君と共に
穿雲関。
人間界に来て、様々なことがあった。
中でもここは、太公望にとって忘れられない場所の一つである。
何故なら――。
「よう、太公望、どうした?」
今では、傍らになくてはならない存在。
彼と出会った場所なのだ。
「天化こそ……こんなところでどうしたんだ?」
「ああ……俺はこの穿雲関でお前たちに合流しただろ。その時のことを思い出してたのさ」
天化の父、黄飛虎殿が陳桐の策略に陥り、危うく夜襲をかけられそうになったあの夜。
計略に気づいて何とか奇襲は防いだものの、人数差は圧倒的に不利だった。
敗北……すなわち、死を覚悟したその時、現れたのが天化だった。
たちまち戦況を覆した若き剣士。戦場でことさら輝く魂を持つ白虎。
その登場はあまりに鮮烈だった。
そして、さらに忘れられないのは――。
「あん時俺は、あんたのこと「大将とは認めねぇ!」なんて言ったっけな」
その一言。
実は、今でも心の奥に突き刺さっている言葉。
それをなんとか撤回してもらおうと、随分努力した――つもりだ。
「そうだったな……今でも……そうなのか?」
恐る恐る尋ね返すと、天化が苦笑した。
「その自信のなさが物足りないが――ま、前に比べりゃ、だいぶマシになったんじゃねぇか?」
意外な誉め言葉。
そのまま照れたように、背を向けてしまう。
少し離れ……振り返るなり、略式ではあったが、天化は太公望に向かって拱手した。
自分が認めた相手にしか、敬意を示さないこの男が。
「朝歌まであと少しだ……この調子で、引っ張ってくれや、なぁ、大将!」
多少ふざけた口調の中にも、これまで培ってきた確かな信頼が感じられた。
最高の誉め言葉だった。
「天化……ありがとう」
思わずにっこりと笑う太公望。
(その気の抜ける笑顔が大将らしくねぇんだけどな……まぁ、いいか……)
天化がこっそり肩をすくめたのに、太公望は気がつかなかった。
*
「「面白くないですね」」
前の戦闘で瓦礫の山となった城壁の脇で、よく似た二人がぼそりと呟く。
「太公望殿は嫌いじゃないですけど」
「一人占めというのはちょっと悔しいですね」
暇そうな顔で通りかかった弟を見つけ、声をかける。
「「那咤、いいところに」」
「げっ、アニキ's」
にこにこと手招きされて、那咤が用心しながら近寄る。
彼らが那咤に声をかけるのは、大抵何か説教がある時なのだ。
笑顔なんて忘れかけていた。
「……なんだよ、気味悪いな」
「さっき、九竜島四聖が使ってた宝珠、面白そうだと思わないか?」
「太公望殿に言えば、きっともらえるよ」
にこにこしている金咤と木咤。
――不気味だ。
「あれか……確かに面白そうだけどよ、なんだってアニキたちがそんなこと……」
「いいから、いいから」
「行っておいで」
「???」
送り出された那咤は、それでも強力な宝貝には興味があったので、太公望を探し始めた。
**
「太公望さん……いないと思ったらまた天化なんかと……」
こちらは、茂みの中から睨んでいる嬋玉。
よし、と拳を握って振り返り、ついてきていた幼子に声をかける。
「らいちゃ〜ん、これから私と遊ばない〜?」
「うん、せんぎょくちゃん、なにするの?」
「私が五光石投げるから、らいちゃんはそれを追いかけて。落ちたところにいた人がオニよ」
「オニって、どうするの?」
「それはね……」
ごにょごにょ。
こっそり耳打ちされた言葉に、雷震子はにっこりと笑った。
「それじゃ、いくわよ! 飛べ! 五光石!!」
***
「お、こんなとこにいたのか! 探したぜ、太公望さんよ!」
瓦礫の山と化した穿雲関の城壁前をふわふわと飛び越え、那咤が叫ぶ。
「えっ? どうかしたのか?」
那咤が太公望に声をかけるのは珍しい。
一瞬、また仲の悪い父親、李靖殿と何かあったのではと身構える。
「さっきの、九竜島四聖が持ってた宝珠、手に入ったんだろ? あれ、おもしろそうじゃん。オレに、ひとつくれよ! いいだろ? なぁなぁ!」
子供がおもちゃを欲しがるような、遠慮のかけらもない言葉。
しかし、太公望はほっとしていた。
なんだ、いつも通りの那咤だ。
その後ろから、これまたいつも通り、彼の兄達が駆けつけてきた。
「こらっ、那咤! 図々しいぞ、やめないか!」
「それに、その言葉使い! 太公望殿に向かってなんて口をきくんだ!」
「るっせーなー! 同じ顔並べて、二人してウダウダ説教たれんな!」
きっ、と那咤が振り返る。
「てめえらが戻ってきたおかげで、オヤジまで調子づきやがっていい迷惑だ、ちくしょー!」
第一、宝珠をもらいに行って来いと言ったのはお前らじゃねぇか……と言い返そうとした時、やり取りを見ていた天化が鼻で笑った。
「くくく……気楽でいいな、お子様は」
「なんだとぉ……、この、ええかっこしい! やんのか、こら!」
「この野郎……ガキだと思って甘い顔してりゃ……手加減しねえぞ!」
同じ火の属性の二人は性格的に合わない。
那咤が火尖鎗を構え、天化が莫邪宝剣を引きぬく。
あまりにお約束の展開に、太公望は焦るどころか思わず噴き出してしまった。
「ぷぷっ……那咤! 兄さんたちの言うこと聞くなら宝珠あげるよ」
これまで共に過ごしてきて、那咤のなだめ方は心得ていた。
子供のまま大きくなってしまったこの少年は、ケンカが好きだが、それ以上に目新しいおもちゃの方が好きなのだ。
「げっ、そんなんありかよ……」
決まり悪そうに、那咤は二人の兄と、太公望、そしてちらりと天化を見やる。
兄たちがうなずき、太公望が宝珠をひらめかせ、天化が剣を収めると、那咤もあきらめて槍を下ろした。
その様子に、二人の兄弟はこっそり囁き交わしていた。
(あれれ、やりますね、太公望さん)
(あの那咤をうまくなだめてしまうとは)
(ケンカして怪我したら、手当てして差し上げようと思ったのに)
(ずるいぞ、木咤。それは僕が――)
二人の目論見は、意外と誰にも知られていない。
当然、太公望も気づくわけもなく、にこにこと天化に呼びかける。
「天化も、天祥の言うこと聞くなら宝珠あげるよ」
「あのな……んなもん、いらねぇよ――うわっ!?」
憮然と呟いた天化の足元に落ちたのは、間違えようもない、五光石。
「な、なんだ、なんだ!?」
「わーい、みっけー! てんかちゃんがオニなのだ」
「は?」
「せんぎょくちゃんのいしがおちたとこにね、いたひとがつぎのオニなの。だからてんかちゃんがオニなのだ」
「オニ……って――」
「えーい! きふうはつらいーーーー!」
「どわあああっ!」
比較的なごやかだった場は、たちまち臨時の戦場と化した。
****
その夜、太公望はこっそり天化の天幕を訪れた。
(さっき、ろくに話せなかったからなぁ……。なんでだろう、最近天化としゃべる機会が減っているような気がする――)
それは、一部の仲間たちが邪魔をしているからなのだが。
「天化?」
ちりちりと音を立てて燃えている灯心。
揺れる炎が、畳んだままの夜具にもたれ、目を閉じている精悍な顔を照らしていた。
手には莫邪宝剣。眠っている時でさえ手放さないのは、常に警戒を怠らない剣士の証か。
(疲れてるんだろう。今日だって、四聖をほとんど一人で倒しちゃったんだから――)
せめて毛布だけでもかけてやろうと、気配を殺してそっと忍び寄る。
気づかれていないと思ったのに……かけた途端に、腕をぐいと引かれた。
(わーっ、ちょっと、何? 何??)
抱きすくめられて、パニック状態の太公望。
首元に息がかかるほど引き寄せられ、動悸ばかりが早くなる。
逃れようとするのだが、元より力では敵うわけもない。
加えて、天化は相手の抵抗を押さえる捕らえ方を心得ているらしい。不自然な態勢に抱えられて、うまく力が入らない。
「……もったいぶんなよ、いいだろ、麗花……」
耳元で囁かれた言葉。
聞き覚えのない女性の名。
夢の中で、どっかの誰かを口説いている最中らしい。
途端に、太公望の頭が冷えた。
なんとか自由になった手で、ぱこ、と頭を叩く。
その動きで、傍らの灯りの炎が消える。
天幕が闇に包まれた。
「いて……違ったか? 蓮怜か?」
天化は目を覚ましたものの、まだちょっと混乱している。
ぱこ!
「……この香りは――分かった、銀鈴だろ!」
――この男は。
修行の間に、一体何人の女性に手を出していたのだ?
「いい加減にしろーっ!」
「げ、太公望!?」
やっと完全に目が覚める。
だが、少し遅かった。
振り下ろされたのは、打神鞭。
翌日、戦場に天化の姿はなかった。
END
それまで、特に何も考えずにゲームをさくさく進めていた私が、
いきなり天×太にすっころんだ名場面(笑)、穿雲関復路です。
太公望の、「今でも……そうなのか?」と、
その後の「天化……ありがとう(にっこり)」には参りましたね。
直前の、嬋玉とのやりとりなんかふっとんじゃいましたもん(苦笑)。
まぁ、しっかり那咤というお邪魔虫が参上しましたが……。
愛蔵版に会話(声)が入ってなかったのはショックでした。
一番聞きたい場面だったのに。
まぁ、下手すると聞仲さんとのやりとりに聞こえて笑えるかもしれませんが(声が同じ)。
……CDドラマでも、ここは入れて欲しかったっですねぇ……。
天化に、ちょっといい目を見せてあげようと思ったのですが、失敗しました(笑)。
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