「風の翼」


雷鳴と共に登場した雲中子。伴われて現れたのは、だぼだぼの道士服を着た少年だった。
人見知りをしない大きな瞳で、仲間となる者たちを見る。
「らいちゃんね、とべるんだよ。ねぇ、すごい? すごい?」
その姿と声に、那咤が呆れかえる。
まだ幼い子供だったからだ。
「なんだよ、こんなガキ、連れて行けるかよ!」
怒鳴りつけたものの、少年は怯えのかけらもない。
かえって、自分と同じように空中を飛んでいる那咤に興味をもったらしい。
那咤の周りをぐるぐると回り、嬉しそうに笑う。
「な、なんだガキ? 文句あんのか?」
その途端。
幼児の姿が豹変した。
幼い丸っこい顔が、するどいクチバシを持った、猛禽の姿に!
「ケーッ!」
「どわああああっ」
いきなり沸き起こった竜巻に、巻きこまれかけた那咤が喚く。
「何しやがんだ、てめぇ! お、驚かせやがって……」
その言葉に、ぽん、と雷震子の姿が戻る。
「らいちゃんね、きふうはつらいができるんだよ。すごい? ねぇ、すごい?」
「これこれ、雷震子。お兄ちゃんをからかっちゃいけないよ。……どうじゃろう、この子なら、立派にやっていけると思うが」
突然矛先を変えられて、太公望はおたおたしながら、うなずく。
「は、はい、もちろんです。……雷ちゃん、よろしくね」
「はあーい、らいちゃん、がんばるのだ!」
にこりと笑って翼を打ち振るなり、少年は那咤に飛びついた。
「おにいちゃん、あそぼーっ」
「うわわ、来るなー!!」
怖いもの知らずの那咤も、天真爛漫なお子様相手は勝手が違うようだ。
あの那咤が一方的に逃げ回っているのは、初めて見る光景である。
「では、よろしく頼むよ」
「は、はぁ……」
さっさと仙界に戻ってしまった雲中子を見送って、太公望は新しく加わった少年のにぎやかな声に、少しだけため息をついた。

*

那咤を追い掛け回している羽つきの少年を目に留めて、天化が尋ねる。
「なんだよ、あのガキは」
「雲中子様のお弟子さんで、雷震子。翼があって、空が飛べるんだ」
太公望が耳打ちしたのを聞きつけて、雷震子は今度はこちらに飛んできた。
「こんにちは!」
元気よく挨拶され、天化は仕方なく名乗る。
「俺は黄天化だ」
「てんかちゃん?」
聞いていた那咤と鄭倫が爆笑した。
太公望と韋護も、笑いをこらえるのに必死だ。
天化は絶句して声もない。
まさか、ちゃんづけされるとは思わなかった。
「てめ……そんな呼び方するんじゃねぇ!」
「ほええ? じゃ、おいちゃん」
天化がひきつり、また周りが爆笑する。
「俺はまだ二十一だっ」
「らいちゃん、ごさいだよぉ」
五歳の目から見れば、二十歳過ぎは十分おじさんに見えるだろう……って、そういう問題ではなくて。
眼前の幼子を殴りつけそうな形相の天化の前に割って入り、太公望は雷震子に言い聞かせる。
「天化のことは、お兄ちゃんって呼ぼうね、雷ちゃん」
「はーい、おねえちゃん」
何の疑いもない返答。
辺りが、真っ白になる。
沈黙の後、仕返しのように天化が爆笑した。
太公望は、ひきつった笑みを浮かべて、雷震子に頼む。
「ら、雷ちゃん……僕もお兄ちゃんって言ってくれないかな?」
「ほえ? なんで?」
不思議そうに見上げられて、太公望はなんと説明したものか、がっくりと肩を落とした。
*

「天化、まだちゃんづけされたこと、怒ってるのかい?」
大人気げないなぁ、と言わんばかりの太公望を、ぎっと天化は睨みつけた。
「そんなんじゃねぇ。あんなガキを連れてきた雲中子様と、簡単に受け入れたあんたに腹が立ってんだよ」
「何故?」
「あいつを連れて行くのは、俺は反対だ。今のうちに、雲中子様のところに帰すべきだ」
「でも、雲中子様自ら託して下さったのだし、あの起風発雷はすごい技だ。足手まといにはならないと思うけど」
「じゃあ、あんたはあんな子供に人殺しをさせるのか?」
「!」
「敵は妖魔だけじゃない。戦っていれば、人間相手のこともある。……あんな自分で判断もつかないような年齢の奴に、「敵は殺していい」なんて考え方されたくないんだよ、俺は!」
考えてもいなかった言葉に、太公望は言葉を失う。
だが、戦いの中に身を置くということは、そういった事態とは隣り合わせだ。
自ら戦いに加わったのならともかく、ただ能力があるというだけで……。
これでは、天化が怒るのも無理はない。
「ごめん、僕の考えが甘かった……。でもね、雷ちゃんは幼いけど、ちゃんと考えてると思うよ。さっき、何故僕たちに力を貸してくれるのかって聞いたら、この国の人たちが笑っていられるようにって言っていた。彼なりに、戦う目的があるんだよ」
わずか五歳の子供が、仙界で道士の修行を積み、しかもあんな能力を手にするだけの理由が。
「僕も、雷震子を前面に出す気はない。手を汚すのは……僕だけでいい」
「――馬鹿野郎、大将はガキと一緒に、奥で引っ込んでりゃいいんだよ!」
言い捨てて立ち去る背中が見えなくなってから、太公望は小さく呟いた。
「ありがとう、天化……」

*

黄花山四天王との戦いは、予想外の苦戦となった。
たかが、背中に翼を持っただけの盗賊。
それなのに。
岩場が連なり、足場が少ない。
なかなかこちらから攻撃ができない。
足をすべらせ、川に転落しそうになった太公望の腕を天化がつかむ。
手がふさがったところを、敵が見逃すはずがない。
「神速強掠!」
辛環が術を唱えた。
風が二人を包み込む。
「いただきだ!」
風に飛ばされた剣が、狙ったように陶栄の手に渡った。
「……っ!」
太公望を岩場にひっぱりあげたものの、天化は莫邪を奪われて空手となってしまった。味方とは離れてしまっている。代わりの剣も手に入らない。
「覚悟しやがれ!」
向かってきたトウ忠を、天化は発勁で弾き飛ばす。だが、このままでは。
その時。
「きふうはつらいー!」
陶栄の手から、莫邪が落ちた。
自由自在に飛びまわり、敵の間をすり抜けてきた少年が、受けとめた剣を天化に投げる。
「はい! ぶき、とりかえしたよ!」
「雷震子、えらいぞ!」
受け取りざま、莫邪宝剣を振るう。
その剣気は、辛環と張節を同時に叩き落した。
逃げに入っていた陶栄とトウ忠は、岩陰から放たれた弓を受け、やはり地に落ちた。
天祥はここのところの戦いで、格段に腕を上げている。
莫邪を鞘に収め、天化が振り返る。
「やるじゃないか、雷震子」
「えへへ。……ほめられちゃった。えーとぉ」
呼びかけに迷った雷震子に、天化はあきらめたように肩をすくめた。
「もういい、好きなように呼べ」
その言葉に、様子を見ていた太公望が嬉しそうに笑った。
「天化が折れるなんて珍しいね」
「ああいう、何を言っても無駄なガキには覚えがあってな。……ま、あいつなりに敬称をつけてるつもりなんだろ」
「よかったね、雷ちゃん。天化ちゃんでいいって」
「てめえが言うんじゃねぇっ!」
「やったぁ、てんかちゃん、てんかちゃん、てんかちゃん!」
「やかましい!」
雷震子は聞いてない。
くるりと振りかえるなり、今度は太公望に向かって、わくわくした顔で尋ねる。
「じゃあ、たいこうぼうちゃんのことは、おねえちゃんでいいの?」
「そ、それはダメーっ」
「どうしてぇ?」
「いいんじゃねぇか、『おねえちゃん』」
ニヤニヤする天化に、太公望が叫ぶ。
「天化ーっ、人事だと思って!」
「おお、人事だからなぁ」
「??? てんかちゃんと、おねえちゃんはなかよしなのだ」
「「ちがーう!!」」
同時に叫ばれて、雷震子はさらに不思議そうな顔になった。

根本的なことが分かってない雷震子を説得するのに、さすがの太公望もかなりの日数を要した。
その間、本陣では内緒で天化のことを天化ちゃん、太公望のことをお姉ちゃんと呼ぶのが流行っていた。

END

……で、たまに本人に言ってしまって、怒られる、と。

雷ちゃん登場!です。
どんな相手も「ちゃん」づけで呼ぶ、ある意味最強キャラと書かれてましたね(笑)。
確かに、「天化ちゃん」はすごい。
よく天化が許したなぁ、と言うわけで、書いてみました。

黄花山の盗賊たち。
攻略本に、武器を取り上げる「神速強掠」を使うので注意! と書いてあったのに、一度もお目にかからなかったんですよ。
武器がなくなったら、あんなことしよう、こんなことしようと考えてたのに(笑)。
くやしいので、こっちで書いてみました。


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