「詐欺師 弐」


「太公望さん、遅いですね……」
地平を赤く染め始めた夕陽を見ながら、天祥が心配そうに呟く。
いつものように木陰で昼寝をしていた天化が、面倒くさそうに手を振った。
「大丈夫だって。あいつもガキじゃないんだ。自分でなんとかして戻ってくるさ」
「でも、太公望さんって真面目だから、兄上が代金受け取っちゃったことで、もしかして責任感じて、そのう……」
天祥の指摘に、返答に詰まる。
正直、太公望がいつまでたっても戻ってこないので、実は少し不安になってきたところだった。
てっきり、また術を使ってすぐに帰ってくると思ったのに。
まさかとは思うが……。
「し、仕方ねぇな。ちょっと様子見てくるか」
「兄上、ちゃんと謝らなきゃダメですよ。よりによって、太公望さんを「売っちゃった」んですから。黄家の長男が美人局だなんて……」
はぁ、と大きく溜息をつく天祥。
「人聞き悪いこと言うなよ。別に荒稼ぎしたわけじゃねぇぞ。ちょっとあの薬商をとっちめてやろうと思っただけで――」
どう言い訳しても、売ったことには変わりない。しかも、本人の前で。
さすがに少し決まりが悪い。
歩き出しかけて、ふと天化は弟を見る。
「それにしても天祥、お前一体どこで美人局なんて覚えてきたんだ」
幼かった弟たちに、男女(今回の場合、ちょっと違うが)の色事など、教えた覚えはない。あの堅物親父がそんな話などするわけがないし。
「えっ!? えーと、あのー、そのう……あ、兄上はどうなんです!?」
「……」
「……」
思わず無言でにらみ合った後、天化は背を向けた。
そういうコトはなんとなく、耳に入ってくるものだ。身に覚えがないわけでもない。
「悪かった。もう聞かない」
「いってらっしゃーい」
慌てふためく天祥の声に苦笑して、天化は昨日一夜を明かした薬商の家に向かった。

*

始まりは、街で悪どく稼いでいた薬商が、よりによって天祥に手を出したことだった。
可愛い弟にいたずらされてぶち切れた天化は、太公望を利用して、彼から少しばかりおまけをつけて金を巻き上げた。
そこまでは、まぁ良かった。太公望もふくれかえりながらも、大事にならずに困っていた兄弟を助けることができて機嫌を直していた。
問題なのは、あきらめきれずに追ってきた薬商に、つい天化がいたずら心を起こして、再び太望を売り払ってしまったことだった。
当然ながら太公望は逃げ出し、その後を薬商の若旦那が追いかけ……姿を消してから半日以上にもなる。
天祥が心配するのも当然だった。
こっそりと天化は昨日の屋敷に忍び込み、太公望が連れ込まれていた離れの部屋の窓の下から聞き耳を立てる。
もう辺りは暗くなりかけている。
「あ……もっと――」
中から聴こえてきた声に、天化は飛び上がりかけた。
「う……ん、気持ちいい」
間違いなく、我が軍の大将殿の声だった。
さーっと、血の気が引く。
(ちょっと待てよ、おい!)
まさか、まさか。
いくら、金を受け取ってしまったからっておい、あんなのに本気で……。
「てめえ! うちの大将に何してやがる……って、アレ?」
窓から飛び込んだ天化は、莫邪を抜きかけた状態で途方に暮れた。
部屋の中は想像したような状況ではなく……机の前に座った太公望の肩を、商人がせっせと揉んでいるところだったのだ。
「やぁ、天化」
我が西岐軍の大将殿がにっこりと振り返る。
満面の笑顔が怖い。
「遅かったね」
ちょいちょい、と若旦那を手を振って追い払う。よくしつけられた犬のように、おとなしく彼は脇にちょこんと座った。うつろながら、恍惚とした表情。太公望の言葉以外、耳に入っていないようだ。
「あ、えーと、お前、ここまで連れ込まれてよく無事だったな……」
「また変なことしようとしたから、忘心と魅了をかけた」
「そ、そうか。そりゃ、良かった――」
幻惑術で、太公望の右に出るものはない。
そこまでやられれば、当分の間、思い通りの下僕になるだろう。
商人は、うっとりした表情のまま次の指示を待っている。
これはこれで幸せなのかもしれない。
しかし、だったら何故すぐに戻ってこなかったのだ?
なんだかイヤな予感がする。
「それでね」
ばさり、と天化に向かって、びっしりと何か書き込まれた長い巻物が投げられた。
「うわっ!?」
「それは、この人がいままで法外な値段で薬を売ってきた相手のリスト。こっちは契約書、その他もろもろ」
机の上には山積みになった、書類と宝玉。
この商人、街中の人間から巻き上げていたのだろうか。
「明日、これを返してこようと思うんだけど」
再び、悩殺的とも言える魅惑の笑顔を浮かべる太公望。
「つきあってくれるよねぇ?」
天化に否やと言える権利はどこにもなかった。

結局、西岐軍はもう一日その街に留まることになった。
天化は、下手な真似をすると、余計に時間を食うことになると思い知ったのだった。
ついでに、その顔には当分消えそうにない平手と爪の跡が残っていたとか――。

END


悪いことをすると、ちゃんとしっぺ返しがある、ということで(笑)。
月城さんの書いてくださった「後日談」に、味付けさせていただきました。
ラストは月城さんの描かれた「年賀状」で〆(^_^;
え? 一作前? 忘れてください。
――脱兎。


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