運命の岐路


その日、西岐軍の陣営に舞い降りたのは、陽光に煌くたてがみをなびかせた瑞獣だった。
そのいななきは、大地をとどろかせた。
その手綱を天化が手に取ったので、それが道徳真君の乗騎であると知れた。
「立派な麒麟だね」
「うちの師匠の気に入りだ。……しかし、なんだってこんなところに」
その足は風を巻き起こし、天空を駆ける。
「触るなよ。こいつは人見知りが激しい上に、気性が荒い――」
「え、なんか言った?」
天化が振り返った時には、すでに太公望は玉麒麟の隣に立っており、その顔を撫でていた。
気位が高く、道徳真君の洞府でもっとも扱い難い性格で、自分にだけ馴れているのが自慢だったのに。
よほど太公望が気に入ったのか、玉麒麟は鼻面をその手にすりよせている。
「お前も、いきなり懐いてんじゃねぇよ!」
天化が叫ぶと、ぷい、と向こうを向いてしまった。
「玉麒麟って、もっと丸っこいのかと思ってた」
のほほん、と太公望が微笑んだ。
思わず、玉のように丸い麒麟を想像して脱力する天化。
珠玉にたとえられる玉麒麟も、こいつにかかると形無しである。
言われたことが分かったのか、玉麒麟も不満そうに鼻を鳴らした。
「それにしても、こいつがわざわざ人界に来るなんて……まさか、師匠に何かあったのか!?」
玉麒麟はうなずいたようだった。
突然、早くしろというように、天化の袖を咥えて走り出そうとする。
性格はともかく、あの武術だけはとんでもなく強い師匠に一体何が……。
「悪い、ちょっと行ってくるぜ!」
「分かった、気をつけて!」
天化が飛び乗るのを待って、仙界の騎獣は一気に天空に駆け上った。

*

「師匠」
「ん?」
「これは、どういうことです?」
「どうって?」
道徳真君はいつも以上に元気そうだった。
そして、台所に並べられた、皿と白い粉を詰め込んだ袋の山。
「わらび餅の作り方を覚えたって聞いたんで。作ってもらおうかと思って」
「そんなことのために、玉麒麟飛ばしたんですか、貴方はっ!」
「そんなに怒らなくたっていいじゃないか」
「今怒らないでいつ怒れと?」
師匠のわがままには慣れている天化も、さすがにキレかかる。
人界は、妖魔との戦いで大変だと言うのに。
自分が陣を抜けている間に、奇襲でもあったら……。
「作ってくれないのか?」
「作りますよ、作ればいいんでしょう!!」
半ばヤケで、山積みの袋を移動させる。
一体この人は、どれだけ食べるつもりなのだ?
それとも仙界の仙人を全部集めて、お茶会でも開くつもりか!?
それでも、師匠の言葉に逆らえない自分が悲しい。
「天化」
「なんですかっ!」
「高と能という字がつく者とは戦うな」
声が違った。
鋭い言葉に、天化は手を止める。
「高と能……ですか?」
「お前のことで、よくない卦が出た。さらに占ってみたら、そう出たんだ。それ以上は分からん。それらしい者と遭ったら、戦いを避けろ」
師匠がこんな話し方をするのは初めて聞いた。
それにしても、用心して戦えではなく、戦うなとは。よほど、その卦は悪かったに違いない。
確実な、死を物語るほどに。
脳裏に、封神榜のことがちらつく。
その文字を持つ者が、自分を封神する運命の者なのか。
「分かりました、心します」
黙って殺されてなどやるものか。
天命など、自分の手で覆すまで。
「天化」
「はい!」
「まだ?」
「……もう少しですから、おとなしく待っててください」
天化はため息をついて、粉をひっくり返した。

*

潼関を守る武将の一人が高継能と知り、天化は確信した。
間違いない、師匠が言っていたのはその男だ。
「天化、どうしたんだい?」
「なんでもねぇよ。調子が悪いなんて、言い訳にもならねぇからな」
「えっ?」
思わず呟いた言葉が聞こえてしまったか。
太公望が不安そうな顔をしている。
師匠の忠告は聞かない方がよかったかもしれない。
普段なら、この程度の敵に気を張り詰めることはなかった。
だが、自分を死に追いやるかもしれない相手と考えると、どうしても不要な緊張を強いられる。
高継能……卑怯な手ばかり使う、小物なのに。
こんな奴にやられるものか!
関門を守るのは、人外の姿を隠そうともしない妖魔ばかり。
遠慮なく、蹴散らす。
形勢が不利とみた高継能が小さな袋を取り出した。見かけはただの袋だが、妙な気を放っている。宝貝だ。
いきなり、小さな虫の大群が集まってきた。
嬋玉に襲いかかる。
「やだっ、何、これっ!」
「嬋玉!」
朱雀を呼び、虫の群れを焼き払う。
だが、その小さな敵は次から次に現れ、きりがなかった。
それは天化をも取り囲む。
「く……!」
虻のようなものに、目をやられた。
視界を失ったままでは、宝貝である莫邪宝剣が振るえない。威力のありすぎる武器は、目標を確実に定めなくては仲間を巻き込んでしまう。
高継能は、天化が集中して狙っていることに気づいていた。恐らく、今を好機とこちらに向かっているだろう。
一瞬でいい、視界が戻れば……。
「天化!」
傍らから声が上がった。続いて、回復術の詠唱。
嬋玉も、安命術の心得があるのだった。
見えた!
とっさに、目前に迫っていた高継能をなぎ払う。
手応えがあった。間違いなく、致命傷だ。
だが、相手の槍も天化を刺し貫いていた。
こんな奴に、相討ちとは。
「ち……くしょう――」
こんなところで死ぬわけにはいかないのに。
毒のせいだけではなく、視界が闇に染まった。

*

「生きてるのか、俺は……」
「当たり前だ!」
呟いた途端、いきなり怒鳴られた。
「一体どれだけ術と薬丹をつぎこんだと思っているんだ!」
極端な怒りは心配の裏返し。
これは当分収まりそうにない。
「玉麒麟に聞いたよ。高継能のことを知っていたのに、何故あんな無茶を……」
玉麒麟に聞いた?
いよいよ、こいつも人間離れしてきやがった。
という感想はさておき。
「あの程度の奴から一生逃げ回るなんて俺の性には合わない」
「だからって……」
「まあ、多少やばかったが……生き残ったのは俺の方だ。それでいいじゃねぇか」
こうして定められた相手を倒して行けば、流れは変わるはず。
天命を覆せたかどうかは分からないが、少なくとも目前の運命は跳ね除けた。
変えてみせる。
「それに、怪我しても、お前が治してくれんだろ?」
不敵な笑みを浮かべた天化に太公望は言葉に詰まり……返事の代わりに、得意の春眠光を投げつけた。


END


光栄封神には、乗騎系が出てこないのが残念です。
2には出ると面白いのだけど。
高継能戦、うちの天化は本気で調子が悪くて、用心してスタメンに入れませんでした。
でも、嬋玉が倒れたので、思わず出馬(笑)。
「だらしねえな……結局俺が出ないとだめか。じゃ、行くぜ!」
に大爆笑。
ちゃんと高継能、倒してくれました(^^;


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