「詐欺師」


「どうだ?」
「過労と軽い肺炎。薬を上げたから、すぐに治るよ。……君たち、もうお母さんは大丈夫だよ」
心配そうに待っていた幼い兄弟が、ほっとした表情になる。
「あとは、君たちがしっかり助けてあげて」
「はい! あ、でも、僕……」
太公望の声に答えかけた兄が、急に肩を落とす。
「薬商の若旦那様に、今までの薬代を払えないのなら、奉公にあがれって……」
「今までの? どれくらい?」
「え、と、三回分で碧玉を一つ……」
渡された薬というのを見て、太公望が愕然とする。
「ただの山薬(自然薯)の粉末だよ? 確かに薬効はあるけど、そんなに高価なものじゃない。こんなのって詐欺じゃないか! ひどいことを……」
「だからといって、俺たちには関わっている暇なんかねぇぞ」
薬代をなんとかしたとしても、あの男がこの辺りの豪商である以上、同じことが起こる。彼らが自分たちで何とかしない限り。
「でも、彼らは困っているのに……」
このお人好しの大将は、こうやって出会う一人一人を気にかけるから、やたらに時間がかかる。いい加減に、見切りをつけるということも覚えてもらわないと。
「お前はうちの軍を抱えているんだ。私情に走るのはやめろ」
今回は、非情に徹することを決意して、天化が太公望を本陣に引きずって帰ろうと考えた時だった。
「兄上〜」
天祥だ。
「どうした?」
「兄上、今、通りかかったおじさんが、僕の……」
いつものしっかりぶりはどこへやら、妙にうろたえきった声だった。
「僕のお尻を触っていったんですーっ」
「何ぃっ!?」
天化の声が跳ねあがる。
「どこのどいつだ、おい! 叩き切ってくれる!」
「もう行っちゃっいましたけど……もう少し大きくなったら、うちに来いとか言って……」
「あ、それ、薬商の若旦那です。口癖で……」
言い難そうに、兄弟の兄が口を挟む。
一瞬の沈黙後、天化は傍らの太公望の肩をつかんだ。
元々鋭い目に、肉食獣のように危険な光が浮かんでいた。
「おい、太公望」
「な、な、な、何?」
「ちょっと手伝え。――そのすけべ野郎、ただじゃおかねぇ!」
無視から一転、薬商の運命は決まった。
「……天化の方が十分私情に走ってるよ……」
兄弟と天祥が呆然と見送る前で、ずるずると引きずられながら、太公望は溜息をついた。



「旦那様、旅の方が一晩宿を借りたいと……」
「ああ? 宿にも泊まれない貧乏人か? 追い返せ!」
「それが、そのう……」
主人の好みを知っている召使いが、言葉を濁す。ぴんときた商人は隠し窓から来客たちの姿を確認した。その目が、いつもよりもちょっと飾り立てられた太公望に止まる。
「ほう、少々とうが立っているが、たいした美形だな。……よし、通せ」
「かしこまりました」
たちまち、都からの脱出途中といった風情の二人連れは、丁重に奥の部屋へと案内された。



「うまく入りこめたけど……一体どうするつもりだい?」
「決まってるだろ? あのガキ共から巻き上げようとしている分と、手間賃をいただいていくのさ」
「でも、どうやって……」
「あの商人は色好みだからな。お前にちょっと相手させてやるって言えば、いちころさ」
「え? 僕は男だよ? そういうのって、嬋玉とは公主とか女性でないといけないんじゃ……」
「ばーか、気づいていないのか? あいつは稚児趣味だ。多少年食ってても、お前みたいのに食いついてくるんだよ」
「稚児??」
「お前はとても二十歳過ぎには見えんしな」
それが何? という顔の太公望は意味が分かっていない。もちろん、自分がどういう状況なのかも。
「ま、少し待ってろ。話をつけてくるから」
「話? ちょっと天化……もう!」
ご丁寧に夜具までそろえられた部屋に取り残されて、太公望は憮然としていた。
しばらくして。
戸が開いたので、てっきり天化が戻ってきたものと思って振り返った太公望の笑顔が固まった。
噂の薬商の若旦那だった。
「待たせましたね、なんでも、都から落ち延びる途中だとか。ご苦労されたことでしょう。おお、近くで見てもなんと美しい……。今夜は私が辛いことなど忘れさせて差し上げますから――」
「はあ?」
ワケの分からない台詞に、太公望は戸惑うばかり。一体、天化はこの男に何を吹きこんだのだ?
「ちょ、ちょっと! 何をするんですか、止めてください!」
「おお、声もまた格別……いてっ」
「もう、どこ触って……やめてってば!!」
帯をほどかれそうになって、さすがの太公望も身の危険を感じた。一般人に道術を使うのは気が引けたが、そんなことを言っていられない。
「幻惑術……春眠光!」
「わわっ!?」
一声叫び、ばたりと倒れた男は、大いびきをかき始めて、もう目覚める気配はない。
ほっと安堵の溜息をついた時、背後の窓から聞き慣れた声が聞こえた。
「よぉ、なんとか自分で逃げ切ったみたいだな」
ひょい、と身軽く部屋に入ってくる。
「天化……君、僕を売ったなぁ!?」
「だから、最初から言ってるじゃないか。こいつは稚児趣味だって」
「こういう意味だなんて知らなかった……」
「世間知らず」
「う……」
一蹴されると、何故か自分の方が悪かったような気になって言い返せなくなる気の弱い太公望。
「旦那様、どうなさいました? 今、何か音が……」
部屋の外に、召使いたちが駆けつけてきたらしい。薬商が術に驚いてあげた悲鳴を聞きつけたのだろう。
太公望が困った顔で、首をかしげる。
「どうしよう、天化。バレたらまずいよね?」
「しゃーねぇな。……おい、名前は呼ぶなよ」
「え?」
腕を引かれて夜具の上に倒れる。
驚いている間に、両肩を押さえつけられた。
「ちょっと何をするんだ、天……むぐっ!」
(名前呼ぶなって言っただろう)
耳元で囁かれると、首に吐息をかかる。
太公望は余計に焦りまくる。
襟元をぐい、とはだけられると、もう外に人がいることも念頭から飛んでしまった。
「な、何……止めてよ、ちょっと、いやだぁ!」
じたばたと暴れるものの、鍛えられた武人の腕はぴくりとも動かない。
太公望を押さえたまま、天化は傍らに生けられていた月李の花を一枝、欄干の間から廊下に投げた。
部屋の外では召使いたちが、今日の犠牲者の声を聞いて顔を見合わせる。
飛んできた花は、邪魔をするなという合図だ。
まったくうちの旦那には困ったものだ、という表情で肩をすくめ、その場を立ち去る。
かなりたってから、太公望はようやくそれ以上相手が何もしていないことに気づいた。
目を開けてみると、天化は廊下の方に目をやり、様子を伺っている。
外の気配が遠慮がちに遠ざかっていくことを確認して、あっさりと身を離す。
「行ったな。……ん? なんだよ、何、本気で涙目になってんだ?」
面白そうに言われ、太公望は頬を朱に染めたまま、声を殺して怒鳴る。
「し、芝居なら、最初からそう言ってくれれば……」
「芝居と分かっていれば、お前あんな声出せたかよ?」
「え、そ、それは……」
「敵をだますにはまず味方からってな」
きっぱり言いきられて、そういうものなのだろうかと、太公望は沈黙する。……単に言いくるめられて、からかわれているだけなのにも気づかずに。
「目的の金も手に入れたし。……とりあえず、朝まで寝るか。じゃな」
「じゃ……って」
「俺の部屋はあっち。お前はここ」
「…………このおじさんと一緒に寝ろっての!?」
「お前の春眠光を食らった上に、俺もさっき酒に一服盛ったから、朝まで起きねぇよ」
「で、でもっ」
「代金はもらったんだ。既成事実作っておかないとまずいだろ。朝になったら、涙目で奴を睨むくらいはしておけよ。おやすみ」
言うだけ言って、さっさと窓から出て行ってしまった後ろ姿を見送って、太公望は呆然と呟いた。
「キセイジジツ……って何?」



「これだけあれば、借金の返済には十分だろ」
「でも、こんなにいただくわけには!」
「気にするな。こいつが身を張って稼いだんだ。ありがたくもらっとけ」
「誤解を招くようなこと、言うな!」
後ろから天化をはたき倒してから、太公望は気を取り直して兄弟たちと向き合った。
「お母さんは、すぐによくなるよ。そしたら……」
「はい、母が動けるようになったら、僕たち西岐の親戚のところに行くことにしたんです」
「それなら大丈夫だね」
「本当にありがとうございました」
兄弟は、何度も頭を下げながら、母の待つ家に帰っていった。
その姿を見送り、さて、本陣に戻ろうかと思った時。
もう聞きたくなかった声が響き渡った。
「よかった、まだこの町にいてくれたのだね!」
駆けつけてきたのは、昨日の商人だった。
「や、やはり一晩では、そのう……物足りなくて」
薬商の若旦那は自分が寝てしまって覚えていないのだと思いこんでいる。
本当は何も無かったのだから、物足りなくて当然。気の毒といえば気の毒だが。
「で、物は相談なのだが」
いきなり、彼は天化に向かって手を合わせた。どうも、商談はこっちだと思っているらしい。
「倍払う! もう一日! な、悪い話じゃないだろう?」
「倍……」
ちらりと、天化が太公望を見た。
目つきがヤバイ。
「ちょ、ちょっと……天化!?」
「よし、売った」
「おお!」
「天化ぁっ!?」
「西岐軍は貧乏なんだ。がんばって稼いでくれ」
「き、君って奴はっ!」
「さぁ! 行きましょう!!」
「冗談……こ、来ないで〜っ!!」

賑やかな声が遥か彼方に消えた後、ため息をつく天祥の前で、前払いの宝玉を手に、悦に入っている男がいたらしい。

END


冬コミ会場で書き上げたものです。
サービス&ハイテンションです。
ええ、遊ばせていただきました。
最終的に誰が詐欺師だったかって、分かりましたよね(笑)。

それにしても、仕上げの時にバッテリー切れしたペルソナ君、この根性無し……。

さ、年賀状書かなきゃ(笑)


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