「想い雪」
見渡す限り白銀に染まった大地が、陽光をまぶしすぎるほど照り返す。
前日の吹雪が嘘のように、空は果てしなく青かった。
「じゃあ、この雪像の子が天祥の初恋の人なんだね」
「また会えたらいいなって、そう思います」
照れながら、天祥が可愛らしく作られた雪像に花を飾る。
「人じゃないんですけど……」
「別に構わないんじゃないかな。僕は仙界にいたから、人間よりもずっと人間らしい仙獣や精霊たちをたくさん見てるし。――思い続けていれば、きっとまた会えるよ」
「はい」
「でも、その歳でもう素敵な人と会えたなんて、いいなぁ」
太公望が溜息をつく。
家族を知らない太公望にとって、「家族」や、そうなるであろう「恋人」という存在は特別な憧れであるらしい。
本気でうらやましそうな様子に、眺めていた天化が苦笑する。
「十二歳なら遅くはねぇだろ」
「じゃあ、天化の初恋って?」
「あ?」
突然聞かれて、少しうろたえる。
柄にも無く、過去に思いを馳せ……脳裏に浮かんだ姿を思わず手で払いのける。
「お、覚えてねぇよ!」
「じゃあ、今は?」
何でこっちに矛先を変えやがるんだ。
目一杯不機嫌な顔で、睨み返す。
「あ、いないんだ。天祥に負けてる」
「兄上、理想が高すぎるから」
二人にくす、と笑われて、むっとした天化は思わず言い返す。
「バカにするなよ。俺にだって、本気で惚れた女の一人や二人……」
「え、本当ですか!?」
「ホント? それじゃ、名前言ってみてよ」
太公望につっこまれて、天化はぎくりとする。
「な、名前? えーと……」
口の中でぼそぼそ呟きながら、何やら指折り数えている。
つまり、それだけつきあった相手はいるのだが、どれも「ホンキ」ではなかったということらしい。
結局、指が何度か往復しても、とうとう名前は出てこなかった。
「あ、あれ、変だな」
「――兄上ったら……」
「……天化、サイテー」
溜息と共に二人に呟かれて、天化が喚く。
「うるせえ! お前に言われたくねぇよ! ……第一、俺が誰に惚れてようとお前には関係ねぇだろうが!」
何がそんなに気に触ったのか。噛みつかんばかりに怒鳴る天化に、太公望はしゅんと肩を落とす。『関係ない』という一言が痛かったようだ。
「兄上、言いすぎですよ!」
一言兄に怒鳴ってから、天祥が太公望を慰める。
「気にしないでください。兄上は好きな人ほどキツく当たっちゃうんです」
「バカ、天祥、何を言って……」
「そうでしょう? まったく素直じゃないんだから……」
今一番好きなはずの人は目の前にいるのに。
天邪鬼な性格とはいえ、こうして突き離してばかりでは、誤解されてしまう。
余計な世話とは分かっていても、見ていられない。
今納得してくれれば、今後多少きつく当たっても、嫌わないでくれるはず。
……まったく兄思いの弟である。
「好きな人ほど……?」
「そうです。ガキ大将の心理ですよね」
「天祥、お前な――」
さすがに少々うろたえぎみの兄に、珍しく天祥が指を突きつける。
「だってそうじゃないですか。いつもいつも怒鳴ったり、イヤミ言ったりばかりして。いい加減にしないと嫌われちゃいますよ」
太公望さんに。
「いや、その、あのなぁ……」
だからって、わざわざ本人の前で言わなくても。
きょとんとしていた太公望が、急にぱっと笑顔になった。
「そうだったのかぁ!」
「「え?」」
天祥と天化が、嫌な予感にひきつる。
これは、自分が好かれていて嬉しいとか、照れているという反応ではない。絶対。
案の定、次の瞬間、太公望はとんでもないことを言った。
「天化って嬋玉のことが好きだったんだね!」
ずるっ、ガン!
木に寄りかかっていた天化が、そのままずっこけて、木の枝に頭をぶつけた。
太公望の言葉と、今の音の大きさに仰天した天祥は、その場でおたおたしたまま声も出ない。
「嬋玉も怒鳴ってばっかりだもんね、そうか、彼女も天化のことが好きだったんだ。ごめんね、僕、気が回らなくて……」
天真爛漫な笑顔。
ここまでくると、無邪気さは罪悪だ。
照れているのだと勘違いした太公望はさらに追い討ちをかける。
「僕、二人のこと応援してるからがんばってね! 大丈夫、協力する!」
「あの、太公望さん、違……」
「もうこんな時間だ、軍議が始まっちゃう! 天化、たまにはちゃんと顔出してよ。――それじゃ、僕、先に行ってる!」
「ああっ、太公望さーん!!」
むなしく木霊する天祥の声。
「どうしてこうなるの……?」
天化は雪に埋もれたまま起き上がれない。
どこか遠くでカラスが鳴いていた。
***
「そっかぁ、天化と嬋玉って好きあってたんだ」
本陣に戻りながら、太公望はくすくす笑っていた。
「考えてみれば当然だよね。幼なじみでライバルで、あんなにケンカばかりしても、全然気にしてなくて。それだけ仲がいいからに決まってるじゃないか、それなのに、僕は気づかないで……」
だめだなぁ、と溜息。
少しずつ、歩みが遅くなる。
本陣に入る前に、足が止まった。
胸がきり、と痛む。
ふと、冷たいような気がして、頬をぬぐう。
「あれ……なんで……?」
手を濡らした涙に自分でも驚いて。
軍議が終わっても、心のうちに広がった感情がなんなのか、とうとう分からなかった。
END
あんまり太公望さんが天然ボケすぎたので、最後だけ、ちょっと切なく終わってみたり。
タイトルが決まらず、1時間画面を睨んでました。
今度から、リクエスト者にタイトル決めてもらおうかな……。
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