「棗蓉小月(ザオロンシャオユエ)」
天祥と那咤は、大きな木のてっぺんに、どちらが先に着くか競争していた。
二人の外見年齢はあまり変わらない。
しかし生身の身体ではない那咤は疲れを知らず、その分先に進んでいた。
「俺の勝ちー!」
一番上の梢を掴んで、那咤が大いばりで叫ぶ。
「やっぱり那咤はすごいね。全然敵わないや」
ようやく追いついた天祥は、息を切らせている。
その様子に、那咤が笑った。
「人間にしちゃー、お前も結構やるもんだぜっ」
那咤は、自分が「すごい」ことを自覚している。だからこそ、自分に追いつこうと努力する人間や、そんな才能のある人間が好きだ。
西岐軍の中では、見た目の年齢が近いこともあり、今の一番の気に入りは天祥であった。
偉そうな将軍の父親や道士の兄貴はいけすかないが、こいつは見所がある、と。
「うわー、高いね。……あ、これ胡桃の木だったんだ」
手の届くところに、丸い梅のような実がなっていることに気づいて、天祥が言う。
あんまり大きな木なので、樟(くぬぎ)か楢(なら)の木かと思っていた。
「少し持って帰って……」
実を一つもぎ取った時、天祥はふと昔のことを思い出した。
黄家の自宅にも大きな胡桃の木があった。
時期になると、たくさんの実を落とし、それで母が色々作ってくれた……。
「ね、那咤のお母さんってどんな人?」
「へ?」
風に吹かれてご満悦だった那咤が、突然聞かれてびっくりする。
「那咤のところって、お父さんもお兄さんたちも道士ですごいじゃない。お母さんはどんな人かなと思って」
「どうって……普通の人間だぜ。俺たちみたいに術も使えなきゃ、宝貝も使えないけど――そうだな、料理はすげー、うまい!」
どうやら那咤は、父や兄とはケンカばかりだが、母とはうまくいっているらしい。自分のことではないのに、とても嬉しそうな顔をしている。
「那咤が突然大きくなった時にはびっくりしただろうね」
「ああ。でも、俺は俺だからって、それまでと変わらずに扱ってくれた。……嬉しかったぜ」
照れくさそうな顔で、へへっと笑う。
「おめえのところはどうなんだよ。たまには会ってんのか?」
聞き返されて、天祥は返事に詰まった。
自分から言い出した話題だったけれども、まだ思い出すのは辛い。
「……僕の母さんは、もういないから」
「え?」
「朝歌で僕を逃がすために……」
声をつまらせた天祥に、那咤は黄一族が朝歌でどのような目にあったのかを、ようやく思い出した。
「悪ぃ――」
人を思いやるという感情が欠落ぎみのはずの那咤が、珍しくうろたえた表情で呟く。
天祥は、わざと明るく話し始める。
「僕の母さんは、お菓子作るのが好きでね、棗蓉小月(なつめ餡の月餅(ユエピン))作るのうまかったよ。胡桃が入ってて。すごく、おいしかっ……」
けれど、あとは言葉にならなかった。
*
「天祥……」
「やめておけ」
思わず立ち上がろうとした太公望を、天化が引き戻した。
「こういう時は、下手に慰めない方がいいんだ」
「でも――」
「大丈夫だ。あいつはそんなに弱くない。……那咤もいる」
木の上を見上げて少し迷い、太公望はまたその場に座る。
軍議が終わった後、居心地のよさそうな木の下でさぼっていた天化を見つけ、ついそこに留まった。
後から来た少年たちは、二人がいることには気づかなかったようだ。
駆け上っていく様子を、こっそり眺めているのは楽しかったのに。
盗み聞くつもりはなかったのだが、風がそのやりとりを運んできていた。
今は、うろたえる那咤の気配と、天祥の涙が伝わってくる。
哀しみの気配が次第に鎮まり、落ち着いていくのを感じとって、太公望はほっとする。
大切な人を亡くした悲しみは自分で乗り越えなくてはならない。
天化の考え方は理解できたが、やはり子供が泣いているのを見るのは辛い。
「天祥の……天化のお母さんは、どんな人だったんだ?」
「そうだなぁ――」
中空を見上げて、天化がしばらく考え込む。
その表情が、やがて、おや? というものになった。
「変だな。親父をとっちめてるところしか思い浮かばねぇ」
「ええ? 仲悪かったのかい?」
「いや。見てる方が呆れるくらい仲は良かったぜ。親父は、側女を何人も持って当然の将軍職だった癖に、お袋一筋だったしな」
「じゃあ、なんで」
「宴会で帰りが遅かったりすると、女と遊んでたんじゃないかって、お袋の怒りが炸裂してた。――親父は浮気するほど甲斐性はねぇのによ」
「黄飛虎殿、結構苦労してたんだね」
朝歌の軍を一手にまとめあげるほどの豪傑なのに。惚れた女性にだけは弱いというのが面白い。
きっと、賈氏という女性はそれほど魅力的な人だったのだろう。
「お母さん、か。僕は何も覚えていないから……ちょっとうらやましいな」
天化も母を失ったのに、辛くはないのだろうか。
あんなことを言った癖に、樹上の天祥の気配に神経を張りつめている姿に、その考えを振り払う。
……そんなはずはない。けれど、これからも決して涙を見せることはないだろう。弟の為に。
「――おいっ、なんでお前が泣いてんだよ!」
「うるさいな。天化の代わりに泣いてあげてるんだよっ」
「……ヘンな奴」
困ったように苦笑して、天化が呟く。
少し迷う気配の後、軽く頭を撫でられた。髪を梳くように、何度も。
普段なら絶対にしそうにない仕草に、隠された辛さが見えたようで、涙が止まらなかった。
**
こちらは天空に近い梢の上。
風に吹かれているうちに、少し落ち着いてきた。
あわてて涙を拭いて、天祥は謝る。
「ご、ごめ……もう泣かないって決めたのに――」
那咤は、悲しいという感情が良く分からない。
だが、母親がいなくなったら嫌だ、というのは理解できた。
しばらく考えてから、突然叫ぶ。
「お前さ、俺の弟になれよ!」
「えっ!?」
いきなり、何を言い出すのやら。
「弟? 僕が、那咤の?」
「おう。俺の弟なら、俺のお袋の息子ってことだろ。なぁに、一人くらい増えたってたいして変わらねぇさ」
那咤なりに考えて、天祥に新しい母親を作ってやろうと思ったらしい。
「俺さ、うるせえ兄貴たちしかいないから、弟って欲しかったんだ! お前だって、あんな兄貴より俺の方がいいだろ?」
下の方で、あのヤロウ、と誰かが呟いたのはさすがに聞こえなかった。
「俺のお袋に会わせてやるよ。今度……いや、今日行こうぜ! その棗蓉小月っての、お袋に作ってもらおう、なっ!」
「ありがとう、那咤」
その勢いに思わず笑って、天祥はうなずいた。
「でも、今日ってのはちょっと無理じゃない?」
那咤の母がいる陳塘関は、あまりに遠い。
「なーに、俺様にかかれば、たいしたことねぇよ。師匠の洞府に行くよりよっぽど近い!」
天祥を抱えて、風火輪で飛んでいくつもりだろうか。
那咤はもうすっかりその気である。
「いっぱい作ってもらってさ、ここの連中にも食わせてやるんだ! 胡桃をたくさん取っていこうぜ!」
「……うん!」
天祥が笑顔になったので、那咤は上機嫌で手近に生っている胡桃を片端から叩き落し始めた。
まだ固い胡桃の実は、下にいた者たちに、かなりの確率で命中した。
樹上に向って朱雀剣をくらわせようとする天化を、太公望が必死で止めていた。
END
天祥の泣き顔は、ゲームの涙ぽろぽろグラフィックでどうぞ(^^;
ちょっとお兄さんな那咤になりました。
でも、那咤は「弟=子分」と思っているフシがありますけど(笑)。
胡桃って、木になっている時は、銀杏みたいに皮を被っているんですよね。
初めて見たとき、どこらへんが胡桃?と思いました(見たまましか理解できない幼稚園児)。
まぁ、あの実なら、ぶつかっても無事でしょう。
少しいい雰囲気だったのに、下は災難(笑)。
「棗蓉小月」というのは、なつめ餡の小さな月餅、くらいの意味です。
TOP/小説/
封神演義編