「親馬鹿は死ぬまで治らない」
「のう、白猿。太公望はうまくやっておるかのう?」
ふう、と大きなため息をついたのは、仙界の崑崙派の総帥、元始天尊。
「うきっ?」
「気になるのう……かといって、わしは人間界にはとどまれぬし……何かよい方法はないかの……」
数千年を生きた長老も、可愛い弟子のことは気になるらしい。
「うっきー」
「そうじゃ。お前の目を借りれば、様子を見ることはできるの。――頼むぞよ、白猿!」
「う……うきゃー!!」
遥か仙界から投げ落とされた神猿は、落下し続け、あやまたず西岐軍の陣営に落ちた。
「あれ……白猿!?」
土煙を巻き上げて地面に衝突した生き物を拾い上げ、太公望が驚く。
「大丈夫かい、白猿。一体どうしてここに……」
空を見上げるが、頭の上はまぶしいばかりの晴天が広がるばかりだ。
「何かいたずらでもして、師匠に怒られたのかい? しょうがない、今度白鶴が来たら、連れ帰ってもらおう。それまで、ここにおいで」
「うききっ!」
仙界にいた頃と変わらぬ弟子の笑顔にじーんとしつつ、白猿=元始天尊は考える。
(さて、うまく入りこめたわい。どれ、様子を見るかの……)
小さな白猿は、太公望の肩を陣取って、きょろきょろと辺りを見まわした。
*
「ったく、お前はとろいんだから、戦場では後ろにいろって言ってんだよ!」
「で、でも……、ちゃんと無感手使って役に立ったじゃないか」
「俺が後ろに来ていた妖魔に気づいたからだろうが! とにかく! 二度と! でしゃばるな!!」
「う〜……」
今日の戦いで太公望が危ない目に合ったので、天化はやたら機嫌が悪い。
容赦なく罵倒されて、太公望は涙目になっている。
すっかり消沈して、とぼとぼと後をついていく様は、叱られた子犬のようだった。
(ぬぬぬ……太公望をあのように罵るとは……あの若造、許せん!)
「うきっ!(重圧!)」
「どわっ!?」
いきなり、背後から踏みつけられたように天化が倒れた。
「て、天化ーっ!?」
「な、なんだ、これは……」
つぶされたまま、必死で辺りを見まわす剣士の横で、白猿は喜びの舞いを踊っていた。
*
「……大将としての自覚が足りないとしか思えませぬ。これにつきましては、心構えをいくつか。少々長くなりますが……」
太公望はその日、ついうっかり寝坊したばかりに、楊任につかまった。
延々と説教を聴かされ、その時間は三刻にも及んだ。
ただでさえ寝不足が続いているところに、単調な話はかなりキツイ。
終わった頃には、太公望は寝る前よりもずっと疲れ果てた状態に陥っていた。
(うぬぅ、あの新米道士めが、思い知らせてくれる! 夜になったら、最大級の春眠光じゃ!)
翌日、楊任は自分が寝坊して、陣営の皆に笑われる羽目になった。
*
「太公望さーん、今日は私が腕を振るうわね!」
恋する乙女の優しい言葉に、白猿=元始天尊は少しほっとする。
そうそう、大将たるもの、このくらい尽くしてくれる者がいてくれないと。
(ほほう、この娘、太公望に懸想しとるのか。ふむ、お手並み拝見……)
しかし、その夜、太公望(とその仲間たち)は、すさまじい料理の洗礼に合い、床に臥す羽目になった。
(うぬぬ〜、この小娘、修行不足にも程がある! 太公望に近寄ること、まかりならん!)
翌日から、嬋玉と、仙界から派遣された白鶴のバトルが始まった。
*
「大将殿が夜一人で単独行動など、無用心にもほどがあるでござる!」
満月の美しさに誘われて、陣を離れていた太公望は、前から歩いてきていた崇黒虎とぶつかりそうになり、散々叱られてしまった。
(ぬぬ、あの風雅を解せぬ武人バカめ)
白猿=元始天尊は、崇黒虎の肩に飛び乗った。
実は崇黒虎は、怪談にはめっぽう弱い。
ぽん、と肩を叩かれたような感触に、立ち止まり、硬直する。
白猿=元始天尊の拘束を食らって、金縛りとなる。
目の前を漂う白いもの。そして耳元で妖しげな声。
「おぬし……みーたーな……」
「ぎゃあああああ!」
「崇黒虎殿!?」
駆け戻ってきた太公望は、立ったまま気絶した崇黒虎の頭の上で、尻尾を揺らしている白猿を見つけた。
*
「やっぱり、仙界の桃は違うぜ」
「こんなに食えて、わいは幸せやわぁ……」
こそこそと、倉庫となっている天幕に潜りこみ、仙界の果実に舌鼓を打っていたのは、土行孫と竜鬚虎であった。
もちろん、大将には無断である。
「ああっ! 最近、仙桃の減りが早いと思ったら……こら!」
「やべえっ」
「す、すんまへーん!」
たまたま現場に遭遇した太公望の叫びに、二人は逃げ出す。
(うぬ、大切な仙桃を、このような下司共が食しておるとは、許さん!)
「うっきー!(雷鳴!)」
晴天にも関わらず振ってきた霹靂に、盗人二人は半焦げになって倒れた。
その手からは、生焼けになった桃が転がり落ちていた。
*
「ねぇ、天化。なんだか、最近陣が騒がしい気がするんだけど……」
「……この状況で、その程度の感想しかねぇのか、おめえは」
「え、天化、原因分かってるの!?」
真剣に聞き返す太公望に、天化はため息をつく。
「本気で正体暴きたいか?」
「うん」
「仕方ねぇな……」
近くに誰もいないのに、耳に手を当てて、ぼそぼそと何やら囁く。
(うぬぬ、若造、あまり太公望に近寄るでないっ。聞こえんではないか!)
木で遊んでいるフリをしていた白猿=元始天尊は、あわてて太公望の肩に駆け上ったが、遅かった。
「え? 何それ。そんなんで、何か分かるわけ?」
何やら言いつけられたらしい太公望が、きょとんとした目で尋ね返す。
「お前さえその気ならな」
「そう……じゃ、やる。よく分からないけど」
「それじゃあ、俺はそいつを連れて出かける。一時間くらいで戻っから。がんばれよ」
「うん」
「――おら、行くぞ、サル!」
天化は白猿の尻尾を掴み、逆さ吊りにしたまま歩き出す。
「うきゃきゃー!(おのれ、若造ー!)」
白猿=元始天尊が天化に引きずられて着いたのは、すももが実っている林であった。
「おら、猿。働かザル者食うべからずだ。きりきり取って来い」
蹴飛ばされるように、木の上へ追いやられる。
(お、おのれ、今度修行に来たときには容赦せんぞ……)
取ったすももは太公望にやるのだと分かっていなければ、誰がこんな若造の言いなりになぞ……。
せめてもの仕返しに、とったすももを、ぶつけるつもりで投げ落とす。
天化は器用に、降ってくるすももを籠に受けとめていた。
*
もう日は暮れかけている。
白猿=元始天尊が厨房に駆け込んだ時、太公望は包丁を握ったまま、ぼろぼろと大粒の涙をこぼしていた。もう目も開けていられないのか、固く閉ざした瞼を、何度も手でこすっている。
とうとう我慢できず、その肩に駆け上った白猿=元始天尊は叫んでしまった。
「太公望よ! 誰かに食事当番を押し付けられたのだな? うぬぬ、大将をこんな雑用に使うとは、もう許さん!」
「えっ――、その声……元始天尊様?」
「太公望よ、もうよい! 仙界に帰ってくるのじゃ!」
「え、あの、師匠……?」
「このような輩の大将など、おぬしには荷が重過ぎたのじゃ! 早く戻って……うきっ!」
後ろから尻尾を掴まれ、また逆さ吊りにされる。こういう真似をする奴は……。
「あれ、天化? 皆も?」
「太公望! このような輩のところに送ったわしが悪かった! こんな傍若無人で厚顔無恥で恥知らずで厚かましくてわがままで自分勝手で――」
「師匠、そんな。皆、ホントはいい人ばかりですよ」
「ええい、こやつらなぞ庇うことはない! 現にお前は今日もそんなに泣かされておるではないか! また何か言われたのであろう!?」
「あ、いえ、これは、玉葱が目に染みて――」
「なぬっ!?」
白猿=元始天尊は、その言葉にあわてて太公望の手元を見る。たしかに、山積となった玉葱が並んでいた。
逆さ吊りの状態で、なんとか後ろを振り返る。
「お、おのれ、わしをたばかったのか、若造! わしを誰と心得る! 恐れ多くも仙界、崑崙派の総帥、元始天尊なるぞ!」
自分で言うか。
ニヤリとして、天化は聞き返す。
「その恐れ多い総帥殿が、人界で何やっているんです?」
「う……あ……うききっ」
反論に詰まり、思わず宙吊りのまま白猿の舞いを踊ってみる。
「ごまかすな、じじい」
放り投げられ、玉葱の皮の山につっこむ白猿。
「うぬ、この若造……」
「――元始天尊サマ。俺たちはこう見えても、結構うまくやってたんですよ。それを、貴方がひっかきまわしてくれたおかげで、うちの軍は混乱状態。どーしてくれるんです?」
言葉こそ丁寧だが、皮肉たっぷりに言われて、元始天尊はちょっとひるむ。
仙界ならともかく、人界、しかも白猿の姿では立場が悪い。
「し、しかし、わしは太公望が心配で心配で……」
「そんなに心配だったら、なんでこいつを代表として送り出したりしたんです!」
「う、それは……封神計画が決まった時、各仙人に一人は弟子を送り出すことになったのじゃ。わしのところには、太公望と申公豹しかおらんから……仕方なく……」
「師匠……仕方なく……だったんですか、僕は――」
自分の存在に自信を失いかけていたところに、師匠にまで「仕方なく」と言われ、太公望はずーんと落ちこんでしまった。
「……っ、ち、違うぞ、太公望、そういう意味では――うぬぬ、おぬしら、よくも太公望を泣かせおって!」
「今のは、あなたが泣かせたんですが?」
天化のつっこみに、西岐軍の面々が、うんうんとうなずく。
「とにかく! 総帥なら総帥らしく、仙界で大人しくして頂きたい。――はっきり言って迷惑だ」
「う、うきー……」
その夜、呼び出された四不象の背に括りつけられて、元始天尊入りの白猿は仙界に戻った。もとい、追い返された。
*
「えーと。このたびは、うちの師匠がとんだご迷惑を……」
太公望に深々と頭を下げられると、元々の原因である面々は決まりが悪い。
「元はと言えば、わいらが悪かったんですわ」
「そうそう、仙界の大将の意外な姿も拝めたしなぁ」
「元始天尊様があんなにも親バカだったとは……うちの師匠に、面白い土産話ができましたよ」
「何千年も修行した方でも、弟子は可愛いんですねぇ」
ある者はあわただしく、ある者はくすくすと笑いながら、その場を去って行く。
皆を見送った後、太公望は最後に出て行こうとしていた天化を呼びとめた。
「ねぇ、天化」
「あ?」
「僕はこのまま大将でいいのかな。師匠にまで、仕方なくって言われちゃった……」
哀しげに苦笑する太公望を、天化が小突く。
「――っか野郎。ここの連中は、今更お前以外にはついて行かないぜ。奴らを動かせるのも、お前だけだ。最初のきっかけがなんであろうとな、西岐軍の大将はお前一人だ。忘れんな」
その言葉に、ほっとしたように微笑む。
「ありがとう。……皆には悪いけど、本当言うと、今回のこと、少し嬉しかったんだ。僕は家族ってよく分からないから、元始天尊様が僕のことであんなに親身に怒ってくれたこと。お父さんってこんな感じかなって」
「……親父よりは、祖父って感じだけどな。まぁ、そういうもんじゃねぇか?」
「元始天尊様を心配させないためにも、僕もがんばらなくちゃ」
「おお、がんばりな。お前の取り柄って言ったら、それくらいだもんな」
ニヤリと言われて、ふくれる太公望。
「ひどい……」
「誉めてんだぜ」
「ホントに?」
「……バカ、何泣いてんだ」
「違うよ、これは玉葱が染みただけだってば」
「その手でこするな、余計ひどくなるだろうが」
「ふえええ、止まらないよぉ――」
その日、西岐軍の夕食は、当然ながら、玉葱がメインだった。
END
親バカ全開の元始天尊様です。
各仙人たちの親バカ比べってのもの楽しそうですね(笑)。
元始天尊サマの悪戯が書きたくて、長くなってしまいました、スイマセンm(__)m
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