「行雲流水」
敵に切りつけられ、腕を押さえていた天化に、傍らにいた道士が回復術をかけた。
「ああ、悪ぃ」
太公望に勝るとも劣らない術の腕前に驚き、天化はその見慣れない道士をまじまじと見た。
……覚えがない顔だ。
「えーと、あんた、誰だっけ? 新入り?」
尋ねられた方は、なんと答えたものかと細い目をさらに細くしている。
その沈黙を破ったのは、駆けつけてきた太公望だった。
天化が勝手に敵陣につっこんで怪我をしたことよりも、彼が言った言葉に怒り狂っていた。
「何を言っているんだ、天化! 韋護さんじゃないか!」
「韋護? いつ入ったっけ」
「最初からだよ! 君より先!」
「……ってことは、穿雲関で――」
「いたよ! 僕と那咤、天祥、それから韋護さん! たった四人だったのに!」
穿雲関で合流した時のことを思い出してみる。
しびれ薬を盛られたバカ親父。
陳桐が夜襲をかけようとしているところにぎりぎりで間に合い、城壁の上から、まず弟の姿を確認した。
次に、元気よく宙を飛びまわっている那咤。
それから道士が目に入った。どうやら大将らしいと判断して、愕然とした覚えがある。
戦いぶりがあまりに頼りなく、あんなのを大将として認められるかと憤然として。
それが太公望だった。
その印象が強すぎて。
言われてみれば、あと一人いたような。
「あー……」
思い出せない。
「ま、いいか」
「よくない!」
あっさり考えるのを放棄した天化を、はたき倒す太公望。
「あんたなぁ、怪我人の頭をぽんぽん殴るんじゃねぇ!」
天化の苦情は無視。
韋護に向かって、深々と頭を下げる。
「すいません、韋護さん。天化って、自分の近くにいる人しか見てないから……気にしないでください!」
韋護は、首をかしげた。
目立たず生きていくのが自分の信条。
出会ってから、話したこともないのだから、天化が自分を知らないのも当然といえば当然。
ましてや、それは太公望のせいではない。
だから、気にしていない。
……そこまで考えたのだが、言葉にするのが億劫で。
「ああ」
一言に集約してしまった。
それを聞いた太公望は、ひどく衝撃を受けた。
(韋護さん、きっとショックだったんだ! 天化があんなバカなこと言うから! 僕だって、一緒に旅してきた仲間に知らないなんて言われたら……)
マイナス思考をぐるぐるさせて、固く決心する。
(みんなにも、韋護さんのこと、もっと知ってもらわなきゃ! とにかく、最初は……天化をなんとかしないと!)
翌日から、太公望の努力はゆがんだ形で現れた。
*
「……太公望、回復頼――」
「韋護さん、よろしくお願いします!」
傍らにいたのに、わざわざ遠くの韋護を呼び、自分はもっと離れた仲間の援護に駆けて行ってしまう。
「……ったく、何怒ってんだよ、あいつは! 言いたいことがあるんなら、はっきり言えばいいだろうが、ちくしょう!」
子供のように怒鳴りまくる剣士に苦笑しながら、韋護は安命術をかける。
「これでいい」
彼の術の腕前は確かなものだった。
これだけ世話になれば、さすがの天化も「なかなかやる奴」と認識するようになる。
しかし、様々な特技を持つ道士の中にあっては、どうしてもその存在は埋もれてしまう。
(なんか得意技でもありゃあ、もう少し目立つんだがな)
身体を変化させて、変化の術に対抗できるという話は天祥に聞いた。だが、それも目に見えるものではないので、実際の実力の程がよく分からない。
自分の莫邪や、楊センの哮天犬のように、覚えやすいものがあればいいのに。
まぁ、元々道士というのは、不老長生を目指している者の方が多い。武術や攻撃術に優れている者ばかりそろっているわけではないと分かってはいるが。
それでも、ただでさえ圧倒的に人数で不利な太公望側の一員としては、頼りになる技を持っているに越したことはない。
ふと、眼の端に妖魔の一群が映った。
迂回して背後に回った奴らが、後衛の天祥と太公望を狙っている。
この距離では、莫邪宝剣の剣気も届かない。
「やばい、間に合わねぇ!」
その時、傍らの韋護が、低く呪文を詠唱した。
「乾坤術……大陥没!」
韋護の術は、一瞬にして大地をえぐり、地形を変化させた。
たった今まで平坦な野原だったところが、ちょっとした崖になっている。
本人の控え目さとは裏腹に、ド派手な術だった。
思わず、口笛を吹きならす天化。
敵は太公望たちとの間に突然出来た障害に慌てふためいている。
これなら、自分たちの方が敵より先に辿りつける。
「すっげえ! やるじゃねぇか、お前!」
実力ある仲間に対して、天化は賞賛を惜しまない。
「よーっし、反撃行くぜ!」
威勢良く莫邪宝剣を振り上げる天化に、韋護は今度は降魔杵を使ってみようかな、と考えた。
*
「韋護さん、天化のこと、どう思います?」
あれから数日。
少しは状況が変わっただろうかと、太公望が恐る恐る尋ねる。
韋護はしばらくきょとんとし、こくりとうなずいた。
「いい奴だ」
珍しく、にこりと笑った韋護に、太公望はほっとする。
とりあえず、韋護と天化を歩み寄らせるという第一目標は達成したようだ。
ところが。
聞いていた天化が、せっかくの韋護の言葉を無にするようなことを言った。
「いい奴と言われるより、強い奴と言われてぇな。それが男ってモンだろ」
立ち去ろうとした背に、太公望は幻惑術「春眠光」を投げつける。
結局、翌日の天化の回復も、韋護の担当になった。
END
いけない、韋護+太公望のご依頼だったのに、これでは韋護+天化だ(笑)。
もう一本考えてみます m(__)m
すれ違いまくりの三人でした。
太公望 → 韋護の存在を天化に認めさせたい
天化 → 太公望が何を怒っているのかが分かってない
韋護 → 根本的に気にしてない
一応、太公望の目標だけ達成してますけど(笑)。
韋護の「いい奴だ」と天化の「いい奴と言われるより……」は、天化のつぶやきに出てくるものです。
天化ったら、韋護がせっかく誉めてくれたのにー……と思ったのでした(笑)。
行雲流水
→空を行く雲と、川を流れる水の意。 一つの事(既往)にこだわらず、一切を成り行きに任せること。
ですが、ここでは韋護さんのイメージで。
ほとんど書きあがって、あとは校正と追加ーと思った時、いきなりPCが落ちました。
保存してなかったので、ゼロからスタート。
覚えてたから書き直すの早かったけど、悔しかったっす。
教訓:保存はこまめに。
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