誓約
「天化殿、お久しぶりです」
「楊セン……か?」
覚えている姿と微妙に異なる友人に、天化は戸惑った。
記憶と違う。しかし、間違いなく、あの戦いを共にした者。
違和感は、自分にもあった。
自分が死んだのを覚えている。
妖魔に取り巻かれ、致命傷を負った。
炎に取り巻かれた記憶。
そして――封神榜に導かれた。あいつの声で。
魂魄が、身体から離れた感覚まで残っている。
「ここはどこだ? 俺が封じられてから、どのくらい経ってる?」
「神界です。人間界の時間で、十年くらい、というところでしょうか」
なんでもないことのように、楊センは言った。
人界と神界では時間の流れ方が異なると聞く。
神となった彼らにとって、十年という月日は、たかが知れたものなのだろうか。
しかし、天化にとっては。
十年――そんなにも。
あいつはどうしているだろう。
守ると約束したのに、人間界に一人置き去りにした。
自分が封じられないと、あいつの役目は終わらないと分かってはいても。
最後まで自分の手で守ってやれなかったことが悔やまれる。
その思いを読み取ったように、楊センがすまなさそうに言う。
「太公望殿の所在は分かっていません。貴方が封神された時に、行方を追ったのですが、人界の気にまぎれてしまって……」
あれほど鮮やかな気を持つ奴の気配を辿れなかった? 楊センともあろうものが。
……まさか。
「いえ、後を追ったということはありません。転生の流れに入ってはいないようですし、何より、その気は消えたわけではなくて、人界に存在しています」
「では何故見つからない?」
当然の疑問。
「どういった方法でか……自分で封じ込めているようなのです。その気配はあまりに微弱で、しかも人界の気に溶けこんでいます。場所を特定するのが困難なのですよ。――すみません。貴方が目覚めるまでには、こちらにお迎えしておきたかったのですが」
その言葉に、ニヤリと不敵な笑いを浮かべる天化。
「見つかっていないのなら、俺が見つければいい。それだけの話だ」
神気をまとっても、人間であった頃と、何も変わらない。
何にも捻じ曲げられない強い魂と、自信。
苦笑した後、楊センはふと、不思議そうな表情になった。
「ところで、天化殿。貴方は昔、火属性でしたよね」
「? 今でもそうだろう」
「確かに火の気配もありますが……金属性が主体になっていますよ」
言われてみて、天化も初めて気づく。
「属性が変わるなんてこと、あるのか?」
「封神された時の影響でしょうか。……こういった例は見たことありませんが」
「まぁ、別に支障はないようだし。親父と同じってのは気に食わないがな」
朱雀さえ呼び出せれば、別にいい。なってしまったものは、考えてもしょうがない。
「ところで、俺の神名は?」
「……管領三山正神、炳霊公です」
「炳霊――幾千の霊の管理者か。自分の魂すら自由にならない者に、皮肉な称号つけてくれたもんだ」
「天化殿」
「まぁいい。この世界、案内してくれ。俺が最後なんだろ?」
「ええ。これで三六五の神々がそろったわけです。封神計画は終わりました」
「あいつの重荷もこれでなくなったわけだ」
「見つかったら、ゆっくり休ませてあげましょう」
自分たちの、たった一人の大将を。
*
「ろくな剣がないな!」
神界の宝物庫の陳列品も、天化にかかっては形無しである。
きらびやかに並べられていた剣は、遠慮ない試し切りで刃こぼれし、ほとんどがガラクタと化していた。
「やれやれ、剣の方が貴方の力に耐えられないようですね。ただでさえ、人間の身であの莫邪宝剣を振るっておられたのですから、ま、仕方ないと言えば仕方ないですが。……そういえば、莫邪宝剣は?」
「さぁな。多分、あいつのところに置いてきた」
「うーん、莫邪に匹敵するものの業物となると――そうだ」
案内されたのは、楊センの宮だった。
「これは私の持っている中では一番の剣です。貴方に使ってもらえれば、これも本望でしょう」
「いいのか?」
「私にはこれがありますし」
楊センは三尖刀をかざしてみせる。
渡された剣は、宝物庫に並んでいたものに比べると、飾り気がない。
だが、今までの剣とは格が違った。確かに名剣だ。
しかし――。
言葉を天化は飲み込んだ。
武器は必要だ。
たとえ、それが手になじまなくても。
**
天化は、主だった連中を顔を合わせると、挨拶もそこそこに人界に入った。
何の命令もなく神界から出るのは、違反であるということくらい知ってはいたが。
自分が管理することになった三山の付近の見回りくらい勘弁してもらおう。
……人界に入らないと、楊センの言っていた微弱な気を感じることすらできない。
「――俺なら後を追ったりせずに、生きていて欲しいけどな」
「それって、置いて行かれた方にとっては、すごく残酷な言葉だよ」
そんな会話を交わしたのはいつのことだったか。
生きていて欲しい。
その思いに嘘はない。
けれど、それが残した者への新たな重荷になっているとしたら。
――あの当時、あいつは天界と仙界の都合で、封神計画という重荷を背負わされた。
それでも、それがあいつを生かしてきた。
自分が封じてきた人々のためにも、中途半端なことはできない、と。
けれど、計画は終わった。
俺が封じられることで。
封神計画の重責からの開放と引き換えに、残されたのは、きっと深い悲しみと目的の喪失感。
悲しみだけにひきずられると、人間は笑うことを忘れる。
そんなことを望んで置いてきたわけじゃない。
生きて、笑っていて欲しい。
そのためになら、俺のことを忘れてしまっていても構わない。
十年という月日が、あいつに新しい目的を与えてくれていればいい。
俺が別の次元の存在になっていようと、あいつが俺を覚えていなかろうと。
生きてさえいれば、また始められる。
落ちこんでいる暇があったら、早く見つけろ。
自分に言い聞かせ、また別の場所に移ろうとした時、切り立った岩の向こうに、妖気を感じた。
かなり大物の妖魔だ。
岩場を越えると襲われている子どもが見えた。
異界から迷い出した妖魔を退治するのも神将の役目だ。
しかし、この距離では間に合わない。
とっさに、楊センから借りた剣を投げる。
あやまたず、それは虎のような妖魔の頭を貫いた。
「大丈夫か?」
声をかけると、子供はまだがたがたと震えたまま、天化の背後を指差した。
とっさに子供を抱えて、横に飛ぶ。
彼らのいたところを、頑強な爪がえぐり取った。
「今度は熊かよ」
熊にしては、十倍ほど大きいが。
任務についたばかりなので、この辺りの結界が弛んでいるのかもしれない。
あれを倒したら、文官どもに対策を命じておかないと。
しかし、今はそんなことを考えている余裕はなかった。
妖気を隠して天化を襲った攻撃は、かなりの力を持った妖魔の証。
しかも、借りた剣は先の妖魔に刺さったまま、まだ大地に落ちている。
――あの剣さえあれば。
師匠から授かったあの剣。仙界一の名剣。
黄天化の愛剣。
莫邪さえ!
金気が天化を覆った。
その呼びかけに答えるように、手の中に一振りの剣が現れた。
しっくりと手になじむ、最高の相棒。
煌く銀の光が妖魔を一刀両断する。
のたうつ妖魔の身体を前に、天化は自分の手の内にある剣を見つめる。
(俺は……莫邪を取り込んだのか)
属性が金気を帯びるわけだ。
(俺は莫邪すら、あいつのところに置いてこなかったんだな)
あいつが莫邪を持っていれば、その気配を辿ることができたのに。
再び、愛剣を手にした喜びと共に、深い失望が広がる。
また手がかりを失ってしまった。
人界はあまりに広い。
十年もの間、神将となった者たちが必死に探しても、その気配を手繰れないほどに。
自分が治めることになった蓬莱山の頂きから遥かに広がる地平を見下ろす。
(俺が見つければいい。そうだろう、太公望)
何百年、何千年かかろうとも、あきらめない。
自分は約束したのだから。
あの何よりも優しい、紫の瞳に――。
END
何故、火属性だったはずの黄天化が、炳霊公になって金属性になってしまったか。てなもんで。
ゲームの方では、火属性に那咤太子がいたからという、とーっても単純な理由なんでしょうけど。
(属性変えてでも出してもらった天化。愛されてるなぁ)
「封神演義」後、「西遊記」前。
抜き身の莫邪宝剣を携えたっていう解説が気になってました。
鞘だけは、太公望のところに残されていたり。
天化封神の場面を書くか、書かないか、検討中。
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