「水鏡」
ここのところ、木咤は天化に剣の稽古の相手をしてもらっている。
そのせいか、普段の一人での鍛錬もえらく気合が入っていた。
金咤はちょっと面白くない。
「木咤はいいな。僕も剣にしておけばよかった」
ふくれつらをされて、木咤は苦笑する。
たまたま使っている武器が剣だというだけで、自分が一人占めしているのだ。
ちょっと悪いと思い始めていたところだった。
「兄上。それじゃ、今日は入れ替わってみます?」
「ホントか?」
「ええ」
言って、つけているハチマキをはずす。
金咤は、髪をお団子にしている布をとった。
「こういうの久しぶりだね」
「久しぶりですね」
「ばれないかな」
「ばれないでしょ」
にっこりと笑いあって、金咤と木咤は互いの目印を交換しあった。
*
剣戟が響く。
ニ、三合、打ち合っただけで、天化は違和感を感じて相手の剣を叩き落した。
「お前……木咤じゃないな。金咤か」
剣を拾い上げている金咤に言う。
びっくりして、金咤は頭を下げた。こんなに早く気づかれるとは思わなかった。
「す、すいません! だますつもりじゃなかったんです!」
木陰から様子を見ていた木咤が飛び出してきた。
「ごめんなさい、僕が言い出したんです! 兄上も、天化殿と立ち会ってみたいと言っていたので……」
すっかり恐縮している二人に、天化は苦笑する。
「別に怒っちゃいない。ちょっと驚いただけだ。金咤、お前、槍使いのくせに、剣も結構いけるじゃないか」
その言葉に、双子の兄弟は顔を見合わせ、うなずいた。
「僕たち、一方が習うと、そのコツがなんとなく分かるんです」
「だから、なるべく別のことを習うようにしています」
「そりゃ便利だな」
以心伝心、心の通じ合う双子ならではの特技だろうか。
人の半分の時間で、物事を習得できるということだ。これはうらやましい。
まだ稽古の相手をしてくれるだろうかと、不安そうな顔の金咤に、天化は苦笑した。
莫邪を鞘に収めて、木咤に渡す。
「槍余ってんだろ。一つ貸してくれ」
「え、天化殿が使うんですか?」
天化が莫邪以外の武器を使っているのは見たことがない。
もちろん、火竜ヒョウや鑚心釘のような補助的な宝貝の鮮やかな使いこなしから、大抵の武器は網羅しているとは感じていたが。
「槍は黄家のお家芸――なーんて言ってる頭の固いヤツに昔、叩きこまれたんでね。それに、俺の師匠も槍使いだ。稽古の相手くらいならできるぜ。せっかく、槍の使い手が相手なんだ。俺にも練習させてくれ」
「は、はい!」
大喜びで、使いなれた槍を手にする金咤に、天化はぼそりと念を押す。
「……オヤジには内緒だからな」
「……はいっ」
どうあっても、父親を喜ばせるようなことはしたくない、反骨精神旺盛な天化である。
半刻ほど打ち合い、やはり金咤の方が根を上げた。
腕が同じくらいだと、武術は体力勝負になる。
実戦はともかく、打ち合いを主とする訓練では、どうしても天化の方が双子の兄弟よりも有利なのだった。
木陰で一休みして、天化が尋ねた。
「お前ら、どうして使う武器を変えてるんだ? 本当はどっちでもいいんだろ。剣も槍も、なかなかの腕じゃないか」
もったいない、と言いたげな口調に、二人は困ったように答える。
「父が……僕たちのこと、見分けがつかなくなるので」
「道士になると決めた時に、髪型と、武器と、師匠を変えることにしたんです」
「子供の頃、見分けられなくて、額に名前まで書かれましたし」
「あれは、子供心に傷つきました……」
同時の深いため息に、悪いと思いつつ大笑いしてしまう。
「お前らも苦労してんだなぁ」
今日はこのくらいにしておくか、と腰を上げた天化が、ふと思いついたように言った。
「せっかくそこまでやったんだ。今日一日、その格好でいてみろよ」
「「え?」」
「意外なことが分かるかもしれないぜ」
それだけ言って、立ち去ってしまう。
その姿が見えなくなってから、金咤と木咤は首をかしげた。
「意外なことってなんだろう」
「なんでしょう。でも、天化殿がそうおっしゃるのなら」
「このままでいてみようか」
二人は、顔を見合わせて、うなずいた。
*
「うわわわっ」
両手一杯に地図らしき巻物を抱えて歩いていた太公望が、廊下で転びそうになった。
金咤が支え、落ちそうになった巻物を木咤が受けとめる。
「大丈夫ですか?」
「手伝います」
二人の声に、太公望はほっとして礼を言う。
「ありがとう、金咤殿、木咤殿……あれ?」
二人を見比べて、恐る恐る尋ねる。
「もしかして、逆の格好してます?」
その言葉に、二人は驚く。
また、こんなにすぐにばれてしまった。
「よく分かりましたね」
「そりゃあ」
太公望がにっこりと笑う。
「仲間ですから」
当たり前でしょう?と付け加えられて、二人は顔を見合わせる。
巻物を運び終わり、部屋から出たところに、ぱたぱたと少年が駆けつけて来た。
「いたいた、金咤さん、木咤さん、連理光のことで教えて欲しいことが……あれっ?」
天祥が、二人を見比べる。
うーん、としばらくうなった後、目を丸くして尋ねる。
「髪型違うけど……逆ですよね? どうしたんですか?」
「てんしょうちゃん、あそぼー……あれぇ、なたちゃんのおにいちゃんたち。なんでちがうかっこうしてんの?」
飛び込んでいた雷震子にまで言われ、金咤と木咤は驚いた。
いつも、どっちだか分からない、と言っていたのに。
「う、うん。ちょっと」
「気分を変えてみようかと」
「ふぅーん?」
雷震子は、少し考えた後、天祥を振り返った。
「ねぇ、てんしょうちゃん、ぼくたちもふく、かえてみよ」
「ええ? 僕に道士服はちょっと似合わないかも……」
「えー、かえようよ、ねーねー」
「ぼ、僕勉強が……」
「まってよー」
走り去っていく二人を見送って、金咤と木咤は顔を見合わせた。
「天祥君にも、雷震子君にもばれちゃいましたね」
「驚いたね」
話しながら廊下を進み、角を曲がったところで、正面から来た者とぶつかりそうになった。
かち合ったのは、暴れん坊の弟だ。
「げっ、アニキ's……。ん? なんで、逆の格好してんだよ。ただでさえややこしいのに、ますます分からなくなるじゃねえか! やめろよな、そーゆーの!!」
いきなり文句を言って、くるりと背を向けるなり外に飛んでいってしまう。
別に、今日は説教するつもりなどなかったのに。
「那咤も……分かってるんだね」
「うん。……みんな、ちゃんと僕たちのこと分かってくれてる」
「なんだか嬉しいな」
「うん」
二人は、くすぐったそうに微笑みあった。
**
「よう、お二人さん」
上から声をかけられて、二人は辺りを見回す。
「こっちだ、こっち」
「「天化殿」」
見上げると、大きな木の上で、天化が寝転んでいた。常緑の葉の中に上手く隠れている。
下手に城に入ると色々手伝えと文句を言われるのが目に見えているので、逃げているらしい。
「どうだった?」
聞かれて、二人は不思議そうに答える。
「それが、皆」
「僕たちが逆だってこと、分かってくれるんですよ」
照れながらも、嬉しそうだ。
やっぱりな、と天化が笑った。
「普段はあんまり気にしてないから間違えるんだ。でも今日は、逆の格好してるだろ? だから余計に違いが目に付くんだな。……分かったろ、皆、お前らを別の人間として認識してるって」
互いのことが好きだから、そのことでケンカしたことなどなかったけれど。
気にしていないつもりでも、本当は別の人間なのだと、皆に知っていて欲しかった。
そんな本音を見抜かれたようで、二人は驚く。
「はい」
「ありがとうございます」
それじゃな、とまた寝に入ってしまう天化にくすくすと笑っていると、聞きなれた声がこちらに近づいてきた。
「今日こそは引導渡してくれるぜ、クソオヤジ!」
「うわわわわわ。おお、金咤、木咤、いいところに」
いつもと変わらぬ平和(?)な風景。
このまま放っておくと、ここら一帯が火の海になる。
「こら、やめないか、那咤!」
「父上、大丈夫ですか?」
いつものように、兄弟で間に割って入る。
那咤が極端なので忘れられがちなのだが、この二人の乱闘を止められるというだけでも、双子の兄弟の実力は相当なものだ。
「おお、木咤! 那咤をなんとかしてくれ」
ハチマキをしめた息子に、李靖が叫ぶ。
「金咤、助けてくれー」
髪をおだんごにした息子にも、情けない声を上げる。
その言葉を聞いた二人が、ふいに表情を変えた。
「父上は……」
「分かってくれないんですね」
二人して、深いため息。
「え? な、なんのことだ?」
二人が、くるりと父に背を向けた。
「那咤」
「今日は、好きにしていいよ」
那咤が躍り上がる。
「おお? なんか知らねぇけど、兄貴たちの説教なしみたいだぜ! いくぜ、クソオヤジ!」
「どわああああ、なんでじゃー!」
やはり辺りは火の海になった。
その日の夕食には、何故か焼き芋が並んでいたらしい。
おまけ
天化「金咤は金属性、木咤は木属性。迷いそうになったら、目ぇ閉じりゃ一発だって」
太公望「李靖殿も、早く気づくといいんだけど」
END
金咤と木咤って一卵性双生児ってやつですね。
でも、髪型も違うし、使ってる武器も違うし、なにより属性が違うし。
李靖さん、いくらなんでも、額に名前を書くのはちょっと……。
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