「金烏」


「おい、見てみろ」
指差された先には、白い鶴が翼を広げたような形の花が咲いていた。
「珍しいね、白鶴草だ」
神丹にも匹敵すると言われる、薬草の一つだ。この一枝で、多くの人の病を治すことができる。
嬉しそうに葉を摘み取っている太公望に、天化は少し嫌な顔をして尋ねた。
「白鶴って言えば、あんたについて回ってる、あの嬢ちゃん。元始天尊様のところの仙童だろ? なんだってあんたのこと、師匠なんて呼んでるんだ。鳥が変化できるようになるには、少なくとも数百年はかかるはずだぜ。あんな姿してても、相当な霊力の持ち主なはずだ」
いくら元始天尊の直弟子でも、生まれて二十年ちょっとしか経っていない人間を師匠と仰ぐとはとても思えない。
「ん〜、それが僕にもよく分からないんだ。気がついたら白鶴が……」
どかっ!
「ししょー! 呼んだ〜!?」
元気の良い声と共に現れたのは、他でもない白鶴。
少女の姿をした、仙界の元始天尊つきの鶴の化身。
「てめぇ……」
踏みつけられた天化が睨みつけるが、白鶴は動じない。
「わざとやってるだろ!」
「害虫駆除よ」
「誰が害虫だ、誰が!」
「あたしのししょーに近づいちゃだめ!!」
「誰がお前んだ!」
「やかましいわね、このごろつき! ならず者!」
「何を、この若作りの成長不良!」
ぎゃんぎゃんと喚きまくる二人をよそに、太公望は薬草摘みに夢中になっていた。

**

(なんだか、頼りなさそうな子ね)
白鶴が受けた第一印象は、新入りにとっては辛(カラ)いものだった。
数十年ぶりに、崑崙山の頂上まで辿りついた仙人候補は、ここまで山道を一人で登ってきたとはとても思えないほど、ほっそりとした、白面の少年だった。
「ね、あなた、名前は?」
「……好きに呼んでください」
表情は堅く凍りついたまま、ほとんど動かない。
仙界に来て緊張しているのかと思ったのだが、どうもそれだけではなさそうだ。
「……んもう」
なんてとっつきにい、可愛げのない子だろう。
それに、こんな細い身体で、辛い修行に耐えられるのだろうか。
一通りの説明をして、とりあえず一休みできるように部屋に案内した後、白鶴は不満そうに主に尋ねた。
「元始天尊様、あの子、本当に大丈夫でしょうか」
「白鶴よ、人はなろうとしても仙人になれるものではない。持って生まれた素質と、何より山に選ばれてここへ来るのじゃ」
「それは分かってますけどぉ……」
仙人としての素質を持たないものは、そもそもこの山を登る事はできない。
登っても登っても道が延々と続き、獣が襲い、資格のないものをふるい落として行く。
そして、選ばれた者だけが、それぞれにふさわしい場所へ導かれるのだ。
他の仙人たちでなく、元始天尊の元へやってきたことだけを見ても、あの少年が類稀な力を秘めていることが分かる。
けれど、それにしてはあまりに見かけが頼りない。
まぁ、様子をみてみよう。
別の洞府に来た新入りに比べたら、ずっと可愛し。
白鶴は、新しい弟子に仙界を案内しようと、足取り軽く飛び立った。

**

新入りは、確かに素質があった。
わずか数日のうちに、白鶴もそれを認めざるを得なかった。
暑さも寒さもまるで感じていないかのように、淡々と修行をこなしていく様子は、まさに仙人になるべくしてここに来たのだと感じられる。
任される雑用もそつなくこなし、薬丹や護符の作成などは、仕事をすべて取られてしまいそうな気配だ。
今日も早いうちにやることがなくなってしまい、白鶴は新入りを薬草のたくさん生えている小蓬莱に連れて来た。
この辺りは人界との狭間になるので、もっと仙界に慣れてから教えようと思っていたのに。
自然に触れるのが好きらしい新入りは、無表情ながらも少し嬉しそうに辺りを見て回っていた。
今ごろ、珍しい薬草探しに夢中になっているに違いない。
せっかくここまで来たのだから、自分も仙薬になる若水でも汲んでいこうか。
そう思った時。
背後に大きな気配を感じた。
振り返るのが怖い。
けれど、振り返らないと、もっとまずいような気がする。
身体ごと目をやり……白鶴は、生まれて初めてなほどの悲鳴を上げた。
丸太ほどもある、巨大な蛇だった。
かっと開かれた巨大な口。
濡れて、鋭く光る牙。
身体が動かない。逃げられない!
恐怖の余り、目を固く閉じる。
だが、自分を一飲みにするかもしれない口は、いつまでたっても来なかった。
恐る恐る目を開くと……自分と、丸太ほどもある大蛇の間に、見覚えのある姿があった。
白い道士服のほっそりした姿。
発せられた詠唱は、春眠光だった。
新入りの腕に噛み付いたような状態のまま、大蛇はずるずると地面に崩れていく。
「白鶴、大丈夫?」
「う、うん……」
「眠らせただけだから、早くここから離れよう」
即されて、ようやく身体が動くようになる。
手を引かれ、その場から遠ざかる。かなり離れたところで、二人して座り込んだ。
「怪我してる」
走ってくる時に枝で切った手の甲の傷に気づいて、少年が手を差し伸べる。
短い詠唱と共に暖かい空気が手を取り巻いた。
「これで大丈夫」
「あ、ありがとう」
痛みがひいただけでなく、落ち着いた声に、やっと助かったのだと実感できた。
その時になって、白鶴は相手がさっきから左腕をまったく動かしていないことに気づいた。
蛇が噛みついていた方だ。
表情一つ変えないので、てっきり大丈夫なのだと思っていたのに。
「……やだ、ひどい!」
蛇の牙に切り裂かれた、ざっくりとえぐられたような傷だった。
溢れ出した血が地面に滴り落ちている。
相当痛むはずなのに。
「動いちゃダメ! すぐ元始天尊様にお薬もらってくるから! ここにいてね!!」
相手は何か言おうとしたようだったが、もうそれどころではない。
半分泣きながら、白鶴は主の元に文字通り飛んで帰った。

*

「どうしたのじゃ、白鶴。そんなにあわてて」
「元始天尊様! あの子……怪我……蛇に……」
「蛇だと? 毒にやられたのかの?」
「わ、わから……ないです」
「――あれは、安命術をもっとも得意としておる。意識さえあれば、自分でなんとかしておるであろう」
言われて、自分も手当てしてもらったことを思い出す。
それに、毒に冒された様子もなかった。
「あ、そうか……」
「これを持っていくとよい」
渡された丹薬を抱えて、白鶴は再び小蓬莱に向かう。
飛んでいると、少し気持ちが落ちついてきた。
そうだ、あの人間は、治癒術が飛びぬけていたではないか。
あれくらいの怪我、もう自分で治しているかもしれない。
こんなに慌てる必要などなかったのだ。
こんなに動揺してしまったのが少し照れくさくて、わざと速度を落としてみる。
少年は、同じ場所にちょこんと坐っていた。
白鶴が戻ってきたのに気づくと、少し口元を緩める。
その手を見て、白鶴は愕然とした。
「ど、どうして治してないの!?」
あふれる血は止まっていたが、傷はそのままだったのだ。
きょとんとして、少年が答える。
「白鶴が、薬を持ってきてくれるって言ったから、このままの方がいいのかと……」
「バカっ、そんなわけないでしょお!?」
半泣きで、元始天尊から預かった薬を、腕の傷に塗る。
なんて素直で、馬鹿正直で、人を疑うことを知らない魂なのだろう。
こんな人間、見たことがない。
「ありがとう、白鶴」
(やだ、この子、笑うと結構素敵じゃない……)
無表情で、感情を表さない子だとばかり思っていたのに。
にこりと微笑まれて、白鶴は急に顔が上気するのを感じた。
照れくさいのをごまかして、白鶴は不機嫌なフリをして少年を洞府に帰らせた。

*

その夜。
大きな悲鳴に、白鶴は駆け付けた。
「どうしたの!?」
少年は、自分の肩を抱いて、傍目にも分かるほど震えていた。
悪い夢でもみたのだろうか。
「人が……燃えてる……炎が……!」
不思議な紫色の瞳が、闇の向こうの何かを見つめている。
まだその心は、夢とうつつの境に浮かぶ情景に囚われている。
「しっかりして、火なんてどこにもないわ。ただの夢よ」
「……どうして、僕だけ――っ」
小さな叫びと共に、両手に顔をうずめて泣き伏す。
どうしようもない、過去の幻影に向かって、謝り続けている。
この少年は、感情が薄いのではない。
あまりに辛いことがあって、泣くことも、笑うことも忘れてしまっていただけなのだ。
本当は、こんなにも瑠璃のように様々に輝く魂を持っているのに。
何故気づかなかったのだろう。
「大丈夫?」
「うん、ごめん……」
泣き笑いの表情で見つめ返されて、切ない思いが込み上げる。
大切にしたい。
慈しみたい。
いつもそばにいて守ってあげたい。
こんな気持ちは初めてだ。
思わず、考えてもいなかった言葉が口から出る。
「これから、あたし、あなたのこと「師匠」って呼ぶね」
「え?」
「好きに呼べって言ったでしょ。だから」
「ちょ、ちょっと待ってよ。僕は何も教えてあげられることなんて……」
「いいの! あたしがそう呼びたいんだから! ね、ししょー?」
この子は、自分の知らなかった感情を教えてくれる。
こんな人間は他にいない。
これから、もっとたくさんのことを教えて欲しいから。
仙鶴となって、長い年月を生きてきたけれど。
白鶴はようやく、自分だけの金烏を見つけたと思った。


END


ししょーと白鶴の出会いであります。
実は、光栄封神のシナリオ作者様にとって、白鶴は「聖域」(^^:みたいなんで、
白鶴のことを書くのは遠慮してました。
「ししょー」と呼び始めたことについて、きっと思い入れのある話があるんだろうなーと思って。
私が書くとこんな感じです、すいませんm(__)m

白鶴と天化はすでに知り合いです。
元始天尊のおつかいで洞府を行き来しているときに、ばったりと……。
>別の洞府に来たという新入りに比べたら、ずっと可愛し。
はそのことです(笑)。

白鶴草は肺結核をも治す薬草だそうです。
すごいにゃー。

金烏というのは、太陽の異名です。
太陽に三本足の烏(からす)がいるという中国の伝説から。
三本足の烏って、ヤタガラス。日本って本当に中国に影響受けまくり。


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