許されない舞人は、極度の緊張を強いられる。
太公望は、今にも眠ってしまいそうな顔をしていた。
「お前は、一族の神子だったんだな」
しばしの沈黙の後、太公望はうなずいた。
「――村が襲われた時、僕は何も知らないで、いつものように祠に行っていたんだ。……あんな時、神様は何もしてくれないんだと思ったら、急に自分の存在が不安になってしまった。僕は、神に祈ることしか知らなかったから」
王の手勢によって滅ぼされた、太公望の一族。
紂王は、数年前から、辺境に住む異民族たちを片端から潰していた。
国内にもその暴挙が広かったのは、その後のことである。
「崑崙に上って、天界、仙界、人界は、それぞれ直接関わってはいけないという制約があることを知ったけれど。村のことを話したら、師匠には天命だと言われた。そういう運命だったのだって。……僕は、天命ってなんて理不尽で残酷なものだろうと思ったよ」
天命などという言葉一つで納得できるものではない。
何故、という不信と疑問は、修行を続けても大きくなるばかり。
そして、「天命に従って遂行せよ」と渡された封神榜。
望まぬ未来を見せられてしまった太公望の苦悩は、どれだけ大きかったことか。
「元始天尊様が、お前に封神榜を任せたのは、そのせいなのかもしれないな」
「え?」
「お前が、天命に逆らうことを見越した上で、渡したんだろう」
仙界には、他にも術の腕だけならいくらでも上の者がいたはずなのに、この戦いに太公望を選んだ理由。
天命に従うことしか知らない者では、何も変わらない。だが計画を遂行しながらも、それに逆らう意思のある者が動けば、流れは変わる。
「僕は、逆らってもいいのかな」
「逆らってもらわないと困るのが、ここにいるだろうが。――最後までつきやってやるから、あきらめるな。俺たちには、逆らえるだけの力がある」
その言葉に、太公望は深くうなずいた。
大切な仲間たち。絶対に失わない。すでに決まっているという、天命に逆らってでも。
溜まっていた涙が、頬を伝う。
片づけを始めていた嬋玉が、目ざとく見つけて飛んできた。
「ちょっと天化! 何、太公望さんを泣かせてるのよ、あんたは!!」
「別に俺が泣かせたわけじゃねぇぞ」
「じゃあ、一体どうしたのよ!」
天化はちらりと隣を見て、さらに喚こうとする幼馴染みの口をふさぐ。
ほとんど日課のような言い争いを嬉しそうに眺めていたはずの太公望は、口元にわずかな微笑を残したまま、すでに寝息を立てていた。

END


「舞い」のリクエストを見たとき、やっぱり太公望さんなら、胡舞みたいな動きのあるものじゃなくて、神事に近いおっとりしたものだろうなぁと思いました。
で、すでに考えていた太公望さんの昔話をくっつけてみました。

途中に出てきた神楽衆による神歌は、実は日本のものです。
岩手県の黒森神社で行われる神子舞から、ちょろっともらってきました。

ところで天化サン。もしかして、神子が初恋ですか(笑)。


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