「早春賦」


「そろそろ春ですね」
「うん」
雪の間から、ちょろちょろと細い水の流れが走っている。
直に表面を覆う氷は消え、集まった水は川となり、海を求めるだろう。
その小さな流れを、太公望と韋護は見つめる。
「春になったら……朝歌の人たちも、花見ができるようになるといいですけど」
「うん」
妖魔の手に落ちた都。
残っている人々は、毎日怯えながら暮らしているに違いない。
「早く……行かなきゃ――」
声が途切れたので隣を見ると、太公望は日差しに誘われたのか、木にもたれたまま眠ってしまっている。
雪の上は冷え込むというのに。
あんまり気持ちがよさそうで、起こすのもためらわれる。
疲れているのだろう。
朝歌が近くなってから、太公望はかなり無理に軍を進めていた。早く都を、民を救いたいという一心から。
本当は少し休むべきなのに。
しばし考えて、自分の着ていた上着を一枚かけてやった。
……それでもまだ足りないとは思うが。
もう少ししたら、起こしてやろう。
そう考えた時、遠慮のない呼び声がした。
「太公望!」
ざくざくと固い雪を踏んで現れたのは天化。
「おい、軍議が始まるぞ……って、まーたこいつは、こんなところで寝てやがる!」
言葉こそ怒鳴っているが、気づいた時から声を低く押さえている。
起こさないように。
「この冷え性には、これだけじゃ足りねぇだろ。……ったく、しゃーねーな」
文句を言いながらも、もう一枚上にかけてやる。
溜息をついて、腰を下ろす。
周りに言われて探しに来たものの、本当は急ぐつもりなどなさそうだ。
「お、咲いているな。……屋敷にもあったっけ」
太公望がよりかかっている木の、白い花を見上げる。
「白赤の咲き分け、白覆輪、紅の絞り咲き、朱赤色の八重。秋に実がなったら酒だな。……うー、寒い。帰ったら、一杯いきたいところだ」
「……道士は、酒は……」
「だーっ、コイツみたいなこと言ってんじゃねぇよ! 固い事言うなっての!」
「――ああ」
韋護は、言葉は少ないものの、太公望よりは融通が利く。
わずかに笑っただけで、それ以上咎めようとはしなかった。
その時、ようやく太公望が目を開いた。
「んー……あれ、天化、来てたの」
「来てたの、じゃねぇだろ。本陣の前で凍え死ぬ気か」
「でも、あまり寒くなかったよ……あ」
かけられていた二枚の上着に気がついて、真っ赤になる太公望。暖かかったわけだ。
「ごめん。――ありがとう」
「いや」
「感謝しやがれ」
同じことをしても、これだけ言うことが違う。
「行くぞ。軍議は、お前がいないと話にならん」
「今行く――ん?」
ひらりと顔に落ちてきた花びらに、太公望が振り返る。
「この花、綺麗だね。梅かな?」
白い五弁の花。
まだ寒いのに、慎ましやかに蕾を開いている。
「違う。これは……」
「お前のことを表した名前だよ」
韋護の言葉をさえぎって、ニヤニヤしながら天化が言った。
「? 何それ」
天化は、答えずにさっさと先に歩いて行ってしまう。
「韋護さん?」
尋ねられて、韋護は言ったものかどうかしばらく悩み……ぼそりと呟いた。
「……木瓜(ぼけ)」
「――っ! 天化ー!!」
一瞬絶句した後、ばたばたと追いかけて行く太公望。
天化はとうに逃げて行ったようだ。
いつものじゃれあいにくすりと笑い、韋護は木瓜を見上げ、うなずいた。
「綺麗だ」
答えるように、木は白い花びらを一ひら、風に乗せた。


END


私の部屋には、木瓜の鉢植えがあります。
「東絞り」という品種で、花は真っ白なのを選びました。
急に暖かい部屋に連れこんだせいか、あっという間に満開。
もうちょっと花を楽しませてくれ。

二人で置いておくと、一日空を眺めていそうな韋護さんと太公望でした(笑)。


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