翡翠鳥(かわせみ)
「あれ、天化。どうしたの、こんなところに」
「そう言うお前は?」
同じだろう、と言外に聞き返されて、太公望は肩をすくめた。
最近は、言いたいことを先読みされてしまう。
それだけ気心が知れた、と考えれば嬉しいが……単に、思考パターンを読まれていると思うとちょっと悔しい。
「この辺りから、助けを呼ぶ声が聞こえたような気がしたんだけど」
「……お前にも聞こえたってことは、空耳じゃなかったんだな」
かすかな、小さな声だった。
風にまぎれて、他の誰にも聞こえないような。
山中の渓流。
絹のような水の流れが、岩を濡らしていく。
特に怪しげな気配はない。
「静かだね」
「やっぱり気のせいか――」
陣に戻るか、と言いかけた時。
(助けて)
今度は、確かに聞こえた。
しかし、それは声ではなかった。
助けを求める……気配。
「誰? どこにいるんだ?」
人間ではないかもしれない。
けれど、その声が聞こえたのだから。
できるものなら、助けてやりたい。
妖魔の罠ではないかと警戒し、止めようとする手を振り払い、太公望はその声の気配を追った。
渓流に沿った岩場の、窪みとなったなった場所に、それはいた。
落ちていたのは小鳥だった。
色鮮やかな、翡翠のような翼。
怪我をしているようだ。
拾い上げ、両手でそっと包み込む。
「呼んだのは……お前?」
太公望が、翡翠に向かって尋ねる。
(私をあの人のところに連れて行って)
「あの人って? どこにいるの」
助けて欲しいのは、自分ではなかったのか。
自分も怪我をしているのに。
『あの人』を助けて欲しい、という必死な思いが伝わってくる。
「天化……近くに、他に翡翠がいないかな」
「生き物の気配はないぞ。――待てよ、あれ、か」
天化の視線を追うと、岩場に散った鮮やかな羽が見えた。
転々と、案内するかのように落ちている。
その後を追い、途切れた先の茂みを覗きこんだ天化は、ため息をついて振り返った。
「これはもうダメだ。梟(ふくろう)にやられたんだろう。残ってるのは羽だけだ。……そいつには、見せない方がいいんじゃないか」
太公望がその背ごしに覗き込むと、地面に紺碧の羽が散らばっていた。
残された、その羽だけが、存在していた証。
手の中で、小鳥が震えた。
(ああ、あなた――!)
まだ飛ぶことはできないはずなのに。
「あっ……」
ばさり、と翼がひらめいた。
陽光に翡翠の輝きが煌く。
無数の紺碧の羽が舞った。
その幻想的な光景に目を細める。
小さな、何かが落ちる音が、その静寂を破った。
梢から差し込む光。日溜りの中で、『彼ら』は寄り添うように並んでいる。
太公望が触れると、それはもう事切れていた。
冷たくなっていく小さな身体。
怪我は決して治らないものではなかったのに……。
追い求める心が、伴侶を追って身体を捨ててしまったのか。
愛する相手をその翼で抱く姿は幸せそうに見えた。
少しだけ、うらやましいと想った。
それだけの相手に出会えたということが。
「翡翠は、一生同じ相手と添い遂げるそうだ」
「一人でこれから生きていくことより、共に行くことを選んだんだね」
「――俺なら後を追ったりせずに、生きていて欲しいけどな」
「それって、置いて行かれた方にとっては、すごく残酷な言葉だよ」
わずかに非難を込めて言う太公望に、天化は肩をすくめる。
「……来世で会えるかな」
「転生すると何もかも忘れちまうっていうからな」
「……彼らなら大丈夫だよ、忘れてたって、きっと見つけ出すから」
それは、そうであって欲しいという太公望の願い。
せめて躯を一緒に埋めてやり、太公望が手を合わせて祈る。
願わくば、次の世でめぐり合えるように。
茂みの葉に、一際大きな美しい紺碧の羽がひっかかっていた。
天化は、なんの気なしに、太公望の髪に挿してみる。
「似合うじゃねぇか」
紫紺に見える深い黒髪に、紺碧の青。
磨き上げた黒曜石に、翡翠を飾ったようだった。
きょとんとしていた太公望の頬が、急に上気した。
からかわれたと思って、むっとしたいうだけではなさそうだ。
怒りのあまり、手が震えている。
何をそんなに機嫌を損ねてしまったのか、かえって天化の方が驚き、聞き返そうとした時。
「て……天化のばかーっ!!」
派手な音と共に、平手打ちが決まった。
「なんなんだよ、誉めたんだろうが!?」
何故ひっぱたかれたか分からない天化が、かんかんに怒って走って行く太公望に向かって叫ぶ。
返事はとうとうなかった上に、その後、一週間ばかり無視される羽目になった。
END
ちょっとだけ、中国の黒龍江辺りの伝説から。
ここでもらったのは、鳥の羽の部分。
鳥の羽を髪に挿すのは、プロポーズなんだそうです。
ちょっとだけ、「西遊記」につなげてみよーかなーという小話でした。
天化を封神した後、太公望は一人でさまよっていたはずなので。
その辺りの話も書いてみたいです。
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