風雲


その日、流れる雲の間から、光り輝く騎獣に乗って、仙界の使者が舞い降りた。
まだ十五、六の、涼しげな顔立ちの少年だった。
「こちらは西岐軍の本陣でお間違いないですか?」
「ええ、そうですが……」
たまたま陣のはずれにいた太公望が、にこりと迎えると、少年は略式ながらきちんと拱手をして頭を下げた
「翆鳳と申します。大将殿にお目通り願いたい。それから、こちらに洞府から私の叔兄が来ていると思うのですが……」
「どちらの洞府の方ですか?」
「道徳真君様です」
「それじゃ、天化のことですね?」
太公望の言葉に、少年は少し少しむっとした表情で続けた。
「私は、大将殿とお話ししたいのです。お取次ぎいただけませんか?」
「はい、僕がそうなんですけど……」
「えっ!?」
少年はひどく驚いたようだ。……まぁ、当然かもしれないが。
そういう対応には慣れているので、太公望は別に気にもしない。
少年の尋ね人がいそうな方に向かって叫ぶ。
「天化ー、お客様だよ! 天化! あ、いた。……すぐ来ますよ」
陣のはずれの木の下で、銀の光が閃いたのを見て、太公望が振り返る。
しかし、翆鳳はものすごく不機嫌そうな顔で太公望を睨んでいた。
「……呼び捨てになさるんですね」
「え?」
太公望が、その意味を聞き返す間もなく、剣の鍛錬をしていたらしい天化が、まだ莫邪を手にしたまま姿を現した。
「一体、何の用……」
面倒そうな顔でこちらに歩いてきていた天化が、太公望の隣の少年に気づき、ぴたりと足を止める。
「………………げえっ、翆鳳! なんでここに!」
「天叔兄! お会いしたかったです〜!」
今までの不機嫌さはどこへやら、翆鳳はまだ驚きに硬直している天化に飛びつく。
その様子に太公望は、仲がいいなぁ、と見当違いの感想を抱いてにこにこ眺めていた。

*

「悪い、ちょっとかくまえ!」
「え?」
大将の天幕に飛びこんできた天化は、そのまま太公望の脇を通りすぎ、畳んである夜具の向こうに隠れた。
続いて、軽い足音が近づいてくる。
それはやはり天幕の前で止まった。
覗きこんできたのは、翆鳳。
「太公望殿、天叔兄を見かけませんでしたか?」
「あ、その……」
ちらりと夜具の方を見る。
夜具は低いのだが、天化は床に張り付くようにして身を伏せているらしい。うまくこちらからは見えなくなっている。
「いえ、知りません」
「そうですか――失礼しました」
どこに行ったのかな、と呟きながら、少年はさらに陣の向こうに駆け出して行く。
その足音が聞こえなくなってから、ようやく天化は顔を出した。
息まで止めていたか、ぜいぜいと、呼吸を整えている。
「あんなに慕ってくれてるのに、そんなに嫌わなくても」
「別に嫌っちゃいない。ただ……苦手なだけだ」
その言葉に、太公望が笑い出す。
「何だよっ」
「天化って意外と苦手な人、多いんだなぁと思って。嫌いと苦手の違いって、危ない時に助けるか、助けないか、でしょ」
「なんだよ、そりゃ」
「普段苦手だって言ってる人のこと、真っ先に助けそうだもの。それに、なんだかんだ言って嫌いな人はいないみたいだし」
「いるぜ」
「え?」
「オヤジ」
「また、そんな……」
あまりつっこむと、また親子ゲンカに発展しそうなので、刺激しないでおく。
「道徳真君様の洞府は、にぎやかだったんだね」
「うちの師匠は結構弟子が多いからな。……あいつが来たのは、俺が入って間もない頃で、まだあいつは十歳くらいだった。弟共と同じくらいだと思って、つい構っちまって……」
「懐かれた、と」
荒っぽいながら面倒見のいい天化は、何かと目をかけてやったに違いない。
幼い子供には嬉しかったのだろう。
「元始天尊様の洞府には、誰もいなかったから……兄弟弟子がいるの、うらやましいけどな」
「……限度ってもんがあるぜ」
天化が深いため息をついた時。
いきなり、陽光が差しこんだ。
今度は、足音を忍ばせて来たらしい。
「天叔兄!」
「げっ」
「やっぱりここでしたね!」
「勘弁してくれ!」
「あー、待ってくださいよー!」
駆け出す前に、翆鳳は太公望をきっと睨んでいった。
「……僕、あなたのこと、認めませんから」
呟かれた言葉に、太公望はくすん、と落ちこむ。
「どうして嫌われちゃったのかな」
理由を察することが出来ないまま、太公望は次の書類に取りかかった。

**

「明日の戦いには、僕も出ますから」
言い出した翆鳳に、天化が怒鳴る。
「翆鳳、いい加減にしろ。遊びじゃないんだぞ!」
「分かってます、それくらい。僕だって、師匠のところで修行してるんですよ。宝貝も使えますし、安命術だって得意です。役に立つと思いますけどね」
そこの人よりは、という思いを隠そうともせず、翆鳳は太公望を見る。
はらはらと仲間たちが見守る中、太公望は普段と変わらぬ笑顔でうなずいた。
「助かります、翆鳳殿。それでは、後衛の援護をお願いいたしますね」
「おい、太公望!」
「明日は僕も前衛に出るから、後ろの回復役が心もとなかったんだ。大丈夫だよ、後衛には飛虎殿や楊セン殿もいるし」
「う……」
そう言われると、確かに留める理由がない。
臨時とはいえ、翆鳳も道徳真君のところから遣わされた道士の一人だ。
はりきる翆鳳を客用の天幕に放りこんだ後、天化は楊センを呼びとめた。
「楊セン、ちょっと」
「何か?」
「……その、翆鳳のこと、頼む。あんたにしか頼めん」
楊センは、おや、珍しいという表情でくすくすと笑う。
「貴方を追って前線に飛び出さないように、ですね。分かりました。……気苦労が多いですね、天叔兄」
「うるせぇよ」
頼んだぜ、と念を押して、天幕に戻って行く天化に、楊センはくっくっと笑い続けていた。

***

「やっぱり天叔兄はすごいや」
次々に妖魔を切り伏せて行く兄弟子を見て、翆鳳が嬉しそうに呟く。
自分の周りは敵が少ないので、たまに味方の回復に当たるくらいで、少々手持ち無沙汰ぎみだった。いつになったら、前線の彼らの近くに行けるのかと、うずうずしていた。
「あっ!」
天化の後ろに妖魔が現れたことに気づき、翆鳳は走り出そうとする。
「天叔兄!」
それを、楊センが止めた。
「大丈夫ですよ、見ててください」
目前の敵を切り伏せた天化の背後から、人狼の妖魔が切りかかる。
天化は背中が無防備に見える。このままでは……。
せめて術で援護を……と呪文を唱えようとした時、妖魔と天化の間に、すっと割り込んだ者がいた。
太公望だった。
手にした打神鞭で敵の剣を払いのけ、術を放ったらしい。
弾き飛ばされた敵は、その場で昏倒していた。
最初から打ち合わせていたような、見事な連携だった。
たいして武術の腕もない頼りない大将のくせに、あんな前線に行くなんてとんでもない奴、と思っていたのだが。
「太公望殿はそれほど武術に長けているというわけではありませんが、彼の強みは仲間の能力を正しく判断して、その足りない部分を的確に補う、ということです。天化殿だけでなく、この軍の誰もが安心して背中を任せられる、稀な人なんですよ」
だから、あまりいじめないで下さい、と言われたようで、翆鳳は憮然として黙り込んだ。

*

「それじゃ、僕は洞府に帰ります」
「気をつけてね」
変わらない笑顔で見送る太公望に深々と頭を下げた後、騎獣に飛び乗り、翆鳳はくるりと振り返り、叫んだ。
「太公望殿、僕、貴方のこと認めたわけじゃありませんから!」
「え?」
「それでは天叔兄、また来ます!」
「あンの馬鹿……」
騎獣と共に陽光の中に消えて行く弟弟子を見送って、天化はこほんと咳払いして言う。
「あー、その……あいつの言うこと、気にしなくていいから」
肝心の太公望は、天化に言われてもきょとんとしていた。しばらくしてから、ふいに何か気がついたように尋ねる。
「ね、天化」
「ん?」
「もしかして、あれって道徳真君様の口癖なの? 「認めない」ってやつ」
太公望は、まったく翆鳳の言動を気にしていないようだ。
相手が子供だったからか、それとも、意味が分かっていないからか。
この数日間の気遣いは、もしかするとまったく意味がなかったのかもしれない。
わくわくした表情で聞かれて、天化はがっくりと脱力した。

END


洞府でもちょっとお兄さんしていたらしい天化さんでした。
翆鳳というのは、私のオリジナルですので、信じないように(笑)。
本当は原作に出てくる白雲にしたかったんですけど、次作で出るとヤバイから……。
しつこくなるので、今回は翆鳳VS天祥は見送りました。
弟同士の対決というのも面白そうだったんですけどね(^^;
太公望はまったく相手にしてませんが、天祥の方は嫉妬しまくりな気がします。

太公望は、翆鳳のことは全然気にしていません。
猫のマオルや、蓮華姉さんの時のように、焼き餅を焼くのには、ある共通点があるのです。
気づきました?(笑)

【風雲(かぜくも)】
風に吹かれて動く雲。消息を伝える使いに見立てる。


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