黄家の怖い話


「肝試しだぁ?」
「一緒に行こーっ」
まとわりつく少女を、しっしっと追い払い、天化は背を向けた。
「お前らだけで、勝手に行って来いよ」
「そんなこと言って、本当は怖いんじゃないの〜?」
嬋玉が挑発するが、天化は完全に無視する。
さすがに三年以上つきあっていると、このわがまま娘のかまってやるべきところと、無視すべきところが分かってきた。
「俺は忙しいんだ、邪魔すんじゃねぇ。――行くなら、ばらばらにならずに、全員そろって行けよ。それから、奥の負来堂だけは触るな」
「負来堂?」
「梅林の奥にある小さな社だよ。あれには近寄るんじゃない。いいな?」
「は〜い」
いまいち信用のおけない返事をして、嬋玉は天化の弟たちを引き連れて駆け出していく。
本当に大丈夫かね、と見送って。
「……今日は満月――。一応連中に声かけておいた方がいいか」
天化は彼らの先回りをして、黄家自慢の庭園に出た。
「『庭師』! いるか?」
白い月李(バラ)が咲き乱れる庭で、天化が呼ぶ。
「はい、若様。お呼びですか?」
ふいに、傍らに白い服を着た若者が現われた。
驚きもせずに、天化は彼に言った。
「うちのチビ共が、肝試しで屋敷を回ってる。なんかあったら、よろしく頼む」
「分かりました。皆にも声をかけておきましょう」
天化と青年は、顔を見合わせて、小さく笑った。

*

「黄家の怪異その一。満月の夜に咲く白い月李(バラ)」
黄家の召使い特性ガイドマップを片手に、嬋玉たちがまず最初に訪れたのは庭園であった。
「わぁ、綺麗!」
「きれーっ」
花の時期は過ぎているはずなのに、月李の花が咲き乱れていた。
月夜を浴びて、一面が白い光に包まれているようだ。
「おや、これは可愛らしいお客様ですね。こんばんは」
花の手入れをしていたらしい青年が、子供たちに気づいて振り返る。
先ほど、天化に『庭師』と呼ばれていた者だった。
「今夜は満月ですからね。これを差し上げます」
月李の花を、一輪ずつ、子供たちの襟元につける。
「なぁに?」
「お守り代わりですよ。今夜は身に付けておいてくださいね」
美しい花を渡されて、嬉しくないわけがない。
すっかり上機嫌になった嬋玉は、手下(笑)を引き連れて、威勢良く次のスポットへ向った。

*

「黄家の怪異そのニ。満月になると鳴きだす、泉のカエルの置物」
泉は、賑やかなカエルの合唱が響いていた。
「なあに、全部ホンモノじゃない」
頬を膨らませて鳴き交わすカエルたちに、嬋玉もふくれる。
「でも、この泉ってこんなにカエルいたかなぁ」
泉を覗き込んで、天爵と天禄が首をかしげる。
「いたかなー」
天祥が、手にした柳の枝で、ぴしりと水面を打った。
「きゃーっ!」
飛びついてきたカエルに、嬋玉が悲鳴をあげる。さすがに、こういったものは苦手らしい。
顔にぺたりと貼り付きそうになった時、いつのまにか現われた背の高い男が、広い掌でカエルを受け止めた。
「あ、ありがと」
男がぽい、とカエルを放り出す。地面に落ちると、それはそのまま転がった。
「あらっ、本当に置物だったのね」
動かなくなったカエルをつついて、嬋玉が感心する。
「さ、次行くわよ!」

*

「黄家の怪異その三。東屋で、囲碁をする幽霊」
月明かりの下、池の中央に作られた東屋。休憩用のベンチといった方が正しいかもしれない。
その机に、碁盤が置かれていた。
その上で、白石と黒石が勝手に動いている。
「白の方が優勢みたいね」
ふいに、黒い石が、空中で止まった。
置く場所に悩んでいるらしい。
眺めていた天祥が、兄たちが止める間もなく駆け寄って、黒の碁石を手に取った。
「ここにおくといいんだよ」
ぺちん、と音を立てて碁盤に置くと、黒の手持ちの碁石が一斉に跳ね上がった。
どうやら喜んでいるようだ。
「おや、これは小さな棋士の登場だ」
「将来有望ですね」
どこからか現われた、威厳のある老人と、ちょっと風采の上がらない青年が、にこにこと天祥を撫でる。
「ほめられちゃったー」
「次、ちゃっちゃと行くわよー!」

*

「黄家の怪異その四とその五。満月になると鳴り出す楽器と、掃除をするホウキ」
大きな倉でしまわれた楽器が大合奏しているのと、離れの部屋でホウキがケンカしながら床を掃いているのを見学した後、嬋玉が喚いた。
「もー、なんだか全然怖くないわ、つまんないっ。次行くわよ!」
「でも、次って――負来堂」
「兄上は、これだけは触るなって言ってましたけど……」
天爵と天禄がためらう。
「蝉玉さん、やめておいた方がいいんじゃ……」
「他のがたいしたことないんだもの、これもどうってことないわよ。何よ、怖いの?」
「いえ、そんなことは……」
あなたの方が怖いです。
とはとても言えなくて。
屋敷の一番奥まったところにある、小さな社まで来てしまった。
「なんか、中で音がしてるわね」
嬋玉が、小さな社の扉に手をかける。
「嬋玉さあん」
少年たちは、嫌な予感に身を寄せ合ってなんとか止めようと試みる。
それもむなしく、嬋玉がかんぬきを外した途端、中から、何かが飛び出してきた。
黒い虫の固まりのようなもの。
「きゃーっ! 何これ!」
風を切って、子供たちに襲い掛かる。
その時、嬋玉の襟元にあった花が、銀の光を撒き散らして砕け散った。
続いて、天爵、天禄の花も砕けて、光の幕となって妖魔の攻撃をさえぎる。
最後の天祥の月李が砕け散った時、聞き慣れた声が響いた。
「お前ら、下がってろ!」
「兄上!」
「天化!」
「あにうえっ」
閃く刃が闇を切った。
鋭い剣風を受けて、黒い影が逃げるように社に戻る。
「『力士』!」
泉にいた長身の男が、力任せに社の扉を閉めた。
「『長老』『書生』、頼む!」
東屋の老人と青年が、社の扉に符を貼る。
「『庭師』!」
「はい、若様!」
庭園の若者が鍵の代わりに月李の花で、かんぬきをかける。
小さな社はしばらく中から激しい音がしていたが、やがて止まった。
辺りに静けさが戻る。
じろりと天化が振り返った。
「このバカ、ここは止めておけと言っただろう! ここには、この辺りにいたヤバそうなもんを集めてあるんだ。普段ならともかく、魔の力が強くなる満月の日に手を出すもんじゃない!」
「ご、ごめんなさい〜っ」
妖魔の力を目の当たりにしたのは初めてだった。
厳しく叱咤されて、さすがの嬋玉も半泣きで謝る。
予想していたことだったので、天化も、それ以上は怒ろうとはしなかった。
全員無事なことを確認して、ほっと一息。
庭園に戻ってから、嬋玉が尋ねた。
「ねぇ、その七はなんだったの?」
黄家の召使たちが作ったガイドブックには、六までしか書いていなかった。こういったものは、七まであるのが普通なのに。
「目の前にいるだろうが」
「「「え?」」」
今夜出会った人々が彼らを眺めて微笑んでいる。
庭園の守、泉の守、東屋の守……
天化が親しげに声をかける。
「お疲れさん。助かったぜ」
「いえいえ、楽しかったですよ。我々はこの辺で失礼いたします、皆様」
深々と頭を下げる者達に、つられて嬋玉たちも頭を下げる。
そして、そのまま固まった。
「……ねぇ、天化。なんで、この人たち、足がぼやけてんのかしら――」
「そりゃ、そろそろ夜明けだからだろ」
「「「え??」」」
顔を上げると、差し込み始めた朝日に、手を振ってにこにこしている彼らの姿が消えていくところだった。
「黄家の怪異その七。黄家に仕える『庭師』『力士』『長老』『書生』。お前ら運がいいぞ。ほとんど全員に会えたんだからな」
「……ってことは、今の、みんな、幽霊――」
白み始めた空に、盛大な悲鳴が響き渡る。
よく分かっていない天祥だけが、『庭師』の置いていった月李の花束を抱えてご満悦だった。

END

すいません、思い切り遊ばせてもらいました。
黄家って、そこだけで七不思議くらいありそうで。
もちろん、元ネタは学校の怪談です(笑)。


TOP/小説/封神演義編